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2026.06.10

「グレートジャーニー」探検家・関野吉晴、旧石器時代人のように、自然の時間に合わせて生きる

「グレートジャーニー」探検家・関野吉晴、旧石器時代人のように、自然の時間に合わせて生きる
地球上のあらゆる土地を歩いてきた探検家・関野吉晴。次の旅の舞台に選んだのは旧石器時代。その時代さながらの野生世界に身を置くことで、地球における人類史、そして生命史までをも繙いていくタイムスリップの旅、グレートジャーニー最新章が始まった。
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グレートジャーニー 最新章〈旧石器時代へ、時を辿る旅〉

04 自然の時間、人間の時間

関野吉晴 (せきの・よしはる)

1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、南米最南端からアフリカまで人類の足跡を遡行する「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人々のルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。

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奥多摩で家を作った。
 
2023年1月、旧石器時代の旅を始めた私は、まず打製石器を作り、その打製石器で木や竹を伐り、紐を綯った。家を作るためだ。縄文人は竪穴住居を作って定住をしたが、私は定住するわけではないので、遊動的な旧石器時代人と同じように、簡素な家を作ることにした。私ひとりが寝ることができればいいのだが、ひとり用テントの大きさでは狭すぎる。私は長期の単独行に出かけるときは2~3人用のテントを持っていく。したがって、ここで住む家も2人がゆとりを持って寝ることができる広さにした。
 
骨組みは、石器で伐り出した竹で作ることにした。8本の竹を錐形に組み、コウゾの皮を綯った紐で縛った。その正八角形の骨組みを屋根材で覆うのだ。古来、屋根材にはさまざまな材料が使われてきた。ススキ、チガヤ、アシ、稲藁、竹など。ところが困ったことに、周りはほとんどスギ林で覆われている。下生えはシダばかりで、虫や生き物の気配がなく、屋根の材料になる植物もない。しかし、スギの皮が優秀な屋根材になると聞いた。なおかつ地主さんに、「このあたり1ヘクタールは自由に使っていいよ。スギも必要なだけ伐ってもいいよ」といわれた。「やったぜ」と思った。
 
以前、同じ地主さんの土地を借りて、2階建ての住居兼倉庫を作ったことがある。そのときは、スギをチェンソーで切り、皮を剝いで材木にした。皮はぺろっと、気持ちいいほど簡単に手で剥がれた。必要なのは材木で、皮は必要なかったので捨てたが、皮は簡単に剝がれるものというそのときの記憶が残っていた。ところが、今回はびくともしない。皮がぜんぜん剝がれないのだ。理由はすぐにわかった。あのときは梅雨どきだった。木が一番水を吸い上げている時季だった、水を吸い上げる部分は木質ではなく、木質と皮の間の維管束だ。そのため梅雨どきは皮が剝がれやすいのである。しかし、今回は8月初旬だった。皮は、強力な接着剤で貼り付けたような状態になっている。
 
それではどうすればいいだろうか? 現代では、やろうと思えば、電動工具の力を使って剝がせないことはない。自然の時間を無視して、人間の都合に合わせることができるのだ。しかし、旧石器時代人は、スギの時間に合わせて、皮が楽に剝がせる梅雨の時季まで待っただろう。私もスギの時間、自然のリズムに合わせて次の梅雨どきまで10か月、皮を剝がすのを待つことにした。
 
旧石器時代は縄文時代より前の時代だ。年代でいうとおよそ240万年前から1万4千年前までのとても長い時間で、30万年前にホモサピエンスが生まれる前から続いていた。私がタイムスリップしているのは旧石器時代の後期旧石器時代になる。その後訪れた縄文時代に、人々は定住し、土器を作り、クリやマメ類などの栽培を始めた。ここで人類は初めて自然の時間・リズムを人間の都合に合わせ始めたのである。三内丸山遺跡にはクリの木が整然と並んで植えられていた。種を取ってきて蒔いたのだろう。農耕の始まりだ。それでも縄文人の生き方は基本的に自然の時間に合わせたものだった。
 
現代でも、自然の時間に合わせた暮らしをしている人びとがいる。新潟県北部に山熊田という集落がある。巻狩りという集団猟で冬眠から覚めたばかりのクマを撃つマタギが暮らす土地だ。私は以前から巻狩りに同行させてもらうなど、元頭領の大滝国吉さんに世話になっている。彼の母親の朝子さんと叔母のムツ子さんはいつも一緒で、朝8時きっかりに、曲がった腰で乳母車を押しながら仕事場に向かう。伝統的な羽越シナ布を織るのが仕事だ。彼女たちには食べられる野草のことを教えていただいたが、自宅の隣にそれら野生植物の小さな植物園をこしらえていた。野草の種を蒔いたり、株を植えたり、植え直したりすれば、「わざわざ野に採りに行かなくても、サッと採れて楽でしょう」と笑いながら話してくれた。縄文人も同じような感覚でクリやマメ類を植えていたのだろう。
 
山熊田の暮らしのすべては季節が決まっている。夏の終わりに、夕方から明け方までかけて山ひとつを焼く。その焼き畑に赤カブの種を蒔く。赤カブは降雪前に収穫し、漬物にして保存食にする。巻狩りは、まだブナの芽が芽吹いていない見通しの良い早春の雪山で行なう。真っ黒なクマが雪の斜面を歩いていれば、すぐに見つかるからだ。春にはタラの芽、フキノトウ、ワラビ、ゼンマイ、イチイなどの野草、秋にはキノコを採集し、旬のものだけを食べる。すべて生き物の時間に合わせて、人間が活動するのだ。
 
人間の時間が自然の時間から離れ始めたのはいつからだろうか。日本列島では、弥生時代に米作という本格的な農業が入ってきてからだろう。集約農業で穀物を作るようになると、作れる者と作れない者の格差が始まる。作れる者が尊敬され、力を持つようになり、作れない者を雇って作るようになる。さらに、より生産性を高めるために、二期作、接ぎ木、人工交配などが行なわれるようになり、いまや旬のものでない野菜や果物を食べたいというのはまだかわいいほうで、遺伝子まで操作して人間の好みに合ったものを作り始めている。
 
私たち人類は、700万年近く狩猟採集の暮らしをしてきた。人類史の99%以上を自然のリズムに合わせて生きてきたのだ。それを農業が一変させた。人類は自然を改変し、食料は長期間貯蔵できるようになった。人間は自然の時間を人間の都合に合わせて操作することによって、発展し、文明も生んだ。産業革命が文明の発達を加速させ、私たちは便利で快適で、物質的に豊かな暮らしを享受している。しかし、自然の時間と人間の時間のギャップはますます広がるばかりで、同時に平等社会から格差が広がる社会になった。この地球の環境も不可逆的に綻んできた。人間は地球の生き物たちの頂点に立ったような気になって、有頂天になっているうちに他の生き物たちの生存を脅かしている。私たちは自然がないと生きていけない。食べ物だけを考えても、塩と人工添加物以外は生き物だ。私たちの体は、食べた生き物の元素と地球の大気、水、大地で作られている。自然から離れてしまった人間は、それを忘れてしまっているのではないだろうか。
 
なお、旧石器時代人になりきって次の梅雨まで10か月の間スギ皮剝ぎを待とうとしていたのだが、待つ必要がなくなった。材木にするために伐り出されたものや倒木など、皮を剝ぐことのできるスギがあったからだ。腐りかけているものも多かったが、ましな皮を選び、ススキ、チガヤ、竹を交えて屋根を葺き、何とか雨の漏らない小さな家ができた。

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おとなふたりが寝られる広さの家を作った。骨組みも、それを縛る紐も、屋根材・床材も、すべて自然から自分で調達した素材である。

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スギの皮に加えて、竹、さらにススキ、チガヤを交えて屋根を葺いた。雨漏りしないように葺くためには膨大な量の屋根材が必要となる。

※構成/鍋田吉郎 写真/筆者提供

(BE-PAL 2026年5月号より)

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