何千年も前、この同じ風を感じ、同じ大地に立っていた人々の存在。言葉ではなく、岩に刻まれたメッセージです。「岩絵」という名の、荒野に残された人のけはい。壮大な風景の中で、過去と現在がそっと交差する場所でもあります。
今回は、写真に収めることはできても、手で触れることはできない、モアブの自然と文化をご紹介します。
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ケイン・クリーク沿いの道を走って出会う岩絵たち
岩に刻まれた絵・ペトログリフとは?

ケイン・クリークは、モアブの町から南西へ少し走ったコロラド川沿いです。その川沿いの赤い岩壁に刻まれた不思議な線や形。人の姿のようにも、動物のようにも見えるその彫り込みは、「ペトログリフ」と呼ばれる岩絵です。
ペトログリフは、石や硬い道具で岩肌を刻み込んで残されたものです。なお、天然の顔料で描かれた色のついたものは、ペトログラフと呼ばれます。
道沿いにあった看板によると、ここには紀元前5000年ごろから西暦1250年ごろまで、幅広い時代の岩絵が残っているそうです。さらに近年のユート族(現在のユタ周辺に古くから暮らしてきた先住民)による比較的新しい岩絵も見られるとか。
狩りの様子、動物への敬意、祈りや儀礼。その意味は一つではありませんが、確かなのは、ここが彼らの「生きた場所」だったということ。荒野の風景の一部として、今も静かに残る、遠い昔の人々の痕跡です。
ピックアップトラックで走る絶景ドライブ

実はこのときのモアブ滞在は、夫の父親夫婦も一緒だったため、2人乗りのRZR(オフロード専用車)ではなく、四輪駆動のピックアップトラックで移動しました。目的はモアブ周辺の絶景ドライブです。
舗装路を外れると、車はガタゴトと揺れ始めます。この揺れこそがモアブらしさ。窓の外に目を向けていないと、岩肌に刻まれた絵を見落としてしまいます。ビックホーンシープ(角の大きな野生のヒツジ)や人の姿、ポータルのような渦巻き、足跡のような模様。その多くは、駐車場や看板がある「観光地」ではなく、道の脇にさりげなく残されているからです。
道幅が狭くなる場所もあり、対向車が来て自分たちが崖側だったときは、思わず息をのみます。それでも怖さより先に胸が高鳴るのは、ここから先にどんな絵が待っているのかワクワクするから。
ひらけた景色の途中に突然現れる、巨大岩に残る岩絵

未舗装道路をしばらく走っていると、前方右の少し低くなった場所に、柵で囲われた大きな岩が見えてきます。広大な土地にまるで「ここだけは踏み込むな」とでもいうような雰囲気です。

実はこの場所、夫と何度か訪れているのですが、毎回胸が高鳴ります。駐車場はないので、周囲の安全を確かめて路肩に停め、車から降りた場所から50メートルほど歩きます。足元はゴツゴツした石ころだらけ。軽い散歩のつもりで下りると、滑って尻もちをつきかねないので、意外に気が抜けません。

岩の高さは、私(身長162センチ)の2倍ほどあります。ぐるりと一周して眺めると、地球外生物のようにも見える人の姿や、恐竜映画に出てきそうな巨大なムカデのようなものが彫られています。くねくねした縄のような線や、単細胞の生き物アメーバのような絵もあります。いったい何を表しているのでしょう。

ビッグホーンシープや足跡の岩絵は当時の暮らしや身近な動物を思わせますが、岩の前に立つと、遠い昔の誰かの(何かの?)けはいが伝わってくる気がします。
本当なら、この先へも走り続けたいところですが、今回の車は四輪駆動とはいえ、オフロード専用車のRZRと比べると車体が3倍ほどあります。道幅もここから先はさらに狭くなっていくため、無理はせず引き返すことにしました。
不思議な岩絵と、岩の割れ目に打たれた木のはしご

岩絵は「観光地」には少ないと先に書きましたが、実は舗装道路すぐ脇に、普通の乗用車で気軽に行ける場所があります。それが「ムーンフラワー・キャニオン」です。本当ならあまり教えたくない穴場なのですが(笑)、BE-PAL読者のみなさんには特別にご紹介しますね。
ここは簡易トイレ付きの駐車場に車を停めて、歩きながらじっくり鑑賞できるのが魅力です。残念なのは、アクセスが簡単すぎて、モアブ周辺で最も落書きが多い岩絵スポットともいわれています。



実はここは、私たち家族にとって思い出の場所でもあります。子どもたちが小学校低学年だったころ、初めてモアブを訪れたときのドライブ中に、偶然見つけました。特に目を輝かせたのは、思わず見上げてしまうほどの巨大な岩と、その岩に走る深い裂け目です。
割れ目をのぞくと、丸太を岩の隙間にはめ込んだ木のはしごがかけられていました。久しぶりに訪れても、あの景色が変わらずそこにあることにほっとします。


冒険心旺盛の夫でも、さすがに登ろうとはしないようで、下から眺めるだけ。案内情報では「アメリカ先住民が使った形を再現したもの」と説明されていますが、それ以上のことは分かりません。いずれにせよ、古代の人々と自然の地形が交わるこの場所の雰囲気を感じるポイントには違いありません。
遠い昔のけはいと、帰り道に残る余韻

この場所では、岩絵は「見に行く」「探しに行く」というより、旅の途中でふっと出会う存在です。モアブの風景の中に、遠い昔のけはいが静かに混ざっている。帰り道は車窓からキャンプを楽しむ人たちの姿を眺めながら、そんなことを感じつつ、滞在先のレンタルハウスに戻りました。
日本から気軽に行ける距離ではありませんが、それでもモアブには、バケットリストにそっと書き足したくなる景色と体験があります。









