
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第28回をお届けします。
[New England Trail Day 2-3]
歩いても歩いても水も宿泊場所もありません
トレイルを進んで山を降り、街に出ました。まだ夕方の早い時間だったので、宿に泊まれるかもと思って試しに検索しました。が、1泊200ドル超(3万円以上)で、そんな贅沢をする余裕はないので即却下です。
現在地から、ルート沿いに進むとコンビニがあり、進行方向と逆に0.7マイル(約1.1km)ほど歩くとスーパーマーケットがあります。水以外のものを買って荷物を増やしたくないし、もうあまり歩きたくない気分です。
ということで、コンビニに向かいましたが、Googleマップが示す場所には何もありません。どうやらコンビニは閉店してしまったようです。なんか、いろんなことがうまくいかない日です…。
遠ざかったスーパーマーケットに戻るのも面倒だし、どこかで水を汲めないだろうか…。そう思いながらウロチョロしていると、その街の最後の信号、そこから先は森が広がっている地点にたどり着きました。
ふと見ると、信号の近くに雑貨屋のような小さなお店があります。Googleマップにも特に情報はありませんが、ワラにもすがる思いで入店すると、水が売っていました。相場より高額でしたが、やっぱり背に腹は代えられません。迷わず1ガロン(約3.8リットル)の水を購入し、先に進みました。

ニューイングランド・トレイルをスタートして3日目。
ここに来る前のLAUREL HIGHLAND HIKING TRAIL(LHHトレイル)は沿線に私有地が多く、その辺で適当にテント泊を行うことが許される環境ではありませんでした。そのため、事前にキャンプ場を予約し、シェルターに泊まりました。
一方、ニューイングランド・トレイルの沿線は、私有地と公有地が混在しています。しかも、LHHトレイルは一定間隔でキャンプ場がありましたが、ニューイングランド・トレイルはそうではありません。ニューイングランド・トレイルのうち、マサチューセッツ州エリアは少ないながらもシェルターなどが点在していましたが、今回僕が歩いているコネチカット州エリアは約160㎞のトレイル上に3つほどしか宿泊施設がないようです。
そこで、事前にニューイングランド・トレイルのコミュニティで、宿泊場所について質問していました。でも、緊急避難的にこっそりテントを張るステルスキャンプを行うか、トレイルを迂回して街の高額な宿に泊まるかしか解決策がないようでした。
ニューイングランド・トレイルの地図には大まかに私有地エリアが記されていますが、あくまでもアバウトな情報で、実際に現地に足を運んでみるまで状況が分かりません。では、公有地ならどこでもOKかというと、そういうわけにもいきません。先述したように、トレイル沿線は私有地と公有地が混在しています。
そこで、ハイカーが適当にテントを張る→迷惑を被った私有地のオーナーからクレームが入る→トレイルのルートを変更・修正せざるを得なくなる、といった事案が実際に起きています。
つまり、1人のハイカーの軽率な行動によって、そのトレイルを利用する全員に迷惑をかけたり、トレイルという文化そのものをおとしめたりすることになりかねないのです。
公有地の平らな場所でステルスキャンプを行うにしても、本当にそこにテントを張っていいのか、慎重に考慮しなければなりません。テントを張って横になってからも、頭の片隅では「誰にも迷惑をかけていないかな」などと考えています。なので、なかなか気が休まらないのです。

給水ポイントが枯れている、気軽にテントが張れない、と悩みのタネには事欠かないニューイングランド・トレイル。しかも、トレイルはアップダウンの激しい道のりが続き、心も体もグッタリしていました。人工的な甘さで気分を上げたいと思っていたところ、タイミングよく小さな集落を通り、チェーン店ではないインディペンデント系スーパーマーケットを見つけました。
「Rogers Orchards – Shuttle Meadow Farm Store」というスーパーマーケットで、ネットで検索するとニューイングランド・トレイルのハイカーたちにも評判は上々。気軽に充電させてくれたりと、かなりハイカーフレンドリーなお店のようです。
無料で水がもらえるという情報もあり、何て素晴らしいお店なんだと思ったのですが、ここ最近の神さまは僕を甘やかしてくれません。まだ開店まで1時間以上あるらしく、人の気配がまったくなかったのです…。仕方なく、先に進むことにしました。

スーパーマーケットを後にしてしばらく行くと、リンゴ農園がしばらく続いていました。その農園エリアを過ぎると、また山があり、そして谷間の集落に入りました。私有地のすぐそばをトレイルが通っていて、ほんとにこの道で合っているのか、怒られたりしないかと不安にかられながら歩いていくと、何やら看板が出ていました。

ハイカーフレンドリーなお宅のようです。ゴミ箱やベンチがあり、ところどころにハイカーを歓迎するメッセージが記された看板も設置されています(トップ画像参照)。ハイカーに食料などを施してくれるトレイルエンジェルにこそ会えませんでしたが、人の優しさに触れて心が和みました。
が、やはり神さまは僕を甘やかしてくれません。今までは入門編、そろそろ本腰を入れていきます、といわんばかりに、ハード過ぎるアップダウンが始まりました。それでも、最初のうちは「後々記事にまとめるから」と撮影していましたが、最終的にはカメラを手にする余裕すらなくなりました。きつい。

トレイルはやがて、ラギドマウンテンメモリアル保護区というエリアに入りました。尾根の上を通過してはまた登りという嫌がらせのような道のりにウンザリしつつ、そろそろ水の心配をしないといけない状況が迫っていました。
午後3時ごろ、金属探知機で何やら探している怪しげなおじいさんに出会いました。何をしているのと聞く気力もないので、そのままスルーしようとしたら、おじいさんの方から話しかけてきました。
おじさんの話を適当に聞き流しながら、水がなくて困っているとグチりました。すると、おじさんはポケットからペットボトルを出して「まだ開けてないから安心して飲んで」と渡してくれたのです。
(ほんとは喉から手が出るほどほしいけど)こんな山の中で貴重な水をもらうことはできないと固辞したのですが、おじさんは平然と「車にも水があるから問題ない」といい、ペットボトルを渡してきましました。
どこに停めているか知らないけど、おじさんだって車までけっこう歩くんじゃないのか。ほんとに水を渡して問題ないのか。そんな疑問も浮かびましたが、度を超えて親切な人だと解釈し、おじさんの優しさを受け入れることにしました。水、めちゃめちゃありがたいので。
おじいさんと別れて2分ほど歩くと、過剰に親切にしてくれた理由が分かりました。おじさんは自分の命の危険を顧みずに水くれたのではなく、「キャッスル・クレイグ」の駐車場がすぐそばにあったのでした。
キャッスル・クレイグとは、コネチカット州メリデンにある展望塔です。ハンギング・ヒルズという丘の頂上にあり、キャッスル・クレイグそのものの高さは33フィート(約10m)、基礎部分は59フィート(18m)。
20世紀初頭、地元の実業家であるウォルター・ハバードがこの塔を寄贈したそうです。彼は慈善家としても知られ、周辺一帯を公園として開発するために土地も寄付しました。ハバードは、ニューヨークのセントラル・パークを設計したオルムステッドの息子とも協力して、自らも公園の設計に携わったといいます。そうした背景も関係しているのか、このキャッスル・クレイグを訪れる人は、観光客より地元の人が多いそうです。

キャッスル・クレイグの眼下には、広々とした貯水池がありました。このときの僕は、景色を楽しむ余裕などありません。あの池で水を汲めるじゃん。池のそばでテントを張れば、飲み水も宿泊場所も確保できて一石二鳥じゃん。そんな欲まみれな考えが脳内を占めていました。

が、どこまでも神さまは僕を甘やかしてくれません。池の畔にテントを張れるようなスペースがないし、そもそも貯水池の畔は立ち入り禁止でした。時計を見ると午後4時過ぎで、僕の先行きを暗示するかのように、みるみる日が傾いていきます。何も解決策を思いつけないまま、とりあえず足を前に進めました。

結局、水を手に入れられないまま、日が暮れてしまいました。仕方なく、民家からだいぶ離れ、人通りもほとんどないトレイル沿いの林の中にテントを張りました。一度、すぐ近くに人の気配を感じてドキッとしましたが、特にアクシデントなどはなく、そのまま一夜を過ごしました。
振り返ると、この日は早朝から日暮れ寸前まで歩き続けたのにも関わらず、進んだ距離はわずか14マイル(約22km)。今日で、トレイルを歩き始めて30日です。トレイルに適した筋力や肺活量を備えたハイカーボディにしっかり仕上がっている自覚があるし、10時間以上も歩き続けているのに、たった14マイルとは…。
それだけアップダウンが激しいということですが、さすがに嫌気がさします。水や宿泊場所など不安のタネはつきないし、ちょっとプラスなことがあっても結局は踏んだり蹴ったり転んだりで気力が削られてばかりです。
しかし、こんな生活も明日でいったんリセットです。明日は、5マイル(約8km)ほど歩くと街に着きます。その街には、事前に予約しているホテルがあるのです。水もテントを張る場所も心配する必要がありません。それどころか、ひさびさにベッドで寝ることができるのです。明日への期待に胸をたっぷりふくらませ、その夜はテントの中で眠りについたのでした。
|歩き始めて3日目
|残り53マイル(約84.8km)
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※vol.26〜28で紹介したトレイルの様子は、下記の動画でもご覧いただけます。