46番目の大井宿を出発し、峠を越えて47番目の大湫宿へ。木造の家が建ち並ぶ静かな宿場町だったが、神社の境内には想像を絶する光景が広がっていた。
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紅葉に染まる峠道を歩く

47番目の宿場「大湫」は「おおくて」と読む。「くて(湫)」というのは湿地のことだそうだ。次の細久手も同じ語源だろうが、どちらも山の中の宿場で、湿地帯という感じはしない。
大井宿から大湫宿までは13キロある。十三峠(じゅうさんとうげ)という短い坂が連続する箇所があり、昨日立ち寄った大井宿の観光案内所で、ガイドは「結構きついですよ」と言っていた。きついというよりも退屈だった。そして途中、強烈な養鶏場の匂いに悩まされた。
ただ良かったのは紅葉の季節だったので、きれいな風景と出会えたことだ。

大湫宿で昼食をとる

十三峠を越えて、大湫宿を見下ろす場所に出た。家いえの屋根が正午の陽を反射している。高台に小さな観音堂も見える。
大湫は古い木造の家が立ち並ぶ静かな佇まいの宿場だ。昼どきだが人の気配は少ない。しかしそういう宿場でも旧旅籠屋には観光ガイドがいる。
ガイドに弁当をつかってもいいかと聞いたら、ここは保存家屋なのでだめだと言われたが、隣の広場を案内してくれた。

目の前に広がる光景に目を疑った

食事を終え、広場を出てまた歩き出す。
直後に衝撃の光景に出会う。
輪切りにされた巨大な木が目に飛び込んできたのだ。
神社の境内に大きな杉の木が横倒しされている。お堂のほうに根元があり、輪切りされた胴が道路に向けられていた。脇にショベルカーが置かれているが、巨木と比べるとおもちゃのようだ。
人通りのない静かな昼下がりだけに、夢ではないかと思った。
境内は倒木と比べて不均衡なほど狭いので、最初は後ろの山からこの木が滑り落ちて境内に横たわったのだろうと思った。
写真を撮っていると、野球帽をかぶった小柄なおっちゃんが通りかかった。
おっちゃんの言うことには……

「この木はどこにあったのですか」
「いや、そこの位置にな。そのままあったのが倒れた」
おっちゃんは何事もないような口調で答えた。
「原因は何かあったんですか」
「なんもない」
「倒れる予兆のようなものは」
「ないない。突然」
「いつ倒れたんですか」
「去年やな、7月やったわ」
「夜ですか、昼間ですか」
「夜」
「音すごかったでしょう」
「いやそれがまったくしなかったんよ、朝起きてな、人の声がするから出てみたら、この先っぽが、ほらあそこまでいってたんやけど、被害はまったくなかったわ」
おっちゃんが「あそこ」と言ったのは、神社と道を挟んた空き地だった。つまり中山道を通せんぼするように倒れて、道の反対側のちょうど住宅と住宅の間まで梢が届いたということのようだ。
「誰にも迷惑かけんで、静うかに倒れよったで」
さらにおっちゃんは、木目から樹齢が670年であることがわかったと言う。
「1300年と言われておったんだけどな。その半分やった。ずっと片側しか陽が当たらんかったから、成長が前と後ろで差が出て、それで倒れたのやろう、と思う。根っこはあんまり張っておらんかったからね」
私は思い出した。たしかに神社の巨木が倒れたというニュースを見た覚えがあった。ヘリコプターからの映像でお堂と巨木の大きさが不釣り合いなのと、幹の太さに比べて、剥き出しの根っこは薄っぺらかった印象だ。円柱の積み木がころりと横になったようだった。
「近う行って見てきい」
おっちゃんがコーンバーを外して、境内に入れるようにしてくれた。横になった根っこの直径は5mは軽く超えていて、見上げるほどだ。
ちなみに中山道もこのあたりになると、ようやく関西弁らしいイントネーションになる。なんだか嬉しくなった。
真相はわかったけれど

帰ってから当時のニュース映像などで調べると、倒木当時は豪雨があって、倒れた直接の原因は豪雨だそうだ。しかしそれ以前に落雷に見舞われたこともあって、市では保存処置事業を推進してしていたようだ。ムササビの巣があったり、ヤドリギが着生したりで、かなり樹勢は衰えていたのも確かであった。
そしておっちゃんが言うように倒れたときにたしかに人的被害はなかったが、若干の住宅損壊はあったということだ。
それでも私は、おっちゃんの「誰にも迷惑かけんで、静うかに倒れよったで」という話が好きだ。
(2021年11月6日)




