DAY 13【Blakey Ridge to Grosmont 総距離22km】
昨日は比較的楽な一日で、さらには久しぶりに湯船に浸かれたおかげで身体は軽い。
道沿いに中世から目印として利用されていて“Fat Belly”と呼ばれている石碑が立っていた。慣習としてお菓子などを置き、代わりに他の人が置いたお菓子を貰うとガイド本に書いてあり、私もそれに従う。
しかし、果たしていつからそのお菓子が置いてあるのかわからないので、何となく食べる気になれず、万が一、緊急事態に陥った際に食べられるようにと、ポケットに押し込んだ。
ヒースが広がる湿原を抜けると、徐々に景色は田園風景へと変化 。
Glaisedaleの村に入る。
村の東の端に位置するBeggars Bridge。直訳すれば「乞食橋」という変わった名前の橋で、その逸話がロマンチックなのでご紹介したい。
400年程前、トーマス・フェリスという貧乏な羊使いの男性がここに暮らしていた。彼は、地元のお金持ちの地主の娘、アグネスに恋に落ちた。結婚を申し込んだものの、彼女の父親に反対され、彼は船乗りになり、一攫千金を目論み、金持ちになることを決心する。出発前、彼女に一目会おうとしたものの、雨によりEsk川の水かさが増し、川を渡ることができなかった。そして6年後、彼は計画通り、裕福になり故郷に帰り、最愛のアグネスとの結婚が晴れて叶った。
トーマス・フェリスは得た富の一部を使い、この橋を1619年に建造したという。出発前夜、嵐によって会うことが叶わなかった彼らのように、また愛し合う二人がやむを得ない事情で引き裂かれないように、という願いがこめられているという。
森を抜けるとEgton Bridgeという美しい家々が点在する村に出る。
突如として、今日の目的地Grosmontの駅の横に出た。ここは保存鉄道、North Yorkshire Moors 鉄道(NYMR)が走っている駅で、内陸に位置するPickeringから海岸沿いのWhitbyまでの29kmを結ぶ際にNorth York Moors 国立公園の壮大な景色も車窓から眺められるとして、絶大な人気を誇っているという。
4月から10月下旬まで毎日運行し、冬期は限られた本数にて運行しているとのこと。
しばらくすると早速蒸気機関車が入ってきた。
乗客を乗せた木製の車両もレトロで風情がある。
映画「ハリーポッター賢者の石」の中でホグワーツ魔法学校最寄りのホグスミート(Hogsmeade)駅として登場したゴースランド (Goathland)駅は、ここグロモント(Grosmont)駅の隣駅で、鉄道ファンならずとも多くのハリーポッターファンが訪れるという。
次々と入ってくる鉄道をひとしきり見た後は、駅前で翌日の行動食の買い出しに出かけた。
英国一古い生協。とはいえ、店内はいたって普通の生協と変わらない。
駅前の古本屋にも立寄り、WrainwrightがこのC2Cを発表した ”A Coast to Coast Walk”のガイド本も置いてあり、迷わず購入。
このC2Cも残すこと、一日となると、多少荷物が重くなってもかまわないので、何冊か合わせて購入し、今夜の宿へと向かう。
そもそも、予定では、 Grosmont手前のPriory Farmキャンプ場でテントを張るつもりではいたが、着いてみると一切、人気はなく、ジメジメし、あまりにも寂しい雰囲気が漂っていたので、通過することにしたのだった。
駅前のB&Bは満室で、近くのB&B Grosmont Houseに聞いてみてはということで、直接行って尋ねた。すると、この時期は通常満室で部屋がないが、今夜はたまたま奇跡的に一室空いていると言われた。料金は二人で110ポンドと高かったので、ダメモトでまけてください! とお願いをしたところ、90ポンドに交渉成立! アラフォーの図々しさが功を奏した瞬間だった。
宿のオーナー曰く、この時期にたまたま空いていたのは、かなりラッキーだよと言われて通された部屋は…。
どこにも行かず1日中、ずっと部屋で過ごしたい気分になるメルヘンチックで清楚な部屋。
ここのところ、夜ご飯は連日、ポテトとカレーが続いていたからか、お腹の調子がイマイチだったので、夜は部屋でささっと余った食材で軽く済ませることに。ゆっくりとシャワーを浴び、ふかふかのベットに飛び込み、読書にふける。毎日が変化とサプライズに満ちたこのC2Cの旅も、明日でとうとう終わってしまう。完歩できた喜びが勝るのか、もしくは、歩き終えてしまう寂しさなのか、今の時点では、全く想像がつかないのであった。
(実際歩いた距離26.4km、万歩計38,102歩)
写真・文/YURIKO NAKAO
プロフィール
中尾由里子
東京生まれ。4歳より父親の仕事の都合で米国のニューヨーク、テキサスで計7年過ごし、高校、大学とそれぞれ1年間コネチカットとワシントンで学生生活を送る。学生時代、バックパッカーとして世界を旅する。中でも、故星野道夫カメラマンの写真と思想に共鳴し、単独でアラスカに行き、キャンプをしながら大自然を撮影したことがきっかけになり、カメラマンになることを志す。青山学院大学卒業後、新卒でロイター通信社に入社し、英文記者、テレビレポーターを経て、2002年、念願であった写真部に異動。報道カメラマンとして国内外でニュース、スポーツ、ネイチャー、エンターテイメント、ドキュメンタリーなど様々な分野の撮影に携わる。休みともなればシーカヤック、テレマーク、ロードバイク、登山、キャンプなどに明け暮れた。2013年より独立し、フリーランスのカメラマンとして現在は外国通信社、新聞社、雑誌、インターネット媒体、政府機関、大使館、大手自動車メイカーやアウトドアブランドなどから依頼される写真と動画撮影の仕事と平行し、「自然とのつながり」、「見えない大切な世界」をテーマとした撮影活動を行なっている。2017年5月よりオランダに在住。
好きな言葉「Sense of Wonder」
2016 Sienna International Photography Awards (SIPA) Nature photo 部門 ファイナリスト
2017 ペルー大使館で個展「パチャママー母なる大地」を開催。