- Text
初監督作で養われたもの

初めて撮った『水になった村』というドキュメンタリー映画は、岐阜県徳山村というダムに沈んだ山奥の村の話でした。そこに暮らすおじいさんおばあさんは冷蔵庫どころか、プラスチックのものさえあまり使わない。収穫したものは塩漬けしたり乾燥したり樽につけこんだりして、生活のなかでゴミが出ないんです。
しかも畑で使うクワを直すために自分で鍛冶もやるし、紙がなければ、辺りに自生したミツマタを収穫して和紙もつくる。お金になるからとお蚕さんを育て、繭にして、糸にする。なんでも知っているなと。長年村に通ってそんな姿を見ていたら、自給自足なんて都会的な造語のようで、そんな言葉を使うこと自体が恥ずかしいような気持ちになりました。一周回って最先端の生活? そう…かもしれませんがおじいさんおばあさんは、そんなことを考えてもいないのです。
18年も前の映画ですが、やっぱりあの生活はいい。いま鍛冶や和紙づくりは職人のカテゴリーに入っていますが、山の生活と職人の境界線がなんとなくグレイゾーンのような感覚がありました。あの村での取材を通して、そんな思いが養われたように思います。
漆搔(か)き人気上昇中!?

この10年ほど、職人の世界に興味を示す若い人たちが増えていると感じます。特に漆の世界がそう。岩手県二戸市浄法寺町(じょうぼうじまち)では漆搔き職人の技術研修が行われますが、競争率が高く、希望しても入れない人もいるほどです。
漆を採取し尽くした木は、根っこだけ残して樹幹を伐採し、10年後にまた漆を取る。その繰り返しを、「殺し斬り(搔き)」と言います。また伐採した木は、短く切って薪として売っています。
金箔は和紙が命

金箔職人は8割ほどが和紙の仕事、金箔を扱うのはほんの一瞬です。雁皮(がんぴ)を主原料とした「箔打紙(はくうちし)」に挟んだ金箔になる前の金(=ズリ)を、昔は金づちでしたが、いまは機械で叩いて伸ばします。そのあとミツマタが原料の「箔合紙(はくあいし)」の間に一枚一枚挟み、桐箱につめて出荷します。
箔打紙は灰汁、柿渋で染めて乾かし、それをなんどもなんどもやって約1か月かけて仕込みます。セロハンのようにキレイで、つるつるとしていて和紙と思えないくらい。和紙だけを叩いて鍛える工程もあります。ある職人さんは、「金箔は、和紙が命やで」と。それで出来上がった金箔には、和紙の線がうつっている。そんな風に色々な職人さんの功績が目に見える、その過程の意味がわかるとまた面白いのです。
ちなみに金箔は金、銀、銅の合金です。それらの配合率が低いほど高価になります。
百年単位でモノを見る塗師屋

金箔を壁や仏具に張る塗師屋(ぬっしゃ)。金箔の重なりを少なくしながら、漆を塗ったところに1枚ずつ載せ、真綿で金箔を抑えていきます。京都のある寺院で、窓枠を塗り直すところを取材させてもらったことがありました。漆は長持ちするので、前に塗り直したのは百年ほど前。作業しながら「この塗り方は…」みたいなことを考えるわけですが、自分たちも百年後、同じことを言われるだろう。100年後に評価されるのだから怖いよねと、職人さんは言います。彼らは、百年単位で物事を見ている。だからこそ気を抜くことはできない。ああ老舗というのはそういうことなのだと見せつけられたようでした。
1年中、繭を出荷するには?

養蚕農家で育てるお蚕さんがどこからくるか、わかります? それがお蚕の卵を製造する「蚕種(さんしゅ)」の仕事です。日本には今、4軒しかありません。お蚕は本来、春に卵を産み、越冬して翌春に孵化します。でも養蚕農家は春だけでなく、夏や秋にも繭を出荷する。その卵はどうするか? それを出荷日から逆算し、産卵後、決められた濃度に薄めた塩酸液に浸すと、3週間後に孵化するのです。そうして化学的に手を加え、1年中、出荷できるように調整しています。
高度経済成長期、安価で化学的な大量生産がど~ん! と日本に入ってきました。今、僕が取材させてもらうのは、そうした流れに身をゆだねず、変わり者だと言われても頑固に自分の仕事をやり続けてきた職人さんたち。「あの時代、止めればいいのに、と言われても自分のやり方を押し通してきた。それでこれだけ長い間やってきたのだから、これからも食えないわけがない」と。職人さんには、そういう格好よさがあるんですね。

(プロフィール)
1968年生まれ、岐阜県出身。写真家・映画監督・作家。2025年日本写真協会賞受賞。「炎はつなぐ」(毎日新聞出版)も上梓。

●監督・ナレーション:大西暢夫 ●撮影:大西暢夫、今井友樹 ●7/19~ポレポレ東中野ほか全国順次公開
© 2025 シグロ/大西暢夫







