
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第30回をお届けします。
[New England Trail Day 5]
自然豊かで険しすぎる道を歩きながら
緊急避難的にキャンプサイトではない場所で行うステルスキャンプを終えたら、立つ鳥跡を濁さずでテントを張った周辺をきれいに片付けることが基本。そして、本日も朝早くからさっさと出発します。
事前にチェックした限りでは、本日もトレイル上の給水スポットは全滅で、水の入手は厳しいようです。この先にある、クイック・ストップ・カントリーストアという非チェーン店系スーパーマーケットで水を購入するしかありません。
それにしても、相変わらずニューイングランド・トレイルはアップダウンが激しく、これまでに蓄積された疲労もあり、歩き始めてすぐに足が重くなります。前日泊まった山の上からいったん集落へ下り、再度山を登るとき、噂のシェルターが民家の裏手にありました。
ここは「キャットテールシェルター」といい、近隣の家族がハイカーのために運営しています。シェルターが2棟あり、2〜3 人のハイカーが宿泊可能です。シェルター周辺に給水設備はありませんが、管理人やその家族の方がケースに水を入れて置いておいてくれることもあるそうです。

ニューイングランド・トレイルのシェルターやキャンプサイトは、基本的に事前予約が必要です。でも、このシェルターは先着順になります。ただし、この近辺はテントを張ることがNGのエリアです。
他のハイカーと取り合いになったりするトラブルを避けるために、ニューイングランド・トレイルのコミュニティーでこのシェルターの利用予定を事前に告知しておいたほうが良さそうです。
それにしても、ニューイングランド・トレイル沿線は、仕方なくビクビクしながらステルスキャンプをしなければならないエリアが多すぎます。小規模で構わないので、こういった宿泊施設が増えてくれたらと願わずにはいられません。

繰り返しますが、ニューイングランド・トレイルは山を登って下りてのキツいルートが続いています。時おり、他のトレイルらしき道が近くに見えることがあり、しかも平坦で歩くのも楽そうだったりします。つい、あっちの道に移ろうかと、誘惑にかられそうになります。
でも、そういった道は地図に載っていないことが多く、そんなところを歩いてゴールから遠ざかっては意味がありません。つらくてもガマンしてこの道を行くしかないのです。

しばらく歩くと、スーパーマーケットがある集落が道の先に見えてきました。すると、何やら水の気配や匂いがしました。探してみるとなんと、ガイドブックにも載っていない水場がありました。
上流に建物はないし、見た目もキレイな湧き水のようです。水を浄水器でろ過し、バックパックに詰められるだけ詰めました。ラッキー。

水を汲んだので、スーパーマーケットに行く必要もなくなりました。もうすぐトレイルを歩き終えるので余計なものを買う必要もないのですが、念のため(?)クイック・ストップ・カントリーストアに立ち寄りました。
アメリカの田舎にある非チェーン店系スーパーマーケットはどの商品もまぁまぁ高いですが、それでもここは今まで僕が見てきた中ではリーズナブルでした。結局、ちょっとしたお菓子だけを購入し、お店を後にしました。

いよいよ「JUNCTION16」までやってきました。文字通りのジャンクション(合流点、分岐点)で、ここからニューイングランド・トレイルは、マサチューセッツ・セクションへ向かうルートと、ギルフォードを目指すルートに分かれます。
僕もそうですが、一般的にはギルフォードにつながっているルートを進む人が多いようです。JUNCTION16からゴールであるギルフォードまでは、18マイル(約28.8km)です。
今夜の宿泊予定地であるキャンプ場は、JUNCTION16からニューイングランド・トレイルを外れ、1.2マイル(約1.9km)離れたところにあります。つまり、往復で2.4マイル(約3.8km)も余計に歩く必要があるのです。
当初は、ゴールが近づいている状況でトレイルから外れたところを歩くのも面倒なので、ステルスキャンプをしようかと思いました。
でも、ニューイングランド・トレイルの最後の夜まで、ビクビクしながら緊急避難的なキャンプをするのもな…と考えをあらためました。そこで、ちゃんと(?)キャンプ場に宿泊予約を入れたのです。
今夜泊まるのは「Godman Group Campsite」。考えてみると、今回のニューイングランド・トレイルで、最初にして最後の正式なキャンプサイトでの宿泊になります。前々回のvol.28でたくさんグチりましたが、それだけニューイングランド・トレイル沿線は宿泊施設が少ないのです。
テントを張る場所を探して右往左往しなくて済むことで、こんなにも気が楽になるんだ。心から、そう思いました。
それにしても、このテントサイトには給水設備がないのに、なぜか焚き火の消火用の水が保管されているタンクがありました。

キャンプサイトでもろもろの準備を終え、ぼんやりしていると、遠くにチェーンソーや車の音も聞こえてきました。そして、日が暮れてからは、犬の遠吠えが響き、周りの藪でガサガサと音がしました。
クマから食料などを守るためのベアボックスも設置されていたので、やはりクマが出没するのでしょうか。念のため、2回ほどホイッスルを思いっきり吹き、眠りについたのでした。

結局、クマの気配なども感じることなく、朝まで熟睡。寝袋の足元が結露していて目覚めました。
まだ辺りは薄暗かったのですが、早めに出発してさっさと歩き始めなければなりません。何しろゴールまで18マイル(約28.8km)もあるのです。夜が明ける寸前には準備を終え、テントプラットフォームに腰を掛けて明るくなるのを待ちました。

予報によると、今日の最高気温は26度、明日から4日間は最高気温が14度。一気に12度も下がります。偶然ですが、トレイル最終日が暖かくて良かった。神様に感謝です。
キャンプサイトからニューイングランド・トレイルのルートに戻るまで、アップダウンを繰り返します。JUNCTION16を越えてしばらく行くと、案内板がありました。ゴールまで16.9マイルと表示があります。地図では16マイルだけど…?
0.9マイルなんて誤差の範囲内だと思うかもしれません。でも、1.4kmです。朝から歩き続けた末の1.4km、けっこうキツいです。まあ、16マイルでも16.9マイルでも、さっさと歩かないと今日中のゴールが厳しくなります。そう考えると、自然と歩くスピードも上がりました。
急ぎながら歩いていると、降水確率20%、つまり降らない確率80%の予報だったはずなのに、雨が降り出してきました。すぐにやむだろうと思ったのですが、この予想外の雨は小一時間ほど降り続くのでした。
ニューイングランド・トレイルの空が僕との別れを惜しんでいる。なんて全く思えません。せっかくだから良い天気で送り出してくれ。というか、ゴール間近で余計なことするな!というのが、このときの本音でした。
トレイルを少し進むと、ハコッカポンセット州立森林公園に入りました。ハコッカポンセットという名前は、この地区に埋葬されている先住民の酋長にちなんで名付けられたそうです。ここは、コネチカット州で 2 番目に大きい州立森林公園です。
森林公園に隣接して、ティンバーランド保護区があります。ティンバーランド保護区の入り口には、「LEAVE NO TRACE」という案内板が立っていました。
この連載の初回でも紹介しましたが、この文言は「ハイカーがトレイルに残していいのは足跡だけ」という意味のトレイルの大原則。トレイルの各団体が提唱し、看板を設置したり、パンフレットなどに明記したりしています。

ティンバーランド保護区には、無数の短いトレイルが設けられています。もちろん、保護区なので狩猟やキャンプなどは禁止されています。

さらにトレイルを進んでいくと、イーストリバー保護区に入りました。こちらも気軽に自然に触れられるように整備・配慮されていますが、ティンバーランド保護区と同じくいくつもの細かいトレイルがあります。
トレイルがたくさんあるということは、分岐も数多くあり、ずっとキョロキョロしながら歩くというストレスフルな道のりです。とても心地よいエリアなのですが…。
しかも、ニューイングランド・トレイル名物(?)のアップダウンが相変わらず続いています。ゴールは海の近辺なので、標高から考えるとトレイルは下りになるはずです。でも、一向に下りになりません。
早く下ってほしいのに、少し下りと、また上り。行けども行けどもアップダウンです。何かニューイングランド・トレイルに嫌われるようなことでもしたのだろうか。…などと愚にもつかないことを考えたりボヤいたりしながら、どうにか足を前に進めます。そして、ほどなくして迷路のような自然保護区エリアを脱出したのでした。
|歩き始めて6日目
|残り2.5マイル(約4km)
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