今回は、都電荒川線の新庚申塚〜早稲田停留場間を散策する「さくらトラム豊島・新宿区GREEN-WAY」です。
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48th ルート:さくらトラム豊島・新宿区GREEN-WAY
●前回はこちら
荒川区の三ノ輪橋停留場から線路沿いを歩いてきた都電荒川線トレイル。前回のFILE.47までで都電荒川線の全30カ所の停留場のうち、20カ所まで踏破しました。
都電荒川線トレイルの4回目となる今回は、前回歩き終えた新庚申塚停留場からスタートします。題して、「さくらトラム豊島・新宿区GREEN-WAY」です。毎回明記していますが、さくらトラムは都電荒川線の愛称です。
新庚申塚停留場から、そのまま白山通りを南下すると10分超でJR巣鴨駅に到着します。それでは味気ないというか、企画に反します。
なので、都電荒川線に沿って歩こうと思うのですが、この辺りは線路沿いの道が途切れています。住宅街に入り込んだりしながら歩いていると、次の停留場である庚申塚の手前に旧中山道が通っていました。この旧道がテレビなどにもよく登場する巣鴨地蔵通商店街で、商店街の名前にも入っている地蔵がとげぬき地蔵尊(高岩寺=こうがんじ)です。
とげぬき地蔵尊
1596年に湯島で創建し、明治時代に巣鴨に移ってきたという高岩寺。江戸時代、針を誤飲した女性に地蔵尊の御影(みかげ)を飲ませたところ、針が御影とともに吐き出されました。それが、高岩寺が「とげぬき地蔵」と呼ばれるようになった由来だそうです。高岩寺の本尊は、正式には延命地蔵菩薩といいますが、秘仏なので拝むことはできないそうです。

ちなみに、旧中山道=巣鴨地蔵通商店街の沿道には、江戸六地蔵尊のひとつに数えられる眞性寺(しんしょうじ)というお寺もあります。

あらためて、都電荒川線の線路脇を歩いていきます。多くの人が行き交う巣鴨地蔵通商店街と異なり、庚申塚や次の停留場である巣鴨新田のあたりは住宅街で、のんびりゆったり歩けます。

…などと思っていたら、徐々に飲食店が増え、にぎやかな街並みへと変わっていきます。JR大塚駅が近づいているようです。
「ブタマミレ」という店名が気になって調べたら、メニューに鶏の唐揚げなどもあって「どういうことだ?」となったり。都電荒川線の線路横の際立った特徴のない外観の店に行列ができていたので調べたら、「ぼんご」という1960年創業の老舗おにぎり専門店だったり。

大塚駅周辺は人手が多く、住宅街と通る都電荒川線沿いをぼんやり歩いてきた身としてはやや腰が引けます。ちなみに、JRの駅名でいうと大塚駅ですが、都電荒川線の停留場名は大塚駅前です。
そういえば前回通った王子も、JRは王子駅、都電荒川線は王子駅前でした。大塚や王子に「駅前」と付けてしまうところに、都電荒川線の謙虚さを感じるのは僕だけでしょうか。
大塚駅前停留場のすぐ横に、古いレンガ製の遺構のようなものがありました。これは線路が道路をまたぐ際にかけられる橋で、「大塚架道橋」というそうです。大正期につくられたもので、現在も橋上を山手線が通っています。

レンガ製の橋は地震の多い日本では不向きということで、時代が進むとつくられなくなったそうです。そういえば、前々回のFILE.46で訪れたあらかわ遊園がある場所は、レンガ工場の跡地でした。その歴史的経緯として、明治時代に盛んだったレンガ製造業が徐々に衰退したといった説明を書いた記憶があります。ひょっとして、大塚架道橋にも荒川区産のレンガが使われていたりするのでしょうか。

いつまでも架道橋の前に突っ立っていると怪しまれるので、先に進みます。都電荒川線の大塚駅前から向原まで約4kmの線路脇の道は「バラロード」と呼ばれているそうです。
バラロード
もともとゴミの不法投棄などで沿道が荒れていたため、地域の商店や自治会の人たちが「南大塚都電沿線協議会」を結成。2010年からボランティア活動を開始し、清掃だけでなくバラの植樹もスタートします。その後、こうした活動が実を結んでまちづくりコンテストなどで表彰されるまでになりますが、現在も約1,200本のバラが花を咲かせるそうです。
僕がバラロードを通ったのは、まだ開花前の時期でした。それでも、緑が連なる線路脇の道を歩くのはとても気持ちの良いものです。

バラロード沿いには、有名な「石」がある神社があります。巣鴨天祖神社です。
巣鴨天祖神社
前回紹介した王子神社と同じく、豊島氏が鎌倉時代の終わりごろに伊勢の皇大神宮の神さまを勧請して創建したという神社。かつてこの辺りが巣鴨村だったころの鎮守さまだそうです。

巣鴨天祖神社の境内には、君が代の歌詞に出てくる「さざれ石」があります。特に案内などは出ていませんが、樹齢600年を超えるという御神木「夫婦銀杏」の近くに、わりとひっそり「石」があります。
さざれ石とは、小さな石が石灰分(炭酸カルシウム)を含む雨水や地下水によって固められた堆積岩のこと。こちらのさざれ石は、岐阜県揖斐川町春日村で産出されたものだそうです。さざれ石は各地の寺社などで展示されているようですが、希少なものであるのは確かで、つい手を合わせたくなります。

再び都電荒川線の沿道に戻り、向原から次の停留場である東池袋四丁目へと進みます。バラロードを過ぎた途端、荒川線の沿道の緑が少なくなりました。やや殺風景な街並みですが、緑豊かな道のりよりも東京っぽさを感じます。山形出身の僕の勝手な思い込みかもしれませんが…。
と思ったら、都電雑司ヶ谷停留場に近づくにつれて再び緑が多くなってきました。有名な雑司ヶ谷霊園のようです。
雑司ヶ谷霊園
もともとは江戸幕府の御料地で、三代将軍・家光は薬草の栽培地として、八代将軍・吉宗は鷹狩用の鷹の飼育場所として使用したそうです。明治時代に東京府(当時)が墓地として造営し、明治7年(1874年)に霊園として開園しました。夏目漱石、小泉八雲、永井荷風といった作家をはじめ多くの著名人が眠っていますが、漱石の小説『こゝろ』の舞台にもなっています。

10haもある広い雑司ヶ谷霊園の園内で迷ったりしつつ、再び都電荒川線の沿道に戻ります。都電雑司ヶ谷の次の停留場である鬼子母神の先は、目白通りや明治通りなどが立体的に交差していました。明治通りに降りる階段がありましたが、そこを降りずに目白通りを少し東に行くと、すごい下り坂があります。
のぞき坂
豊島区立高南小学校の西側にあって、南北に伸びる道路「のぞき坂」。自動車が通行できる道では、傾斜も延長距離も都内で最急の坂道のひとつとされているようです。
名前の由来は、不安になって坂上からのぞき見るほど急坂だから。上るときに膝が胸に当たるほどなので「胸突坂」の別名もあります。ただし、胸突坂は都内にいくつか存在していることもあって、のぞき坂の名が定着しているそうです。
ちなみに、ここから20分ほど歩いた椿山荘の近くにも胸突坂があり、僕も都内の低山を紹介する連載で足を運んだことがあります(https://www.bepal.net/archives/386164)。

目白通りからのぞき坂を下りていくと、神田川があり、すぐそばを都電荒川線が並走しています。神田川にかかる面影橋を渡ると、同名の面影橋停留場があります。面影橋という名前の由来には諸説あるようですが、風情が感じられる名前ですね。
面影橋の次の停留場が、都電荒川線の南のターミナス(起点)である早稲田。荒川区の三ノ輪橋停留場から歩を進めてきた都電荒川線トレイルも、ここでおしまいです。

歩き始めるにあたってFILE.45でざっくりふれましたが、東京都内の路面電車は時代とともに多くの路線が廃止され、都電荒川線だけが唯一残ったという歴史があります。そうした背景も関係しているのか、沿線の各所で地域の皆さんの都電荒川線への愛着を感じました。線路沿いに植栽が整備されていたり、銘菓がつくられていたり…。
三ノ輪橋から早稲田まで歩いてくる道すがら、あちこちで都電荒川線をかけがえのないものとして大切に思う気持ちが感じられたのです。そして、そんな都電荒川線に寄り添うように歩くうちに、僕もこの路面電車に親近感を抱くようになりました。
都電荒川線の全30カ所の停留場を踏破した僕ですが、まだやり残したことがありました。以前にもさらっと書きましたが、線路周辺を歩いてばかりで、都電荒川線そのものに乗車したことがないのです。
ということで、早稲田停留場から都電荒川線に乗り、帰宅の途に着きました。いうまでもなく、都電荒川線の乗り心地は最高でした!

■今回歩いたルートのデータ
|距離約5.1km
|累積標高差約5m
今回のコースを歩いた様子は動画でもご覧いただけます。
●さくらトラム豊島・新宿区GREEN-WAY





