【前回までのお話】
豊平川の上流ではなく、街中のエリアでSUPをし、自然と都会を感じながら……。
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三浦豪太の朝メシ前 第16回 山と"マチ"〜テイネの癒やし〜
プロスキーヤー、冒険家 三浦豪太 (みうらごうた)

1969年神奈川県鎌倉市生まれ。祖父に三浦敬三、父に三浦雄一郎を持つ。父とともに最年少(11歳)でキリマンジャロを登頂。さまざまな海外遠征に同行し現在も続く。モーグルスキー選手として活躍し長野五輪13位、ワールドカップ5位入賞など日本モーグル界を牽引。医学博士の顔も持つ。
雪が降りはじめたから、"マチさん"のことを伝えようと思う
12月初旬は、スキー場がオープンするかどうか微妙な時期だ。街では雨でも、山では雪が降り積もっていることがあり、さらにまとまった雪が降れば、スキー場がまだ開いていなくても充分に滑ることができる。現在、手稲山(サッポロテイネスキー場)はシーズン前のハイクアップからの滑走を禁止しているが、かつては暗黙の了解でシーズンインを待ちきれないスキーヤーやスノーボーダーが板を担いだり、シールを付けて登っていた。
僕らBBF(朝メシ前クラブ)もご多分に漏れず、ある程度まとまった雪があると踏んで、日が昇る前に、「サッポロテイネ」の、ハイランドゾーンの駐車場に集合していた。
メンバーがおのおのスキーにシールをつけてゆっくりとナチュラルコース沿いに歩いて登る。途中から日が昇り始めると、朝の冷気に細やかな雪が舞う。それが木立の間を射す朝日に照らされてキラキラと輝く。ダイアモンドダストとはよくいったものでまさに宝石が宙を舞っているようだ。
その様子を見てひたすら感動している人がいた。町野亮一郎さん=通称マチさんだ。マチさんは一歩一歩新雪に足を踏み締める感触を確かめ、頰に当たる冷たい空気すら心地よく感じているようで「最高だね……」としみじみと何度も呟いていた。
僕も山は大好きだが、ここまで感動するのも珍しい。山に登りがてらマチさん自身について聞いてみた。
マチさんは海外に進出している日本企業の邦人に対しての安全を守る仕事をしている。特に彼が担当するのは治安の悪い発展途上国が多い。つい先日もバングラデシュから日本に帰ってきたという。バングラデシュは2016年にテロ事件が起きて日本人も亡くなっている場所だ。
マチさんの仕事は異国の地にいながら情報を集め、事前に危険を察知しそれらのリスクの大きさを測り、管理する。そしてこうした情報を日本企業、政府と共有する諜報機関的な役割も持つ。現地にいる邦人に、いざというときのセキュリティを教え、時には体を張りながら邦人の命を守る。まさに命懸けの仕事だ。
マチさんの同僚や部下は現地スタッフが多い。彼らに指示を出して、的確に状況をコントロールする方法を常に探っている。時には自身も部下も危険な場所に赴き情報を集め、警護を行なう。ゆえに、仕事に入ると常に五感を研ぎ澄ませ、身の危険を感じながら任務を遂行している。自身も極真空手2段、武道家としての矜持と胆力がこの活動の根幹を支えているという。
バングラデシュに赴任する前はナイジェリアにいたという。ナイジェリアでは海賊(本物の海賊である)や誘拐事件が多発しており、常に気が抜けなかったそうだ。こうした仕事を一年の半分、春から秋にかけて行ない、冬に札幌に戻ってくる。
半年も身の危険を感じながら仕事をしていると、気持ちが日本に帰っても休まらない日々が続くという。以前は東京に帰っていたが、コロナ禍中にご家族の関係で札幌に来た。それが自身に大きな変化を及ぼしたという。テイネに登り、スノーボードを始めてから、気持ちが落ちつけるようになったそうだ。
「殺伐とした環境で仕事していると、精神的にキツくて参ってしまう。東京にいたときはおかしくなりそうだったけど、テイネを登るとその、なんというかつきものが落ちるように気持ちが晴れやかになってくる、山に浄化されるようだ」と、マチさんが言う。
山を登り、滑るという身体活動がストレスを……
日本では古来、山は修験道の修行の場である。修験道は山を神聖な場所と捉えている。修行そのものが自己を浄化し、神仏と一体化して悟りを目指す行為だ。山にはおそらくそういった霊的なものがあるのかもしれない。
僕たちも、ネパールで山に登るときにプジャという祈願祭を行なう。ネパールの山岳地帯ではチベット仏教が広く信仰されていて、そこでは日本と同じく山にはそれぞれに神々が居る。プジャを行なうのは山に登るためのお許しと安全を祈願するためだ。そしてそれだけに山では実際に不思議な現象にもたくさん会う。たとえば僕は竜の形をした雲を山ではよく見る。そういったものを見るたびに、神のような、自分よりも大きな存在がこんな形になって現われるのかなとも思う。
もうひとつ、山に登ることがマチさんのような強いストレス下で働く人にとって極めて効果的な理由がある。それは、山を登り、滑るという身体活動そのものが、直接的にストレス反応を軽減しているという点だ。
人は心理的ストレスを受けると、自律神経が「戦うか逃げるか(Fight or Flight)」のモードに入り、心拍数や筋緊張が高まり、常に臨戦態勢となる。これは本来、外敵と対峙するための生存機構だが、長期間続けば神経系に負担を与え、心身を蝕んでいく。
しかし、運動を行なうことで体内の血流量が増加し、脳への酸素供給が促進される。それにより、ストレスによって過剰に生じた活性酸素の中和を担う抗酸化酵素が増加し、細胞レベルでストレスを解消する働きが進む。また運動中、脳内ではエンドルフィン(快感・鎮痛作用)、セロトニン(情緒安定)、ドーパミン(動機づけ・達成感)といった神経伝達物質が分泌されることで、心理的ストレスへの抵抗力が高まり、気分がたかまっていく。
こうした科学的背景を踏まえると、マチさんが自らの状態を的確に理解し、アウトドアという環境を積極的に選んでストレスを発散しているのは、極めて理にかなった行動なのだといえる。
さて、札幌にも雪が降り始めた。そろそろマチさんが帰ってくるころだろうと思い、近々どこかの山にでも一緒に登ろうと思い連絡を取ってみた。すると彼はミャンマーにいた。ミャンマーは2021年にクーデターがあり、軍事政権となった。非常に不安定な場所であるが、日本はODAを通して日本の技術者を派遣、橋をつくっている。彼らの安全を守るためにマチさんはミャンマーにいるのである。帰りは1月初旬になるという。そのころには充分、雪があるだろう。一緒に滑る日を楽しみにしている。

手稲山の山頂でBBFメンバーとともにチーズフォンデュ。手前がマチさん。

ハイクアップ中に出会う手稲の冬景色。木立からの日差しも心地よい。
(BE-PAL 2026年2月号より)







