羊とピーターラビットの里「世界遺産の英国湖水地方」を歩く | 海外の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
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    2019.03.18

    羊とピーターラビットの里「世界遺産の英国湖水地方」を歩く

    DAY 2 【Ennerdale to Borrowdale 総距離24km】

    C2Cを歩いて二日目にいきなり、イギリスの中でも名高い世界遺産、湖水地方に入っていく。悠久な時をかけ氷河によって形成された山や湖などの壮大な景色が広がる湖水地方を最後に取っておきたいばかりに、あえて逆ルートを歩くことを選ぶ人もいるという。

    十分な睡眠のお陰で疲れもだいぶ取れ、ダイニングルームに行くと、隣のテーブルに地図とにらめっこしていたイギリス男性がいる。

    C2Cの発案者アルフレッド•ウェインライトの本、「A Coast to Coast Walk」を使って歩く計画について話すニール。

    マンチェスターからやってきたニールも昨日からC2Cを歩き始め、裏庭でテント泊をした、という。彼は昨夜、どうしてもビールが飲みたくなり、パブまで往復8kmの道のりを歩き、疲労困ぱいとなり、何とかテントに潜り込んだと思ったら、夜通し近くの木に止まっていたフクロウの鳴き声で殆ど寝ることができなかったという。そんな何とも残念な話を聞いたり、お互いにルートの計画を話し合ったりし、すっかり仲良くなった。そんなニールにはヤング・ニールというあだ名を付け、「また後でね!」と別れを告げ、Ennerdale lakeに向かう。

    公共のフットパスの方向を示す案内板。

    深い霧がかかり、幻想的な風景に包まれ、まるでエンヤの音楽が聞こえてきそうだ。

    湖水地方は絵本『ピーターラビット』作者、ビアトリクス•ポターが愛し、彼女が牧羊と自然保護活動に力を注いだ故郷としても知られている。1991年より「ビアトリクス・ポターの世界(The World of Beatrix Potter)」という彼女が描いた絵本のシーンを体験できる展示館がオープンして以来、人気を博し続け、2018年はピーターラビットがハリウッドで初めて実写映画化されるなどし、ピーターラビットの人気は根強いといえる。

    お土産物屋さんでのピーターラビットグッズ。

    牧歌的風景に内在する生態系の問題

    一方でイギリス人の作家、環境活動家であるジョージ•モンビオー氏は、こうした流れに警鐘を鳴らしている。湖水地方が世界遺産に登録されてしまったというのは、まさに「生態系への裏切り」と批判し、一帯が完全に「ビアトリクス ・ポターのテーマパーク」となってしまうことを危惧していた。

    彼の指摘によるとイギリスにおける牧歌的な田舎の景観とされている牧羊は、政府の補助金によってまかなわれ、一見、人類と自然が調和して暮らしている印象を人工的に作り出しているという。しかし、実態はもともと暮らしていた動物、鳥、虫の75%が追いやられ、木が生えない土地となり、生態系のバランスが崩されてしまったという。

    羊と苔むした石垣。

    歴史上3000年もの前から牧羊は行なわれ、純粋で自然と調和した田舎の象徴として羊は寵愛されてきたため、湖水地方において実際羊が環境にどのようなダメージをもたらすか、見て見ぬ振りをしている、という。そして世界遺産になったことによって、ますます野生の状態に戻るのが困難になってしまったと訴えていた。

    イギリス大手の新聞「ガーディアン」に掲載された彼の記事を読んだことで、牧羊が単純に平和な田舎の風景ではなく、実はそこにかつて存在していたかもしれなかった生命が存在していたことを想像することすら難しくしてしまっている現実にハッとさせられた。

    そして、牧羊風景に出会うたびに、そこに存在していた生態系に思いを馳せることになった。

    湖に差し掛かる手前で、初日にパブで出会ったアレンに教えてもらったチャールズ皇太子が訪れたというカフェ、“The Gather”に立ち寄る。

    「蜂蜜を入れる?」と尋ねる店員。

    皇太子も飲まれた紅茶から立つ高貴な香り

    そこで今日のオススメの春摘みのダージリンティーをテイクアウト。すると、レジのお姉さんが「偶然にもちょうどこの紅茶をチャールズ皇太子も飲まれたのよ 」と教えてくれた。

    それを聞いたからか、テイクアウト用の紙コップであったが、余計にありがたみを感じ、紅茶を一口飲んだ瞬間、そのあまりに爽やかで高貴を思わせる香りに思わず唸ってしまった。

    Ennerdale湖に到達すると雄大な景色が包み込んでくれた。

    Ennerdale湖に向かう下り道。遠くには山々が見え、いよいよ湖水地方にやってきたという実感が湧いてくる。

    このあたりは、雨が多いイギリスの中でも特に雨が多い地域で、年間平均降水量は4.7m(東京の3倍以上)を誇るといわれる。

    幸い天気に恵まれ、湖面には柔らかな朝日が反射している。

    対岸には、Robbinhood’s chair (ロビンフッドの腰掛け)と呼ばれ、山がせり出し、まるでファンタジーの世界に入っていくようだ。

    まるで妖精が草花の間に隠れていそうな雰囲気。

    ありとあらゆるところに実っているベリーは最高の行動食だ。

    このEnnersdale一帯はトレランの聖地でもあるらしく、犬を連れて走る人も沢山いて、トレラン好きが高じて移住してくる人も多いとか。

    後ろからイギリス人男性が声をかけてきた。これからお弁当を持って景色がいいYH Black Sail Lodgeに行くんだ、という。私たちもそこに向かっているというと、「君たちがユースホステルに到着した時に、すぐに紅茶が飲めるように、お湯を沸かしておくね!」といかにもイギリス紳士のような言葉を口にし、彼はスタスタと軽快に先を歩いた。

    広い牧場ではなく狭い歩道で放牧牛の集団に出会うと少し緊張する。

    岩に生える地衣類とたまたまそこに落ちていた鳥の羽。まさに自然が織りなすアート作品。

    River Liza沿いを一時間ほど歩いた頃、 ひっそりと佇む積み石作りのYH Black Sail Lodgeの姿が見えてきた。ウェインライトはここのユースホステルを、「あらゆるユースホステルの中でも最もロンリーでロマンチック」と表現したが、まさしくそうであった。

    車道もなければWi-Fi、電波、テレビもないYH Black Sail Lodge。

    到着するやいなや、「お湯がちょうど湧いたよ」と先ほどの男性が知らせてくれる。

    温かい紅茶を飲みながら休憩していると、朝食会場で一緒だったヤング・ニールをはじめ、ぞくぞくと他のウォーカーたちも到着した。

    Great Gable, Green Gable, PillarとHaystacksの山々に囲まれ、美味しい空気を吸いながら、それぞれが気持ち良さそうに時を過ごしていた。

    いよいよ「メインコース」の難所へ

    さあ、これからはコース料理でいうと、メインコースに入るよ、とアリーは言う。案の定、いきなりガッツリ、急登が待ち受けていた。C2Cはナショナルトレイルでないため、ルートの表記がない箇所も多々あり、特にこの辺りでは多くのハイカーが道に迷うので注意が必要だ。

    Loft beck 川を渡りながら、目印を探しつつ、泥状の斜面を登る。

    トンボがしばらくくっついて離れない。

    青く輝くフンコロガシにも遭遇。

    ここで一旦、イギリス特有の自然の呼び方を紹介したい。イギリス北部は特にバイキングの影響があり、自然を表現する言葉は古代ノース語(バイキングの言葉)から発生しているという。

    Beck ― 川

    Dale ― 丘陵地帯などの広々とした谷

    Fell ― 山

    Force/Foss ― 滝

    Mere ― 湖•池

    Pike ― ピーク

    Tarn ― 湖

    Gill ― 渓谷

    Rigg ― 尾根

    このあたりの地域の名称はほとんどこれらが基本となっているので、知っていると少しわかりやすい。

    ようやく足下が悪い急登を登りきり、振り返ると、歩いてきたEnnerdale湖がはっきりと見える。

    山の上にはサインポストはなく、石を積み重ねたケルンが目印となる。

    天気が悪いとルートファインディングの難易度が一気に上がるが、今日は天気に恵まれたおかげで、はっきりと確認できた。

    谷や山を歩き抜けると、Honister Slate Mine が見えてきた。400万年前に火山灰と水が合わさり、堆積し、圧縮されたことによって形成された石がローマ時代より採石されてきたという。

    昔スレートを運んでいた滑車の跡を辿り下っていく。

    大自然の景色とは一変し、いきなり観光客の車が駐車場にひしめいていて、一瞬興ざめるも、絶好の休憩ポイントとして利用させてもらえるので有り難い。

    温かいココアを飲んで一服し、リセット。フルコース料理でいうと、ここまできたら、あと残るはデザート。

    今夜の寝床であるBorrowdaleのキャンプ場まで緩やかな下り坂を歩きながら、村に向かう。

    夕陽が差し込む中、苔むした森を歩く。

    苔生した石塀が夕陽に照らされると陰影が出てドラマチックだ。

    森を抜け、Borrowdaleの村に到着し、Chapel House Farm キャンプサイトに到着。(一泊大人6パウンド、15歳以下4パウンド、5歳以下無料)

    小さな村といえど、キャンプ場は端っこにあり、近くにパブがないため、自炊が好都合。

    お湯を入れ、混ぜて、ジップロックを締めて8分間待てば出来上がり!待っている間、服の中に入れておくと、保温ができ、更にお腹も温まり一石二鳥だ。

    キャンプサイトの中を羊が歩きぬけていく。

    羊たちが敷地内に入っているのではなく、我々キャンパーたちが羊たちの住処にお邪魔しているのだった。テントに潜り込み、羊を数える間もなく、目をつむった瞬間、夢の世界に入っていた。

    (実際歩いた距離31.2km、万歩計43,266歩)

    写真・文/YURIKO NAKAO

    プロフィール
    中尾由里子

    東京生まれ。4歳より父親の仕事の都合で米国のニューヨーク、テキサスで計7年過ごし、高校、大学とそれぞれ1年間コネチカットとワシントンで学生生活を送る。
    学生時代、バックパッカーとして世界を旅する。中でも、故星野道夫カメラマンの写真と思想に共鳴し、単独でアラスカに行き、キャンプをしながら大自然を撮影したことがきっかけになり、カメラマンになることを志す。
    青山学院大学卒業後、新卒でロイター通信社に入社し、英文記者、テレビレポーターを経て、2002年、念願であった写真部に異動。報道カメラマンとして国内外でニュース、スポーツ、ネイチャー、エンターテイメント、ドキュメンタリーなど様々な分野の撮影に携わる。
    休みともなればシーカヤック、テレマーク、ロードバイク、登山、キャンプなどに明け暮れた。
    2013年より独立し、フリーランスのカメラマンとして現在は外国通信社、新聞社、雑誌、インターネット媒体、政府機関、大使館、大手自動車メイカーやアウトドアブランドなどから依頼される写真と動画撮影の仕事と平行し、「自然とのつながり」、「見えない大切な世界」をテーマとした撮影活動を行なっている。
    2017年5月よりオランダに在住。

    好きな言葉「Sense of Wonder
    2016 Sienna International Photography Awards (SIPA)  Nature photo 部門 ファイナリスト
    2017  ペルー大使館で個展「パチャママー母なる大地」を開催

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