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日本産チョウ類の絶滅第一号

東京から南におよそ1000km離れた小笠原諸島に棲む固有のチョウ、オガサワラシジミは、2024年の時点で人間の手によって屋内で飼育されていた個体群が消滅、野外でも生存が確認されておらず、日本産のチョウとして最初の「絶滅」がほぼ認定されています。
でも、本当に絶滅してしまったのでしょうか? その原因は? もしまだ生きながらえていたならば、私たちはどう対処すればいいのでしょうか? 捕獲して、人為的に保護繁殖し、再び現地に放つ……。そんなことはしてほしくありません。今私たちがなすべきことは、大衆受けする目先の方策ではなく、俯瞰的な見地からの地道な見守りでしょう。そのためには、オガサワラシジミとは何者なのか?これまでどのようにして存在し、今に至っているのか? そのアイデンティティを今一度探ることから始めたいと思います。
大発生から一気に消滅へ

僕が小笠原(父島)に初めて渡ったのは、1975年の夏、島が日本に返還されて数年後のことです。目的はオガサワラシジミとオガサワラセセリの撮影と調査。ともに小笠原の固有種で大変な珍種ということでしたから、出会うのは至難の業かも、と覚悟していました。オガサワラセセリは確かに希少種で、見つけるのに苦労しましたが、オガサワラシジミのほうは拍子抜けするほど、島中に群れ飛んでいたのです。町の中心部にも見られるなど、異常と思えるほどの大発生、その状況は1979年まで続きました。

ところが、数年置いて1983年に訪れた時には、まるで神隠しにあったかのごとく見かけない。どうやら80年代半ばには、父島から姿を消してしまったようなのです。
これはグリーン・アノール(イグアナによく似たトカゲの一種)による捕食が原因とされています。実は、それまでよくわかっていなかった小笠原におけるグリーン・アノールの実態を最初にチェックしたのは僕で、友人の爬虫類研究家、千石正一君から「グアム島経由で新大陸から移入、発生しているらしいので、その実態を調べてきてほしい」と依頼されたのです。

グリーン・アノールがその年に見られたのは父島中心部の港の周辺だけ。翌年は中心部から離れた西南海岸にも表れ、その次の年には山上部でも見られるようになりました。80年代に入って島中にはびこり、入れ替わるようにオガサワラシジミが一斉に姿を消してしまいます。アノールのエサは昆虫なので辻褄はあいます。そして80年代半ばには母島にも姿を現します。
オガサワラシジミは、母島では父島のような大発生は確認していません。ほそぼそと棲息してはいましたが、この島でも90年代に入ってほとんど姿を見かけなくなってしまいました。そして2022年以降、確認されていません。
同じころ、東京都区内で屋内飼育をしていた個体群が全滅、それに伴って、種そのものが絶滅してしまった可能性が一気に高まったのです。その懸念が事実なら、日本の近代史上、絶滅蝶類の第一号となります。
父島でも母島でも、絶滅に至る要因は、グリーン・アノールによる捕食、とされています。本当にそうなのでしょうか? 確かにアノールの捕食圧は関与していることでしょう。でも、それがすべてではない、と僕は思うのです。
グリーン・アノールは真犯人なのか?
捕食圧が要因ならば、トカゲの進出とシジミの亡滅は、もっと紆余曲折の末、いくらかの年月をかけて結果が示されても良いのではないでしょうか? それがあまりにも見事にぴったりと重なっているので、かえって違和感を覚えるのです。
オガサワラシジミの幼虫は食草のつぼみに見事に溶け込んでいます。見つけるのは至難の業(人間とトカゲでは感知の仕方が異なるのかも知れませんが)。観察をしていると、アノールはエサを食べているときは植物上にいても、普段は地上にいて草の根元や枯れ葉や土くれの中に身を潜めていることが多いのです。そして意外なほどの猛スピードで移動します。そんな新手の外敵に、ほんの2~3年で全滅してしまうことには、疑問を呈さずにはいられません。

アノールが狙うのは、親チョウの飛翔時、という見解もあります。でもあちこち飛び回っている蝶が、わずかな期間で食べつくされてしまう、ということには、やはり納得がいきません。
僕がしばしば目撃したアノールの捕食対象はオガサワラゼミでした。でもセミはなぜか後年まで健在でした。
オガサワラシジミと時を同じくして激減したのが固有のトンボ類(ハナダカトンボ、シマアカネ、オガサワラトンボ等)。もし、アノール主犯説をとれば、幼虫が水棲で、成虫が敏速に飛翔する各種トンボに、アノールの捕食圧がどれほどの影響を及ぼすのでしょうか?


ちなみに、固有トンボ各種の衰退と入れ替わるように、急激に増えたのが“コスモポリタン蜻蛉”といって良い(小笠原航路のフェリー甲板にも現れる)ウスバキトンボです。同じく、80年代以降、島中を覆うように勢力を広げた帰化植物がタチアワユキセンダングサです。それらの繁栄とオガサワラシジミの衰退は時を同じくしているわけですが背景は共通するとしても、当然直接の因果関係はないわけです。
80年代以降、グリーン・アノールの捕食圧でもって、オガサワラシジミのみならず、他のチョウ類(移動性の強いウラナミシジミやウスイロコノマチョウなども含む)も姿を消してしまった、という報告もあります。ならば、以前からグリーン・アノールの棲息するグアムなど、小笠原以外の島々や原産地の北米でも、チョウたちは捕食圧でいなくなってしまっているのでしょうか?

私たちがなすべきこと
それら諸々のことを含め、天敵アノールの駆除、食草オオバシマムラサキの植樹、といった安易な方針に基づいて、固有種復活を目指す、という方向性は、見当違いなのではないだろうか、と僕は思っています。
オガサワラシジミに関しては、むしろ、道路改修などによる、無作為な形でのオオバシマムラサキの繁茂とそれに伴うオガサワラシジミの大量発生が、衰退の引き金になっているかも知れないのです。

そもそも、オガサワラシジミの本来の主食草は、オオバシマムラサキではありません。別の同属固有種シマムラサキです。天然の自然が保たれた環境に生育するこの植物に依存しているであろうことは、たまたま隣接して2つの種が生えている場合、シマムラサキに好んで産卵することからも明らかです。
近縁種のルリシジミの食性に関する性格を考えると、判明しているムラサキシキブ属(シソ科)やコブガシ類(クス科)のほかにも、未知の植物が食草として加わっている可能性もあります。また、一年間に数世代の発生を繰り返すことから、季節による食草に違いがあるかも知れません。
オガサワラシジミの健在を信じて

では何がオガサワラシジミを現在の状況(絶滅?)へと追い立てたのでしょうか? それは、複合的、かつデリケートなバランスの崩壊です。継続する目に見えた安定が安定をもたらすのではなく、常に不安定な状態の絶妙のバランスの継続が、離島の固有生物の成立条件と僕は考えています。
日本返還後、アノールの流入など、様々な環境変化が島にもたらされ、それらの一つ一つがボディブローのように作用、飽和点に達したところで微妙なバランスが崩れ、一気に亡滅へと向かう。
なによりも、日本返還後間もない時期、父島の改修道路の路傍などに群生するオオバシマムラサキに、チョウが群がるようにして発生していたこと自体が異常なのです。絶滅の懸念は、その反動でもあります。
オガサワラシジミの復活?にむけ、島外飼育で個体群の補給を行なうなどは、もってのほか。基本、自然の力に委ねなければなりません。総合的、俯瞰的に、自然の底力を信じて。
僕は、オガサワラシジミの健在を信じています。詳細は略しますが、その根拠の一つは、父島で見た種の亡滅に繋がりかねない不自然な大発生とは異なり、母島ではもとより「大発生」には至っていない、ということに希望を感じるのです。むしろ絶滅寸前の稀産状況の継続こそが、離島の希少種が生き延び得る、健全な状態ではないか、と思っているのです。





