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●監督・脚本・編集/ジン・イー ●出演/イェスル・ジャセレフ、レン・ズーハン
●2026年5月15日~ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
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どこまでも続く草原と、初恋のような物語と
「中国では既に上映されていて、いま全国各地を駆け回っています。20都市以上を訪れましたが、どこもほぼ満席でした」と言うのは、32歳のジン・イー監督。「新疆生まれの新疆育ち」という彼にとって、これが監督デビュー作となる。
「撮影の半年ほど前、新疆でフィールドワークを行いました。植生、薬草、言い伝えについて。‟そのへんに生えている草はお母さんの髪の毛と同じ。気軽に抜いてはいけないよ”などと、セリフに取り入れたりしました」
13歳のアルシンとメイユーの初恋のような物語、広大な草原の美しさ、いなくなった叔父さんが教えてくれたこと、少年の空想上の世界、ラジオから流れる現実の出来事。それらが絡み合ってつむぐ寡黙で美しい物語は、構成する要素のどれかに偏ったらたちまち成立しそうもない。これしかない! と思えるバランスを保つ演出は、デビュー作と思えない成熟さえ感じさせる。
「プロデューサーを通してビー・ガン監督と知り合うことができ、撮影前に脚本について、フィードバックをたくさんいただきました。それで『もっと視覚や聴覚に、強烈に訴えるように撮影するのがいいのでは?』などとアドバイスをくださって」
ビー・ガン監督は長編デビュー作『凱里ブルース』で一躍国際的な評価を得た鬼才。『ボタニスト~』のプロデューサーであるシャン・ズオロンは、その盟友でもある。
「新疆の草原はどこまでも広がっていて、そのなかに村がいくつかあるという感じで。そうした空間の在り方、時間の流れ方は独特です。どうしたらそれをスクリーンに映し出せるか? そんな角度で考えていきました」
それは、監督自身の記憶を探るような作業でもあった。
「私自身、民族の異なる人びとが同居する環境で育ちました。小さな村ですから、頻繁に新しいことが起こるわけではなくて。雲を見て半日過ごすとか、森を歩き回るとか、子ども同士でただただ遊んで一日が終わる――。そんなふうにゆっくり時間が流れるなかで暮らしていく日々を体感してもらう映画になっています。私自身がそうした少年時代を過ごしたことが、物語をつむぐさいに影響しています。私の家は、村のいちばん奥まったところにありました。窓からは、すぐそこに雪山が見えて。学校から帰ると、家の近くのリンゴの木に登って実を食べたりしました。比較的、内向的な性格で。屋根に登り、『あの山の向こうには何があるんだろう? もっと遠くに行ってみたいな』と、そんなことを考えながら時間を過ごすことが大好きでした」

子ども二人に監督がかけた‟魔法”
どこか少年のような顔立ちのジン・イー監督。アルシンのように、大きな木の根っこにもたれて昼寝をしたこともあった?
「似たような経験は確かにあります。母親が綿花を栽培していたのですが、その畑でよく昼寝をしました。いちどはそうしてずっと寝ていて、母親が私をあちこち探し回ったけど見つけられなくて。畑で水やりをしようとして、水をかけられた私が飛び起きた! なんてことがありました(笑)」
綿花畑でぐうぐう寝る監督、息子がそこにいると知らずに水を撒いて慌てる母と、まるで民話の世界のよう。この映画のアルシンとメイユーのかわいい時間にも通じる。河原で石を探したり、手のひらの皺を葉脈に見立ててペンでなぞり、お互いの手をつなぎ合わせてみたり。自分の記憶ではないのに、どこか懐かしい。アルシンとメイユーは、そんな時間をごくナチュラルに体現する。
「出演して下さった皆さん、全員が初めての演技で。実際、あの村に住んでいる方もたくさんいました。撮影前、アルシンとメイユーが初めて顔を合わせた日に、ちょっとお願いをしたんです。『この道を、二人並んでどんどん歩いていって。僕が、もういいよと言うまでず~っとね』と。それでかなりの距離を歩いてもらったので、『まだかな?』という感じでなんども振り返るんですけど、僕らの姿が見えなくなるまで歩いてもらいました。そうして二人には、仲間意識を持ってもらいたい。それで、楽しく撮影していこう! という雰囲気を培ってもらいたいと思って」
演技とは思えない、でもドキュメンタリーのようにただカメラ前に立つのとも異なる在りようは、監督のそんな‟魔法”があったから。映画にはそんな監督の思いが「視覚的、聴覚的に」散りばめられる。
「遊牧民のカザフ族の習慣や文化、精神世界や命に対する考え方、自然との距離感、異なる民族同士がどんな風に暮らし、触れ合ってくのか? そうしたことをたくさんの人に知ってほしい。そんな願いを込めて、新疆を舞台にした映画をつくったのです」

北京に暮らし、故郷を思う
ジン・イー監督が幼少期に触れた映画は、国営テレビで放送される限られた作品のみ。その後、高校時代の友人を通して映画と出合い、北京電影学院へ進学。現在も北京に暮らしている。
「どこまでも続く草原、故郷である新疆のそうした景色をよく思い出します。北京でそうした場所を見つけることは不可能で、そんなときは家の近くの公園で、少しだけ視界の開けた景色を眺めたりします。大学時代、長い休みに帰省したときには、カナス湖という湖を訪れて時間を過ごしました。空気はおいしいし、景色はあまりに広大で、心が洗われたようでした」
新疆ウイグル自治区最北端のアルタイ山脈の南麓にあるというカナス湖。晴れた日はエメラルドグリーン、曇った日は灰緑色と、季節や天候によって湖面の色が変わるという。
けれど、新疆はあまりに遠い。「でも交通が発達して、かなり早くなりました。直行便がなく、トランジットで2時間ほど待つことになりますが、7時間もあれば実家に足を踏み入れるところまで行けますよ」って、え! 飛行機を使って7時間!? それ以前は、上海の近くにある杭州から、地下鉄や高速鉄道を乗り継いで二泊三日かかったそう。それほどに遠い新疆生まれの監督の撮った映画が、さらに遠く離れた日本に暮らす人間にこれほどの共感を伴って響く。それが映画の持つ力なのかも。そうしてジン・イー監督自身も、「日本映画もたくさん観たことがあります」と言い、真っ先に溝口健二の名前が挙げられた。さらに濱口竜介、三宅唱と、若い監督の作品も印象に残るそう。
そんなジン・イー監督はこれから、どんな作品を撮っていくのだろう?
「次回作についてはいくつかのアイデアがあり、いま構想を練っている段階です。また新疆を舞台にするかもしれないし、そうではないところが舞台になるかも。いずれにしても大自然とその風景、それと人との関係を描くものになるかと思います。それで監督としては、私の撮った作品が、より多くの人に見てもらえるようになるのが夢です。現代を生きる人の心に響く作品を撮り続けたい、そう思っています」




