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グレートジャーニー 最新章〈旧石器時代へ、時を辿る旅〉
06 ドングリとシカ肉

奥多摩の"わが家"に10日間泊まる。真冬の寒さより厳しかったのは、ドングリと水のみの食事だった。
奥多摩のわが家では、マテバシイのドングリを主食にした。
ドングリは、じつはナッツ類と同じようにスーパーフードだ。縄文時代には重要な食糧だった。当時の遺跡からは、貝類と大量のドングリが発掘されている。マテバシイのドングリでは、68%が炭水化物、18%が脂肪、6%がタンパク質で、アミノ酸やビタミンAやCを含む。含有するアコニック酸には、体内に蓄積された重金属などの有害物質の浄化、排出を促すデトックス効果がある。
ドングリは、クマやイノシシなど森の動物たちの重要な食糧でもある。ドングリを食べていると、ほかの動物と森の恵みを分かち合っている気分になれる。採集したドングリは、バケツの水に浸ける。浮いてくるドングリには虫がいたり、カビが生えているので取り除くのだが、なんと3分の1近くが浮いてきた。正常な3分の2の一部を私はいつもポケットに入れておき、食べたくなったら平らな石の上に置き、別の石で叩き割って殻を除いて食べた。
ドングリはスーパーフードではあるが、難点がある。ドングリばかり食べていると、胸につかえる感じがして腹いっぱい食べられないのだ。変化をつけるとしても、焼いて食べるのがせいぜいだ。一年で最も寒い大寒前後なので、気温は氷点下7~8度Cまで下がり寒い。十分食べて動いていれば、そのくらいの気温は我慢できるが、毎日ドングリと水だけで、力が出なくなってきた。6日目にとうとう諦めて、ルール違反だが罠猟師にシカを1頭譲ってもらった。
解体は自分でやる。私にはアマゾンでバク、イノシシ、サル、シカ、カピバラ、ワニなどの解体の経験がある。しかし今回は旧石器時代の旅なので、鉄製のナイフは使えない。使ったのは黒曜石のナイフだ。まずは皮を剥がす。下腹部から腹に割(切れ込み)を入れると、内臓が飛び出してくる。そのまま顎の下まで割を入れた。皮は少し厚く、力を入れないと切れない。それから内臓を取り出した。罠猟師が屠ったばかりなので、まだ生温かい。食道や気管の上部を切り、心臓、肺、胃、腹の大部分を占める腸を取り出した。その後、両足にも割を入れると、後は指先で皮を剝いでいけた。わりと簡単にペロっと剝がれた。皮以外は黒曜石の切れ味はたいしたものだ。
関節の位置さえわかっていれば、四肢と頭、胴体に切り分けるのは簡単だ。こうして解体したシカ肉をどのように食べるか。生でも食べることはできるが、調理したほうが安全だ。ところが、旧石器時代は土器がないので煮たり炒めたりはできない。そこで、アマゾンでしていたように、20~24時間燻すことにした。アマゾンでは、大型哺乳類が獲れると、内臓は煮て、肉は燻す。今回は土器が使えないので、内臓含めてすべて24時間かけて燻すことにした。燻すためには、まず径6~8㎝、長さ80~120㎝の雑木の丸太を石器で伐り出し、櫓を組み、丸焼き台を作らなければならない。周囲はスギだらけなので、シラカシ、コナラ、エゴノキなどの雑木は希少だ。探して地主の許可をもらわなければならない。雑木は何故か急斜面に多く、無理な姿勢で打製石器で伐り出し、長さを調えた。
燻して食べるのには、メリットもデメリットもある。煮ると肉の旨み分が汁に出るが、魚でも、獣肉のスープでも、塩がないととても味気ない。しかし燻すと燻製臭が醸し出され、旨みも残る。塩なしでも十分食べられるというメリットがあるのだ。デメリットは時間がかかることだ。弱火でじっくり燻すのだが、火の番をしなければならない。あまり弱いと十分に燻せず、生焼けになってしまう。逆に火が強すぎると、焦げてしまい、硬くなってしまう。私は24時間寝ずにひとりで完徹して火の番をした。もともと幼いころから火を見ているのが大好きだった。雲や川の流れと同じで、炎が常に変化していて、色々な顔を見せてくれる。しかし、今回は一睡もせずに氷点下8度Cの寒さに耐えなければならない。薪をたくさん火の中にぶち込んで暖を取りたいが、肉が焦げないように弱火をキープしなければならない。
台の真ん中に置いた肉塊はよく焼けるが、端はあまり焼けない。そのため焼け具合を見ながら位置を変えたり、ひっくり返したりする。そのかたわら、表面が平らな石を焚き火の端に置いて、石の上にドングリを並べた。また、水筒に使っていた竹筒に水を入れて、焚き火のすぐ横に立てた。これで70~80度Cの白湯はできる。焼いたドングリの殻を割って何個か口に放り込み、噛み砕いた後、白湯で胃に流し込んだ。エネルギー源を腹に流し込んだ後、スクワットやシットアップで筋肉を使い、森の中を走った。一時的に体は暖まるが、じっとしているとすぐにまた凍えてしまう。結局、震えながら朝を待った。
わが家は周囲を山で囲まれているので、太陽が顔を出すのは空が白み始めてだいぶ経ってからだ。そのころには肉はだいぶ焼けていた。太陽の高さが焼き始めと同じところにくれば、24時間経ったサインだ。焼き具合を見てみたが、よく焼けていた。むしろ焼きすぎて硬くなってしまったかもしれない。味見をしてみた。やはり少し火が強すぎたようで、やや硬かった。かろうじて合格だ。ドングリだけだと途中で胸につかえてたくさん食べられないが、肉と一緒だと結構食べられた。シカを手に入れたことで、俄然食事状況は良くなった。
アマゾンの先住民は木の実や、小魚、昆虫などを採集してくると、葉に包んで焚き火の端に置く。葉の香りのする蒸し焼きができる。これをひとりで黙々と食べる。個食だ。一方、バクやシカを獲ってきたときは女たちが出迎え、男たちはトライしたラガーマンのように喜びを押しこらえて戻ってきて、料理の準備をする。内臓は女たちが分けて各家に持ち帰って煮る。肉は男たちが薪を集めて、私がしたように丸太で櫓を組み、その上に載せて焼く。そして、男と女が別々に車座になって肉を頰張る。肉の中でも人気の部位があり、それが当たると夫婦で、あるいは恋人同士、親子などで贈り合う。とても賑やかな饗宴になる。大型動物は滅多に手に入らない。カロリーベースで見ると、時間をかければ誰でも確実に採れる採集物のほうが割合が高いが、肉はお腹だけでなく、胸までいっぱいになるという。女たちは、採集のほかに料理、育児、水運び、薪運びなど重労働をこなしている。
一方、男たちがするのは狩り、魚取りとその準備ぐらいだ。それでも女たちに一目置かれているのは、腹だけでなく胸までいっぱいになる肉や魚を獲得してくるからだ。
私の場合も水とドングリだけの食事にシカ肉が加わって、気分まで変わってきた。しかし、そのシカは自分で獲ったものではない。いつかは狩猟免許を取り、自分で獲って屠って食べたいと思う。

関野吉晴 (せきの・よしはる)

1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、南米最南端からアフリカまで人類の足跡を遡行する「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人々のルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。
関野吉晴の50年前のデビュー作が復刊文庫化! 『ぐうたら原始行』(ヒロミブックス)大好評発売中!!
※構成/鍋田吉郎 撮影/筆者
(BE-PAL 2026年7月号より)




