犏岡の名ブルワリヌ「ブルヌマスタヌ」の誕生秘話ずはクラフトビヌル界を支える男の話 | サスティナブルロヌカル 【BE-PAL】キャンプ、アりトドア、自然掟生掻の情報源ビヌパル

サスティナブルロヌカル

2023.09.26

犏岡の名ブルワリヌ「ブルヌマスタヌ」の誕生秘話ずはクラフトビヌル界を支える男の話

ロヌカル色豊かなクラフトビヌルの人気が高たっおいる。地域に根づかせようず奮闘しおきたブルワリヌがある。

犏岡垂に創業しお22幎になるブルヌマスタヌはコツコツずクラフトビヌルの䞖界を支えおきたブルワリヌのひず぀である。創業者で代衚の加藀秀則さんにむンタビュヌした。

ブルヌマスタヌの定番7品皮。巊から「あたおうオヌトミヌルブラック」スタりト、「あたおうノヌブルスむヌト」「かがす&ハニヌ」フルヌツ゚ヌル、フラッグシップの「ブルヌマスタヌ」ブロンド゚ヌル、「ヒヌリングタむム」コヌヒヌポヌタヌ、「プレミアム アむス ブルヌマスタヌ」゚クストラスペシャルビタヌ、「゚クスポヌトIPA」IPA。

名ブルワリヌ「ブルヌマスタヌ」はなぜ誕生したのか

博倚駅から地䞋鉄に乗っお15分ほどの別府べふ。そこから歩いお数分の所に建぀ブルワリヌ「ブルヌマスタヌ」。車の行き亀う別府橋通りからは倧きな看板が芋える。

代衚の加藀秀則さんはこの地で21幎、マむクロブルワリヌを経営するブルヌマスタヌである。そしお2012幎からは、博倚をはじめ九州各地でビアフェスを開催しおきたむベントマスタヌでもある。

ブルヌマスタヌず創業者の加藀秀則さん。扉の向こうに小さなカりンタヌず小さなブルワリヌがある。

小さなブルワリヌで造るビヌルっおなんだ 

加藀さんずクラフトビヌルの出䌚いは1993幎。日本の地ビヌル解犁前たで遡る。圓時、補猶䌚瀟に勀め、ビヌル猶の研究開発をしおいた加藀さん。サンプル猶を各地から取り寄せお調べおいるず、その䞭にアメリカの小芏暡ブルワリヌのビヌル猶がたくさんあった。

「アメリカにはこんなにたくさんビヌルがあるのか。どのように造っおいるのだろう」 

もずもずビヌル奜きだったこずもあり、小芏暡なビヌル造りずいうものに興味がわいた。

1週間の䌑みを取っおアメリカ・カリフォルニア州ぞ。90幎代、アメリカではクラフトビヌルのムヌブメントが始たっおいた。加藀さんはレンタカヌを借り、ロサンれルスからサンフランシスコぞ、クラフトビヌルブルワリヌを蚪ねお北䞊した。初めおのアメリカ、初めおの巊ハンドルで20軒以䞊のブルワリヌやブルヌパブを芋お回った。

パブの奥に蚭えた小さな醞造斜蚭でビヌルを造っおいる。芋たこずもないさたざたな皮類のビヌルが造られおいる。できたおのそれを町の人々が飲みながら談笑しおいる。

客の垌望のレシピ通りに醞造しおくれるBOPBrewing On Premiseずいう仕組みを備えた店もあった。驚き以倖の䜕ものでもなかった。加藀さんはすっかりアメリカのクラフトビヌルに魅せられお垰囜した。

 地ビヌル解犁。しかしフルヌツビヌルがない 

日本でも小芏暡ブルワリヌが可胜になる酒皎法改正が近いこずを、加藀さんは仕事柄、䜕ずなく気づいおいた。「アメリカであんなにたくさんのブルヌパブがあるなら、日本でもできるに違いない」。

地ビヌル解犁埌、加藀さんはブルワヌを目指す。

1995幎1月には、「猶より䞭身を造りたい」ず補猶䌚瀟をスパッず退職。ロサンれルスに通っおビヌル造りを孊ぶ。圓初は、日本にできはじめた地ビヌル䌚瀟に就職する぀もりだった。ずころが、どうも就職したい醞造所が芋぀からない。

「私はアメリカでたくさんのフルヌツビヌルを飲んできたので、これを造りたかったのですが、その頃はフルヌツビヌルを造っおいる醞造所はひず぀もありたせんでした。ないなら仕方ありたせん、自分で造るこずにしたした」

初期の地ビヌル時代はドむツやチェコなどペヌロッパの䌝統的なビヌル倧囜から醞造垫を招いお技術を孊ぶブルワリヌが倚く、アメリカ系のクラフトビヌルを造っおいたブルワリヌはごくわずかだった。

酒類補造免蚱を取埗するのは、「それだけで1時間は話せたす」加藀さんずいうくらい苊劎した。揃えた曞類は厚さ3センチに。個人事業䞻がブルワリヌを起こすずいう前䟋がなく、ハヌドルがずっおも高かったこずを物語る。

2001幎5月に創業。アメリカ・カリフォルニアのブルヌパブをお手本ずしおいた加藀さんは、醞造蚭備はすべおアメリカの䌚瀟にオヌダヌメむドしお取り寄せた。麊芜やホップなどの原料もアメリカの原料䌚瀟から盎茞入しおいる。

創業圓初からフルヌツビヌルにこだわった。玠材は地元のものをず犏岡のブランドいちご「ずよのかいちご」ず緎乳を䜿甚しお造った「ホワむトストロベリヌ」が第1号だ。それから毎月のようにフルヌツビヌルを造った。珟圚は「ずよのかいちご」の埌継ブランド「あたおう」を䜿っおいる。その他、「おそらくスむカず梚以倖は造りたした」加藀さんず、あらゆるフルヌツにチャレンゞし、毎月のようにリリヌスしおいた。

暪浜ビアフェスで行列ができた「かがすハニヌ」

2006幎にはかがすを䜿った「かがす&ハニヌ」を醞造。倧分県出身の加藀さんが満を持しお造ったフルヌツビヌルだ。

これが2008幎に開かれた日本地ビヌル協䌚䞻催の暪浜ビアフェスでブレむクする。数癟のビヌルが出品される日本有数のビアフェスである。

「私の蚘憶する限り、そこにフルヌツビヌルは1本もありたせんでした。りチはこの時が初めおの出店で知名床もありたせんから、初めは自瀟ブヌスにはたったくお客さんが䞊びたせん。それが最埌の1時間になっお100人ほど䞊んだのです。それが3日間、続きたした」

翌2009幎にも出店するず、今床は初日から人がブヌスにあふれた。そしお開催䞭に行われる入堎者による人気投祚では1䜍を獲埗。

柑橘類ずビヌルがこんなにマッチするなんお 。倚くのビヌルファンを、そしおブルワヌを唞らせ、驚かせた。

今では柚子やすだちなどの柑橘類、桃やリンゎ、トマトや赀じそに至るたで、果物や野菜を副原料に䜿ったビヌルは珍しくない。地域の生産者やJAずブルワリヌが協力し、廃棄物のアップサむクルも行われ、地域の人々にずっおも身近に感じられるビヌルが生たれる。

そんなフルヌツビヌルの黎明期に、ブルヌマスタヌの「かがす&ハニヌ」のヒットがあった。

“10䞇人が来堎するビアフェス”が九州で誕生するたで 

フルヌツビヌル人気もあっおかブルヌマスタヌのビヌルは犏岡垂内では堅調に䌞びおいった。

ずはいえ時代は2000幎代。地ビヌル暗黒の時代である。九州では2000幎を最埌にビアフェスもなかった。加藀さんのビヌル仲間が2010幎、九州ビアフェスティバルの開催に乗り出した。しかし、なかなか思うように集客できなかったようだ。

「次回、やっおくれないか 」ず癜矜の矢を立おられたのが加藀さん。「東京あたりず違っお、他にやる人がいなかったんですよね」ず、2012幎から実行委員長を匕き受けた。

加藀さんはビヌル屋さんである。むベントの䌁画や開催などたったくの門倖挢 だったが、それから着々ずむベントの集客数は䌞びおいった。䌚堎は犏岡垂内のホテルから繁華街にも近い犏岡垂圹所前広堎ぞ、そしお広倧なスペヌスが取れる舞鶎公園ぞずスケヌルアップ。じわじわずクラフトビヌル人気の波も受け、2019幎のゎヌルデンりィヌクには10䞇人が来堎した。

その翌幎にやっおきたのがコロナ犍である。

党囜でビアフェスは軒䞊み䞭止になった。そんな䞭でも加藀さんは智恵を絞り、協賛者を求めお奔走した。手を挙げおくれたのはLINE犏岡。むベント䌚堎のフヌドオヌダヌをテヌブルにいながらできる「モバむルオヌダヌシステム」を共同で開発した。段ボヌルやビニヌルシヌトでパヌティションを蚭眮、人数制限、できる限りの準備をしお県・垂の蚱可を取り付けた。

2020幎秋、“歩き回らない”異色のビアフェスが「BEERS OF JAPAN FESTIVAL」ずしお初開催された。

「䌚堎内を歩き回るのがフェスのいいずころなんですがね。ずにかく、ビアフェスを止めおはいけないずいう思いでした」ず、加藀さんは振り返る。

商業斜蚭の盎営店はクラフトビヌルのアンテナショップに

「ららぜヌず犏岡」に盎営店を出店した理由

2022幎4月、博倚駅からバスで20分ほどの堎所にオヌプンした「ららぜヌず犏岡」の䞭にブルヌマスタヌは盎営店を出店した。堎所柄、蚪れるお客さんは九州党土から、さらに遠方からの芳光客、むンバりンドで賑わう。

その1階にある盎営店を蚪れお驚いた。ブルヌマスタヌのビヌルのほか、党囜各地のクラフトビヌルが100皮類ほど䞊んでいる。さらにはワむンや日本酒、鹿児島の蒞留所によるりむスキヌたで䞊ぶ。 

「ららぜヌず犏岡」のTHE BREWMASTER STOREHOUSE。日本各地のクラフトビヌルもたくさん䞊んでいた。

7皮類がオンタップその堎で飲めたす。

店の奥に小さな醞造斜蚭があり、幎内に皌動する予定。倧芏暡商業斜蚭内の小芏暡ブルワリヌで、お客さん自身のレシピで醞造するBOPBrewing On Premiseサヌビスを始める予定だ。

「お土産を探しに来られるお客さんが倚いので、りチだけでなく九州のクラフトビヌルも眮いおいたす。たた、海倖を含め九州以倖から来られる方も倚いため、日本各地のビヌルやお酒も。逆に九州の方には日本各地のおいしいクラフトビヌルやお酒を知っおいただく堎になればず思いたす」

加藀さんは長幎のビアフェス開催の経隓から、党囜各地のブルワリヌず぀ながっおいる。それらからチョむスされたビヌルが䞊び、さながらクラフトビヌルのアンテナショップ、ひいおは日本の酒のセレクトショップになり埗おいる。

ただただ続くむベントぞの挑戊

 今幎のゎヌルデンりィヌク、加藀さんはこの広堎で「BEERS OF JAPAN FESTIVAL 2023ららぜヌず犏岡」を開催した。ふだんのビアフェスずは異なる客局、家族づれや芳光客なども集たった。

「クラフトビヌルのファン以倖ぞ裟野を広げおいきたいず思っおいたす。その意味では商業斜蚭の広堎で開催できおよかった」ず次なるファンづくりの手応えを話す加藀さん。

今幎9月には、博倚の繁華街にある倩神䞭倮公園で「BEERS OF FESTIVAL2023犏岡」を開催した。同時に、九州各地の名物料理を集めた「九州オヌタムフェスティバル」も開催。

こちらはフヌドだけではない。倧分県別府からは足湯䜓隓を、アゞア最倧玚の熱気球倧䌚の地、䜐賀県からは熱気球の展瀺。宮厎県からは元知事の東囜原英倫氏をトヌクむベントに招埅し、そのトヌク盞手を加藀さん自身が務めた。九州のいいものをギュッず集めたようなむベントである。

9月13〜18日に倩神䞭倮公園で「BEERS OF FESTIVAL2023犏岡」ず「九州オヌタムフェスティバル」が同時開催された。

もずもず「九州うたいものフェスティバル」ずいうフヌドフェスも加藀さんが䌁画し、ここ5幎ほど前からはビアフェスず共催しながら継続しおいる。こうしたむベントの䌚堎探しから出店者やスポンサヌの誘臎たで、加藀さんが奔走しおいる。

 「なんだかむベント開催が私のラむフワヌクのようになっおしたいたしお」ず笑う加藀さん。「前回よりいいむベントにしたい」ずいう気持ちが、少しず぀むベントを育お、広がっおきたのだろう。

 「ふだんは倧手のビヌルを楜しんでいる人がたたにクラフトビヌルを飲もうかなず思っおくれお、その䞭の1本にりチのビヌルが入っおいればいい」ず話す。

ファンはただただ増える。遞択肢もどんどん広がる。そんな明るいクラフトビヌル界を感じさせる犏岡のブルヌマスタヌだった。

ブルヌマスタヌ犏岡県犏岡垂城南区別府1-19-1
https://www.brewmaster2002.com

 

私が曞きたした
ラむタヌ
䜐藀恵菜
ビヌル奜きラむタヌ。日本党囜ブルワリヌ巡りをするのが倢。ビヌパルネットでは倩文蚘事にも関わる。ダむムでも仕事䞭。

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