あらためて「富士さん」|片山恭一の江戸登山「富士講」体験記 第2回 | 山・ハイキング・クライミング 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.07.29

あらためて「富士さん」|片山恭一の江戸登山「富士講」体験記 第2回

あらためて「富士さん」|片山恭一の江戸登山「富士講」体験記 第2回
登山の舞台として、信仰の対象として、古くから親しまれてきた「富士山」。作家の片山恭一さんは昨年、「富士講」を体験されました。そんな片山恭一さんが富士山の魅力についてつづった短期集中連載をお届けします。
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あらためて「富士さん」|片山恭一の江戸登山「富士講」体験記 第1回

日本文学のなかに目的のない散歩、ただのらりくらりと歩くだけの散歩が登場するのは国木田独歩あたりからだろう。また旅行のための旅行は、田山花袋の紀行文などにはじめてあらわれる。それまで人が歩いて旅をするのは、商用であったり公用であったり、はっきりとした目的のあるものだった。

同様に、山へ入ることも、生活の糧を得るためか、そうでなければ修行や信心のためだった。古来、日本人にとって山は、信仰の面からも特別な意味をもっていた。ときに神々しいものを感じさせ、手を合わせたくなる自然、それを象徴するのが山であった、と言ってもいいかもしれない。

人穴富士講遺跡(ひとあなふじこういせき)の鳥居から大沢崩れを望む。(撮影/小平尚典)

人々が山へ寄せてきた思いを探ることで、政治的にも経済的にも行き詰っているように見える、この世界と未来への視野を広げることができればいいと思う。

第2回 日本人のカミと富士山

生きていくうえで何かにすがり、祈りたいというのは、自然からはみ出してしまったヒトとしては、ほとんど本能的な欲求だったと言える。とりわけ古代の人たちにとって、自然は脅威であるとともに、恵みをもたらしてくれるものでもあった。こうした自然を畏怖し、祈りを捧げることは、至極健全にして真っ当な発想だったろう。

とりわけ太陽にたいする信仰は世界各地に見られる。古代ローマでは、冬至を太陽が一度滅びて再び甦る「再生の日」と考え、この時期に様々な祭りが行われていたようだ。現在のクリスマスは、ローマの伝統行事にキリスト教が習合したものといわれる。日本でも、冬至は「一陽来復」として、五穀豊穣や天下泰平を祈る日だった。天皇家の新嘗祭も同じ意味をもつものだろう。なんといっても皇祖神である天照大神は、名前からして太陽神である。

日本の場合は、これに「山」と「樹」が加わる。日本列島の四分の三は山で、その三分の二は森である。われわれの祖先の山と森にたいする思いには、とても濃密なものがあっただろう。いまと違って、大半のことが人為ではどうにもならない。シカやイノシシがたくさん獲れるのも、クリやクルミがたくさん実るのも、すべて自然まかせだから、人々はひたすら祈りを捧げるしかなかった。

そこから子宝に恵まれますようにとか、健康で幸せに暮らせますようにとか、さまざまな祈りの姿が生まれてきたのだろう。縄文時代の土偶や石棒も、人々が祈りを捧げる対象だったと考えられている。土偶に妊娠した女性の像が多いのも、石棒が男性器を象ったものとされるのも、豊穣や子孫繁栄の願いが込められていたからだろう。

富士山吉田口登山道の「馬返」にある鳥居。(撮影/小平尚典)
鳥居の横にある猿の石像。富士山は庚申(かのえさる)の年に誕生したという伝説があり、猿は山の神の使いとされる。(撮影/小平尚典)

さらに日本人の山への信仰には、火山の存在が大きく関与していたと考えられる。今回のテーマである富士山にも、例年8月26・27日には、富士山の噴火を鎮める祭として「吉田の火祭り」(「鎮火祭」)というのがある。ときに火を噴けば、大地をも揺るがす山は、雷や豪雨や強風をもたらす天とともに、人間の力を超えた恐るべき存在だったはずだ。そこに「カミ」という観念が芽生えたのかもしれない。

毎年8月26日、27日に行われる「吉田の火祭り」。北口本宮冨士浅間神社の御神霊が絹垣(きぬがき)に囲まれて境内にある諏訪神社に移動する。(撮影/小平尚典)
大松明の灯りに浮かぶ上がる「金鳥居(かなどりい)」(撮影/小平尚典)

山を拝むことの美徳

ところで日本語の「カミ」の語源はよくわからないらしい。英語の「ゴッド」などとは全然違うし、「神」という漢字をあてていいのかどうかも議論の余地がある。以前は「上」という説もあったが、現在ではほぼ否定されているようだ。

要するに、人間以上の能力、人間離れした能力をもっているものはみんな「カミ」である、昔の日本人はそう考えていたらしい。「これは異な」とか「恐るべし」とか感じたものは、とにかく祀ってしまう。オオカミでもキツネでも祀ってしまう。祟りをもたらしそうな人には天神様になってもらう。ついでに針もウナギも供養してしまう。

昔の日本人はなんでも信仰したのである。各自が好き勝手に信仰した。誰が何をどのように信仰しようと自由であり、キツネやタヌキを信仰したからといって、宗教裁判にかけられて火あぶりにされるようなことはなかった。考えてみれば、これは信仰のもっとも開かれたあり方ではないだろうか。諸外国の人たちからはカオスと見えるかもしれない。なにしろ地中から噴き出す湯にも霊力があるというわけだからね。でもこれで、ちゃんと国は治まってきたようなのである。

しばらく前に、小林秀雄さんの『本居宣長』を読み返してとても面白かった。その受け売りを少しさせてもらおう。ご承知のように、宣長は江戸中期(1730~1801)の国学者である。若いころに京都で勉強した以外は、生涯を伊勢松阪(現在の三重県松阪市)で町医者として生計を立てて暮らした。その傍ら、自宅で門人たちに『源氏物語』を講じ、後半生は35年の歳月をかけて『古事記』の注釈書である『古事記傳』を著した。

そんな宣長が、『古事記』という古言(ふるごと)のなかに読んだ人々の暮らしぶりは、おおらかな江戸庶民の暮らしぶりと相通じるところがある。それは宣長の言い方を借りれば、「漢意(からごころ)」に染まる前の時代、「古意(いにしえごころ)」をもって生きていた人たちの暮らしぶり、ということになるだろうか。

『古事記傳』の序にあたる「直毘霊(なおびのたま)」のなかで、宣長は中国伝来の儒教(とくに朱子学)を厳しく批判している。中国では聖人君主が尊ばれる。彼らが説くのは、要するに「善悪是非」である。こうした観念が生まれたのは、当時の社会に善と悪が、正と不正が横行していたからである。だから聖人があらわれて、正しい人の道を説かなければならなかった。偉大な君主が、強大な力によって国を治めなければならなかった。

しかし古来、わが国ではそんなものは必要なかった。天照大神をはじめとする神々の教えを歴代天皇が守ることで国は治まってきた。大野晋によれば、「マツル」とは起源的には、カミに食物を供え、酒を差し出すことである。日本では政治は、人々が集まって多数で決議することによってはじまったのではなく、神に物をマツリ、神の加護を求めることによりはじまり、その系譜で引き継がれてきた。

祝詞や宣命でうまくいっている国に、儒教的な「善悪是非」の観念は必要なかった。人々は穏やかで、おおらかで、神の名を称えることで村の秩序は維持された。祭儀によって暮らしの規律が保たれた。それは人為をはなれた自然であるがゆえに、人として理想的な生き方なのだ、と宣長は言いたかったのかもしれない。

たしかに、そういうところがある、この国には。有名な『古今和歌集』の〈仮名序〉にしても、言っていることはかなりヘンである。最初のところをちょっと読んでみよう。

──和歌(やまとうた)は、人の心を種として、よろずの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひいだせるなり。花に鳴くうぐひす、水に棲むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士(もののふ)の心をもなぐさむるは、歌なり。

いまのぼくたちから見ると、じつに不合理なことが堂々と説かれている。執筆者は編者の一人である紀貫之とされている。下級貴族とはいいながら、天皇(醍醐天皇)から国家事業として歌集の編纂を命じられるほどの才人、歌が上手なことに加えて、当時の第一級知識人である。その彼が、歌には天地の神を感動させ、鬼神を感じ入らせる力があるというのである。さらには夫婦円満をもたらし、猛々しい心をやわらげて、結果的に武力闘争を回避させる。そういう効力があるとまで言ってしまっている。

う~ん、やはりキツネもタヌキも「カミ」として拝んでしまった古人たちとの血縁を感じる。いわゆるアニミズムを、「生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」という洗練されたかたちで歌の原理としている。しかも合理性とは無縁、科学的な風味は皆無である。この不合理にして非科学的な表明が、天皇による治世の理想とされたのである。なにしろ最初の勅撰和歌集の序文ですからね。

でも、これをもって「迷妄」と言ってしまうことは、人間を見誤ることになるだろう。岩や樹木を祀り、拝んでいるうちに、なんとなく安心立命の気持ちが固まってくる。富士山のような立派な山に神々しさを感じて、朝に夕に手を合わせて拝んでいると、清浄な風が吹いてきて、心のうちが整理され、悪いことや不正なことをしてはいけないという気持ちになる。山を拝むことで、誰に命じられたわけでもないのに、自然とそうした気持ちになってくる。一種の美徳と言ってもいいだろう。合理的・科学的思考のなかで見失われつつある「愚」という美徳である。

本当は、ぼくたちだって無意識にやっていることではないだろうか。都会に暮らしていても、春になって木の枝先で蕾が膨らみ、美しい花が咲き出てくると、自然に「ありがたい」「喜ばしい」といった気持ちが起こってくる。思わず知らず、何ものかにたいして手を合わせたい心持ちになる。西行が詠んだと伝えられる歌にあるように、「何事のおはしますをば知らねどもかたじけなさの涙こぼるる」というわけだ。

現在は涼やかなお顔でおはしまする富士山だが、本性は火山であり、過去に何度も噴火している。とりわけ平安初期(864~866年)には貞観大噴火という大規模な火山活動が起こっている。近世のものとしては、江戸中期の宝永大噴火(1707年)が知られている。このとき関東一円に降り注いだ大量の火山灰は、農作物に大きな被害をもたらしたといわれている。その一方で、山に降り積もった雪は山麓に豊富な水をもたらしてきた。いわば恵みの山でもあったわけだ。

古くから日本人は、山を神霊の宿る聖なる場所として崇めてきた。山そのものが神として信仰の対象となる、いわゆる神体山は、茨城県の筑波山、奈良県の三輪山、宮崎県の霧島山など日本各地に数多く存在する。ことに火を噴く山ともなれば、その霊力は格別だろう。しかも容姿端麗ときている。まさに男を惑わす魔性の女、妖艶なる魅力炸裂といったところである。すると山の霊力とは、雌の発するフェロモンみたいなものか?

たしかに山に率先して登りたがるのは、だいたい男である。平安時代に修験道が起こると、富士山にたくさんの修験者が集まったというのも、行者さんたちがみんな男だったからではないか? 

遥拝の対象から登拝の場へ

話が横道に逸れてしまった。とにかく、美しさと荒々しさをあわせもつ富士山が、その複雑な魅力で人々の信仰心をかきたててきたことは間違いない。周辺の遺跡からは、富士山への信仰が縄文時代からはじまっていたことをうかがわせるものが出土しているという。山部赤人の有名な「田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」(『万葉集』第3巻・718)にしても、聖なる山を讃えることで、火山活動の鎮まりを願う儀礼的なものだったのかもしれない。

富士山への登拝がはじまったのは、火山活動が沈静化する平安時代末期(12世紀)からと考えられている。それまで遠くから遥拝していた山が、自分の足で登って信仰するものとなっていく。記録に残るところでは、駿河国の「末代(まつだい)」という人が、数百回も登頂して「富士上人」と呼ばれ、山頂に大日寺を建立したというが、実際はもっと早い時期から、修験者のような人たちが富士山に登って修業をしていたようだ。

大正時代、富士山吉田口登山道の入口には禊所があり、登山者はここで身を清めた。(撮影/小平尚典)

仏教でいうところの「六道」はよく知られている。衆生がその業の結果として輪廻転生する六つの世界(境涯)で、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道からなる。天台宗の教義では、これに四聖(声聞、縁覚、菩薩、仏)を加えた「十界」を、人間の悟りの境地とした。この十界を山岳登拝に充当したものが「十界修業」と呼ばれるもので、前半は六道、後半は四聖をたどる擬死再生の修業を行い、最後に即身成仏を遂げるというものだ。富士山の一合目から十合目という区分は、ここからの転用らしい。

ということで、次回は江戸時代からつづく登拝神事、富士講を実際に体験してみることにしよう。乞うご期待。

(続く)

片山恭一さん

作家

昭和34年(1959年)愛媛県宇和島市に生まれる。1986年「気配」にて『文学界』新人賞受賞。1995年、『きみの知らないところで世界は動く』を刊行。はじめての単行本にあたる。2001年『世界の中心で、愛をさけぶ』を刊行。その後、ベストセラーとなる。近著に『あの日 ジョブズは』(WAC)、『馬をたすけ 人をたすけ』(道友社)などがある。福岡市在住。

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