持続可能な未来への鍵を握る最先端のラボ、限界〝突破〟集落をゆく | ナチュラルライフ 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.06.27

持続可能な未来への鍵を握る最先端のラボ、限界〝突破〟集落をゆく

持続可能な未来への鍵を握る最先端のラボ、限界〝突破〟集落をゆく
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黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙 第8回 四国版〝なめとこ山の熊〟

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宮沢賢治が描く猟師とクマ

「なめとこ山の熊のことならおもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢川はなめとこ山から出て来る。なめとこ山は一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしている」
 
そんな一節から始まる『なめとこ山の熊』。宮沢賢治による童話だ。主人公の淵沢小十郎は、百姓や木こりなどの仕事がしたかったものの、仕方なく猟師をやっている。生活のためにクマを獲ったとしても、命を奪うことに喜びはない。母グマと子グマの愛情溢れる会話を立ち聞きすると、気付かれないようにそっと立ち去ったり、「少しし残した仕事もあるし、ただ二年だけ待ってくれ」と命乞いをするクマの願いを聞き入れたりもする。
 
クマのほうも小十郎の心持ちをわかってか、自分たちの命を脅かされながらも彼を嫌ってはいない。

「なめとこ山あたりの熊は小十郎をすきなのだ。その証拠には熊どもは小十郎がぼちゃぼちゃ谷をこいだり谷の岸の細い平らないっぱいにあざみなどの生えているとこを通るときはだまって高いとこから見送っているのだ。木の上から両手で枝にとりついたり崖の上で膝をかかえて座ったりしておもしろそうに小十郎を見送っているのだ」
 
最後は小十郎はクマにやられ、「熊ども、ゆるせよ」と心の中でつぶやきながら息を引き取る。微笑むような表情の小十郎の周りでたくさんのクマがひれ伏し、物語は幕を下ろす。
 
命を奪うこともあれば、奪われることもあるフェアネス。自分が殺される側となっても、相手の事情や気持ちに思いを馳せる優しさ。今際のときに怒りや憎しみを燃やすのではなく、静かに宿命を受け入れる諦観の美しさ。僕はこの物語がたまらなく好きで、幾度も読み返していた。
 
淵沢小十郎は僕の永遠の憧れだ。ハンターたる者、獲物を最も尊敬し、愛する者でなくてはならないと僕は常々いってきたし、自分がそうである多少の自負もある。しかし小十郎は次元が違う。小十郎自身が獲物に尊敬され、愛されているのだ。だからこそ、自分がこの世を去る番がきたときには、クマたちに見送ってもらうことができたのだ。猟師冥利に尽きる生きざま。ハンターが目指すべき究極の理想像が、ここにある。
 
そして驚くべきは、自分で狩猟をしていたわけでもない宮沢賢治が、ここまで深い猟師と獲物の関係性を描くことができた点だ。賢治の想像力と洞察力、そしてそれらを培った人間性には感服するばかりである。
 
さて、この物語の舞台である「なめとこ山」だが、現代の地図には記載がない。明治時代の岩手県の地誌にその名前が見られるとわかったのは1990年代で、それまでは長らく架空の山だと考えられてきたそうだ。
 
前置きが長くなってしまった。ということで僕のもとにある日、なめとこ山から便りが届いたときには、随分と不思議な気持ちになったものだ。

四国のクマは絶滅寸前

愛媛県・松野町にある、滑床渓谷。足摺宇和海国立公園に指定されている豊かな自然林にイノシシやシカが暮らし、四万十川に流れ込む透明度抜群の目黒川が流れている。その目黒川を見下ろすようにそびえる標高1226メートルの山「三本杭」は、別名「なめとこ山」と呼ばれる。
 
流域に広がる目黒集落の人口は250人ほど。65歳以上の住民の割合を示す高齢化率が60パーセントにもなる、いわゆる限界集落である。僕に連絡をくれたのは、そこに建つホテルの従業員の若者だった。出版されたばかりの僕の本、『獲る 食べる 生きる』を読んで感動し、是非ホテルのスタッフと意見交換をするために滑床渓谷に来てほしいというのだ。

『なめとこ山の熊』を耽読してきた僕が、四国のなめとこ山に呼ばれる。なんたるご縁。そして折しも、僕はそのエリアのクマがとても気になっていたところだった。

 
四国に生息するツキノワグマは、極めて危機的な状況に陥っている。元々は四国全域に生息していたツキノワグマだが、開発により生息環境が悪化したり、害獣として駆除され続けたりした結果、高知と徳島の県境に細々と暮らすだけになってしまった。最新の調査では、生息数はたったの16〜24頭で2036年の絶滅確率は62パーセント。日本の哺乳類の中でも、最も絶滅が心配される個体群のひとつだ。
 
全国的にクマによる人身被害が増えたことから、日本のクマ類は駆除などで生息数を管理すべき「指定管理鳥獣」となったが、四国のツキノワグマだけはあまりに数が少ないため、対象から除外されている。
 
クマは豊かな森の象徴だ。彼らが暮らしているということは、さまざまな食べものを必要とする大食漢を養うだけの資源があることを意味する。そしてクマは、種子を散布して森を育てる存在でもある。愛媛のなめとこ山にも、ツキノワグマが戻ってきてくれたらどんなに素敵だろう。色々な想いを胸に、僕は四国に飛んだ。

限界〝突破〟集落

僕を招待してくれた団体は「森の国 Valley」。町営だったリゾートホテルを引き継ぐと共に、自然度の高いユニークなキャンプ企画や飲食店を展開し、最近では高校まで作ってしまった。
 
代表を務める細羽雅之さんは、経済一辺倒の現代社会に一石を投じようとしており、彼のもとには個性的な人材が集まってくる。次世代を担う若者たちが続々と移住し、全国から視察に訪れる人も後を絶たない。彼らの間では日々、活発な議論が交わされていた。

「水量豊富な急流を生かした小規模水力発電を活用して、エネルギーを自給したい」「それなら集落内の車を全て電気自動車に替え、二酸化炭素排出量も抑えようよ」

「高齢者と、生まれてくる子供たちのために医療を充実させたい」「だったら優秀な医師に移住してもらえるよう、集落全体で受け入れ態勢を整えたいね」
 
人間も自然の一部なのだから、住民が健康であるためには森や川の健やかさを取り戻さなくてはならないとする、「プラネタリーヘルス」への取り組みも行なわれている。その一例が、広葉樹の植樹だ。目黒集落には豊かな自然林が残る一方で、スギやヒノキばかりの人工林も広がる。針葉樹だけの森は一年中暗い。下草も育たず、クマの食べものとなる木の実もない。クマが数を減らしている大きな原因のひとつと考えられている。そうした森を、自然本来の姿に戻そうと、これまで2800本のドングリの木を植えてきた。
 
さらに僕が興味を惹かれたのが、貨幣経済にとらわれない意識改革へのチャレンジだ。スーパーもコンビニもない集落内では、お金を使う機会がほとんどない。財布を持たないのは当たり前で、細羽さんは東京出張の際にも財布を忘れたことがあるくらいだ。この環境を生かそうと誕生したのが「森コイン」。木でできたコインは1枚500円で購入できるが、その価値は目安に過ぎず、日本円への再換金もできない。

「利益至上主義で、なんでもかんでも『これっていくら儲かるんだろう』とかって考えるとワクワク感が萎えちゃうし、面白い発想も生まれないですよね。だから森コインは、『一旦お金なんて思いっきり忘れちゃう』っていう世界に浸ってもらうためのツールなんです」と細羽さんはいう。
 
たとえば、地域の若者に大工仕事を教えたおじいちゃんが、お礼に森コインを2枚もらう。おじいちゃんは1枚を、家に遊びに来た子供にお小遣いとしてあげる。もう1枚は、集落のパン屋さんでコーヒーを飲むのに使う。その店で、コインをアイスクリームと交換しにきた高校生と出会い、会話が始まる。「昔はどんなふうに遊んでたんですか?」「竹でイカダを作って川下りとかね」「えっマジ⁉ めっちゃおもしろそう、教えてください!!」「おお、ええよ〜」
 
実際に起きた話だ。森コインが使われている光景を見ているだけで、周囲も笑顔になる。集落内では、そんなお金に換算できない幸せの循環が次々と生まれている。

「あと森コインで大切なのが、実際にさわれることと、いつか腐ることなんです」
 
貨幣のバーチャル化が進み、お金の9割以上がサーバー上にしか存在しなくなったことで、いくら貯蓄しても物理的なスペースは不要になった。でも森コインはあまりに貯め込むとかさばって邪魔だ。
 
そしてあらゆるものが老化し、死に、腐って分解されるのがこの世の常であるにもかかわらず、貨幣だけはその原理原則から外れている。お金の本質は物理的な硬貨や紙幣ではなく、単なる概念なのだから、劣化しなくて当然だ。そうした自然の摂理から逸脱したシステムに依存した結果、社会には大きな歪みが生まれている。でも野菜や肉なら腐ってしまい、食べきれないほどに貯蓄しても意味がない。森コインも同様だ。
 
お金は便利なシステムではあるが、それによって社会の幸福度が増しているようにはとても見えない。革新的な取り組みを通じて現状を打破することは、国家のような巨大組織ではもはや不可能だ。しかし、目黒集落のような自由度の高い小規模集団なら、それができる。

「だからここは、限界〝突破〟集落なんです」と細羽さんは笑う。地方空港から2時間もかかる閑散とした山村が、持続可能な未来への鍵を握る最先端のラボであることは明白だった。木漏れ日が揺らぐ新緑の中に、肥沃な大地の奥底に、人々の目の輝きの中に、革命前夜の静かな鼓動が脈打っていた。

クマ復活の呪文

夕方に辿り着いたホテルは、人里を離れた山奥に鎮座していた。バブル全盛期に、上高地の帝国ホテルを模して作られたという建物は威容を誇る。30人以上で火を囲むことができる円形のオープンファイアースペースが設置され、頭上の吹き抜けには見上げるばかりの鉄製の集煙用フードが吊り下げられている。当時の贅を尽くした細部まで作り込まれた意匠と、最新のリノベーションが心地よくマッチしていた。
 
晩ご飯はスタッフ全員で協力して作る。僕も参加し、地元で獲れた鹿肉を焼いた。和気あいあいとした食卓は笑顔と感謝に満ちていた。
 
翌日の午前中。僕らは滑床渓谷を散策した。スギやカシなどが生い茂る、北海道とは全く異なる森が目に新鮮だ。巨大な花崗岩の一枚岩の上を流れる滝をウォータースライダーにして遊んだり、深い滝壺に絶叫しながら飛び込んだり、童心に返る時間を満喫する。
 
一番心が震えたのは、登山道の古びた案内板を見たときだった。なめとこ山を南に降りるルートの一部に、「熊ノコル」という名前を発見したのだ。コルというのは峰の凹んだ部分を指す登山用語らしいが、僕には、そこにクマが残っていることを暗示する言葉にしか見えず、四国のツキノワグマを絶滅から救う復活の呪文のように思えてならなかった。
 
熊ノコルのすぐそばには、ブナ林という表記もある。ブナの実といえばクマの大好物ではないか。滑床渓谷で最後に見られたツキノワグマは、さっき僕らが飛び込んだ滝壺で目撃されたらしく、クマらしきものを見た、という目撃談も今でもあるという。

「ここはきっと、再びツキノワグマが暮らす森になる」。滞在中、僕はなめとこ山のみなさんと、クマのことについて、人類の元々の暮らし方である狩猟採集生活について、日本や世界の未来について、大切なことをたくさんお話しすることができた。

 
今改めて思うのは、「想像力」は「創造力」ということだ。自由な発想で理想の将来像を思い描くことは我々人類が持つ力だろう。そのためにテクノロジーを駆使し、言語を使って思想や情熱を共有できるのもまた、人間の特権だ。卓越した想像力を、過剰な欲を満たすことや戦争のために使ってはならない。それは、凝り固まった常識を打ち破り、愛と平和に満ちた未来を創るために発揮すべきものだ。
 
狩猟の現場を知らなかった宮沢賢治が、本来は反目するはずの殺すものと殺されるものが共感し合う物語を書き上げられたのも想像力の賜物だ。

「だからもう熊はなめとこ山で赤い舌をべろべろ吐いて谷をわたったり熊の子供らがすもうをとっておしまいぽかぽか撲りあったりしていることはたしかだ」
 
なんと美しく、慈愛に満ちた描写だろう。賢治が描いたこの情景を、幾多の動物たちを絶滅に追いやってきた僕ら人間は、今こそ蘇らせなくてはならない。
 
人間とクマが、ひいては生きとし生けるもの全てが、調和の中に正しく命を全うする世界。そんな理想郷が、小さな集落から全世界へと広がってゆく。
 
僕らの想像力は、そのためにこそあるのだと『なめとこ山の熊』は時代を超えて語り続ける。

「だからここは、限界〝突破〟集落なんです」持続可能な未来への鍵を握る、山村の集落

集落のみんなで米を作り野菜を育て、狩猟をする若者もいる。15年ぶりの赤ちゃん誕生が回覧板で知らされ、じいちゃんばあちゃんたちは大喜び!

80年以上前に撮られたクマと猟師の写真。「四国版の淵沢小十郎」といったところか。クマが消えれば、クマ猟師もいなくなってしまう…。

今月の〝なめとこ〟語録

「この森にあそび この森に学びて あめつちの心に近づかむ」


松野町初代町長・岡田倉太郎さんの言葉。

※イラスト/ブッシュ早坂(編集部)

※写真提供/森の国Valley

(BE-PAL 2026年6月号より)

著者画像

黒田未来雄

狩猟家・作家

1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟経験を積み、10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを早期退職して北海道に移住。狩猟採集生活を行ないつつ、執筆や講演を通じてその魅力を発信している。BE-PAL本誌にて「黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙」を連載中。

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