
今回訪れたのは、ピレネー山脈に囲まれた小さな国・アンドラ。そのてっぺんにそびえるのが標高2,942mのコマ・ペドローザです。5月中旬にもかかわらず、足元には雪、頭上には春の陽射し、そして誰もいない静寂な登山道は、自然の美しさと共にその厳しさを物語っていました。
果たして、残雪に覆われたコマ・ペドローザの頂へ、無事たどり着くことはできたのでしょうか?
小国アンドラとコマ・ペドローザとは?

Andorra(アンドラ)は、フランスとスペインの間に挟まれた小さな国で、面積は468km²と東京23区よりも小さく、人口も約8万人ほどです。ピレネー山脈に位置し、国土のほとんどが山岳地帯ということもあり、ヨーロッパ有数のスキーリゾート地として知られています。
そんなアンドラにも、堂々たる最高峰があり、その名はComa Pedrosa(コマ・ペドローザ)です。アンドラ西部のラ・マッサナ地区に位置する、コマペドローサ国立公園内にある一座で、その標高は、2,942m。
登山口までバスの運行があり、広い駐車場や周辺にホテルもあるため、アクセスも比較的良好で、夏季には多くの登山者やハイカーが訪れます。標高こそ3,000m未満ですが、残雪期の冬にはアルプス並の厳しさになることもあるため、季節によっては本格的な雪山装備と経験が必要になります。

ルートは、Arinsal(アルンス)の村からスタートし、距離は往復約13km、標高差は1,300m。夏季であれば、所要時間は6~8時間ほどです。
ベストシーズンは、夏場の6月~9月ごろで、この時期は雪もなく、登山道も整備されているため、初心者から中級者までチャレンジできます。ただし、残雪期は登山の技術レベルが大幅に上がり、雪山経験が求められる中~上級者向けとなり、アイゼンやピッケル、ヘルメットなどの重装備が必須になります。
コマ・ペドローザの頂上を目指して登山スタート

登山当日、私たちは登山口のあるアルンサルの村にあるホテル前の広い駐車場にキャンピングカーを停め、ここをベースに出発することにしました。
5月中旬でもまだ雪の残る山域なので、アイゼン、ピッケル、ヘルメットといった冬装備をしっかり準備し、事前に天気予報をチェックして、晴天が安定する日を狙って登りました。

序盤の登山道は静かな森の中を進みます。すれ違う登山者もほとんどおらず、まるで山を貸し切っているような静けさの中、淡々と歩を進めていきます。登り始めてしばらくは雪もなく、しっとりとした土の登山道が続き、標識もしっかりあるのでとても歩きやすいです。

2時間ほど歩いたあたりで視界が一気に開け、まるでカール地形のような広い谷間にたどり着きました。ここが標高2,260mにあるコマ・ペドローザ小屋への分岐点で、1泊2日で登る場合はここで宿泊することも可能です。
6月上旬〜10月中旬の夏季は有人小屋として運営され、冬季〜春の残雪期は緊急・悪天時の無人避難所として利用することができます。


私たちは小屋へ立ち寄らず、そのまま直進し、山頂方面へと向かいます。カールを抜けると雪の量も一気に増えてきて、斜度もぐっときつくなり、いよいよ本格的な登りが始まりました。
ここでアイゼンとピッケルを装着し、“春山ハイク”のような雰囲気から、徐々に“残雪期の本格登山”へと表情を変えていきました。

頂上まであと300mで究極の決断

カールを登り切ると、目の前には2つの湖が広がっている…はずでした。しかし、湖は完全に雪に覆われ、どこからが岸で、どこからが湖の上なのかまったく判別がつかない状態でした。
春の陽射しに緩み始めた雪は、すでにところどころで下が空洞になっているようで、進んでいると「ガボッ」と鈍い音とともに、片足が膝上まで一気に雪に沈み、びっくりする場面も多々ありました。見えない足元への不安が、足を運ぶたびに緊張を増していきます。

私たちはできる限り湖の縁と思われるルートを選び、慎重に一歩一歩雪の感触を確かめるように進んでいきました。ようやく湖を渡り終えてホッとしたのも束の間、ここから先はいよいよ核心部、頂上への急な斜面が待ち受けていました。

目の前に広がるのは真っ白な急斜面。積雪の量もぐっと深くなり、一歩前に進むのも一苦労です。風と雪でトレース(踏み跡)は完全に消えており、自分たちで新たにルートを見つけながら登る展開に。ピッケルで雪面を探り、アイゼンの刃を深く刺し、一歩ずつ高度を稼いでいきます。

けれども、斜度は想像以上にきつく、ルートの見極めも難しい。そして何より、周囲に他の登山者の姿がまったくないことが、不安を膨らませていきました。土曜日にも関わらず、この日すれ違ったのはわずか4人、そのうち3人はすでに途中で引き返していました。
下を見れば足がすくむような傾斜、足元の雪は締まりが甘く、ルートは明瞭ではない上、風も強くなってきました。万が一、滑落があれば、すぐには助けを呼べない状況の中、「このまま進んで大丈夫だろうか?本当に安全なのか?」そんな不安が頭をよぎり始めます。
私たちは一旦立ち止まり、慎重に話し合った結果、「ここで引き返す」という選択を取りました。
頂上はすぐ目の前、あと300mほどの距離でしたが、「安全第一」を考え、悔しさが入り混じる中、「山は逃げない。いつかまた、万全なタイミングでこの場所に戻ってくればいい」——そう自分たちに言い聞かせながら、ゆっくりと下山を始めました。

今回は登頂とまではいきませんでしたが、私たちはこの山で大きな学びと経験を得ることができ、次の挑戦へとつながったと思っています。今振り返っても、あのときの決断は間違っていなかったと確信しています。
山への敬意を忘れず、自分たちの限界を見極めて行動できたと思っています。山登りをしていると、つい「登り切りたい!」という気持ちが先行しがちですが、それを少し脇に置いて、「今の自分たちにできるベストを尽くした」と思えるかどうかが、本当の意味での“登頂”なのかもしれません。
今回、コマ・ペドローザ登頂は叶いませんでしたが、次回は雪のない夏季に戻って、もう一度挑戦したいと思います。