
例年であれば、一面に雪が積もっていてもおかしくないのですが、この年、スピティでの降雪はかなり遅れていて、現地の人々の間でも話題になっていました。降水量が少ないこの土地で、雪解け水は、人間にも動物にも欠かせません。近年の地球温暖化は、スピティにも深刻な影響を与えているようです。
【雪豹に会いに、インド・スピティへ 第4回】
ラルン村に残る貴重な仏教美術

ラルンには、ラルン・セルカンと呼ばれる仏教の古いお堂があります。天井や梁がバター灯明の煙で煤けている堂内には、ナンパ・ナンツァ(毘盧舎那如来)ををはじめとする如来や菩薩などの塑像が、下から上まで、ぎっしりと埋め尽くすような形で祀られています。

ラルン・セルカンの創建の由来は、はっきりとはわかっていません。かつてこの地には、もっと大きな規模のゴンパ(僧院)があったと言い伝えられていて、村の中には、その建物の遺構と思われる痕跡が残っています。ラルン・セルカンは、その僧院にあったお堂の中で、唯一保存されて残ったものではないか、とも言われています。
同じくスピティに残るタボ・ゴンパという僧院には、996年に創建されたという碑文が残されていて、その堂内には、ラルン・セルカンと非常によく似た様式の塑像が祀られています。似た様式の仏像や壁画は、ラダックのアルチ・チョスコル・ゴンパ、スムダ・チュン・ゴンパ、マンギュ・ゴンパのほか、西チベットのトリン・ゴンパなどにも見られ、それぞれ10世紀から11世紀にかけて創建されたと考えられています。ラルン・セルカンも、それらと同じ時期に作られたお堂なのかもしれません。
ラルン村の人々の冬の暮らし

カメラを手に村の中をぶらついていると、開けた場所に、村の若者たちが集まっていました。男の子たちは隅の方でおしゃべりしながらだべっていて、女の子たちは、なんと……カバディに熱中していました。インドの叙事詩『マハーバーラタ』にルーツがあるとも言われる、グループで競う鬼ごっこのようなスポーツです。かなり激しくやりあっていて、「カバディ、カバディ、……カバディッ! きゃーっ!」と叫びながらとっくみあい、地面に転がり、全身白い土まみれになっていました。

カバディでとっくみあう女の子たちを、ずらりと並んでしゃがみながら見物している、村のおばちゃんたち。かつてはおばちゃんたちも、あんな風にカバディをしていたのでしょうか。

村の家々の間の路地を歩いていると、ひなたぼっこ中のおじさんたちに呼び止められました。英語はほとんどわからないようでしたが、スピティ語で矢継ぎ早にしてくる質問の意味は何となくわかったので、ラダック語で「日本から来ました。今は村の写真を撮っています。ラルンはとても美しい村ですね!」と言うと、通じたらしく、おお、そうかそうか、と顔をほころばせていました。

とりあえず俺たちの写真を撮れ、と、おじさんたちに身振りを交えて言われたので、撮らせてもらうことにしました。どうということのないやりとりだったのですが、何だか胸の裡が温かくなりました。