プロスキーヤー三浦豪太が体験した、自然の中に潜む「一瞬の牙」とは | スキー・スノーボード 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
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    2025.12.10

    プロスキーヤー三浦豪太が体験した、自然の中に潜む「一瞬の牙」とは

    プロスキーヤー三浦豪太が体験した、自然の中に潜む「一瞬の牙」とは
    プロスキーヤー三浦豪太さんの本誌人気連載をお届け。
    【前回までのお話】肉体的なハンデがあっても、野外適応機材を用いて、登山やスキーを楽しむことができることについて……。
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    三浦豪太の朝メシ前 第14回 わずか標高498m 八剣山での恐怖体験

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    プロスキーヤー、冒険家 三浦豪太 (みうらごうた)

    1969年神奈川県鎌倉市生まれ。祖父に三浦敬三、父に三浦雄一郎を持つ。父とともに最年少(11歳)でキリマンジャロを登頂。さまざまな海外遠征に同行し現在も続く。モーグルスキー選手として活躍し長野五輪13位、ワールドカップ5位入賞など日本モーグル界を牽引。医学博士の顔も持つ。

    リスクは“予期せぬ”ときにやって来ることを肝に銘じたい

    定山渓はいわずと知られた風光明媚な温泉街で、観光スポットとしても有名で多くの人が訪れる。
     
    札幌市のはずれにあり、中心部から向かうには国道230号線を南西に進む。この道は札幌から中山峠を経てニセコへ向かう道でもあるため、休日ともなると渋滞する。そこでローカルの人たちは、豊平川に沿って走る裏道を使う。この道は町を通らない分、信号がほとんどない。
     
    そして一本、奥に入るだけで果樹園や乗馬クラブ、隠れた名湯などがあり、どこか異国の丘陵を思わせる穏やかな風景が広がる。僕が気に入っている街道のひとつだ。
     
    ここに異彩を放つ山がある。それが「八剣山」である。その名のとおり、剣が空に突き立つような姿は、牧歌的なこの裏街道に鋭いアクセントを加えている。
     
    BBFのメンバーで登りに行こうという話になった。国道230号線から見る八剣山はあまりにも険しく、登山コースがあるとは想像していなかった。  
     
    BBFのトレランリーダー、タンナカ君によると、「短い登山コースのわりには、なかなか迫力のある山頂っすよ」という。もうひとりのメンバー、横乗りリーダーS氏は、「山の下に小さなスケートパークがあるんですよ」という。ならば、トレラン&スケートボードという異色のBBFを決行しようと計画をした。
     
    八剣山の登山道は、八剣山果樹園から入る。果樹園ではさくらんぼ狩りやいちご狩り、バーベキュー、マウンテンバイクコース、スケートボードパークまであり、家族や友人らと楽しむには絶好の場所だ。
     
    八剣山のトレイルは序盤こそ木立に囲まれた整備の行き届いた登山道で、「いい山道だな」と思っていた。しかし、鎖場が見え始めるあたりからその様相は一変した。鎖は山側にしっかりとボルトで固定されており、谷側は登山道を挟んで切り立った崖。急峻な斜面を両手両足で登ると、やがて稜線に出る。
     
    山頂はその稜線の先にあるが、そこからは足元を除けばすべて切り立った崖──まさにナイフリッジだ。慎重に一歩一歩を確かめながら進み、ようやく山頂に到達。標高わずか498mの山だが、気分はマッターホルンを登頂したようだった。まだ朝7時前という早朝ながら、BBFメンバー一同「おおおっ!」と声を上げた。
     
    山頂で記念写真を撮るも、スペースは狭いため、一望したらすぐに来た道を慎重に下山した。正直、樹林帯の安全な場所に戻ったとき、心の底からホッとしている自分に気づいた。

    思わぬ大事故にならず本当に良かった

    身近にこれほどにまで迫力のある山があることを知った僕は、次に家族や友人とともに「八剣山バーベキュー登山」を提案した。
     
    子供も多く、普通に考えれば危険な場所に連れていくのはためらわれるだろう。しかし、安全を確保した上でそうした体験をさせることも、子供の成長に欠かせない過程のひとつだと、僕は考えている。
     
    また、「山でのアクシデントは、危険な場所よりも一見安全そうな場所で起きることが多い」というのが僕の持論だ。なぜなら、明らかに危険な場所では誰もが緊張し、慎重になるからだ。
    ──その認識が甘かったと痛感することになるとは、このときは想像もしていなかった。
     
    一緒に出かけたのは友人家族とその友だち、初対面の人も含め、大人7人、子供6人(うち未就学児が2人)だ。万が一に備え、30mのロープとクライミング装備一式を準備してのアタックだった。
     
    最初の樹林帯は全員で歩いたが、鎖場からは、僕が4歳の娘を背負い、ほかの子たちには「絶対に鎖を離さないように」と指示をした。
     
    ナイフリッジでは、全員緊張した表情でゆっくりと進んだ。無事に全員で山頂に到着し記念撮影。小さな子の手をしっかり握り、ほかの子からも目を離さないようにしていた。
     
    下山である。核心部の稜線を越えて鎖場に着く。僕が先に進み、後ろから子供たちを1人ずつ、鎖を握らせて歩かせていった。背中の娘が重かったので、一度下ろそうとした瞬間、長女の叫び声が響いた。

    「Kちゃんが落ちた!!」
     
    まさに、血の気が引くとはこのことだ。Kちゃんは急斜面を降りて安心したのか、鎖から手を離して登山道を走り、足を滑らせたらしい。
     
    最悪の事態が頭をよぎる。すぐに駆け寄り、恐る恐る崖の下を覗くと、2mほど下の木にKちゃんが引っ掛かっていた。
     
    良かった!
     
    だが、時間の猶予はない。長男に「下ろしたばかりの妹を見ていて」と伝え、Kちゃんには「木にしっかりつかまっていて!」と指示。すぐにロープを取り出し、鎖場にアンカーを設置。ハーネスをしていたのですぐに下降機を使って降りた。
     
    Kちゃんは落ち着いており、大したものだった。彼女にスリングをかけて固定しロープで結びつけた。僕が下から持ち上げ、大人たちにロープを引いてもらい、無事にKちゃんを山道まで引き上げることができた。
     
    Kちゃんと僕が安全な場所に戻った瞬間、どっと嫌な汗が吹き出た。心底、無事でよかったと思ったが、しばらくは緊張が解けなかった。
     
    その後、みんなでバーベキューをしたが、おいしいはずの肉も、まったく味がしなかった。

    「もしも、あの木がなかったら……」「もしもKちゃんがパニックを起こしていたら……」「もしもそのまま落ちていたら……」
     
    そう考えるたび、背中に冷たい感覚が走った。これまで経験したどんな危険な状況よりも、この出来事を思い出すと今でも背筋が凍る。
     
    リスクコントロールとは、つねに最悪の事態を想定して準備することだ。だが同時にリスクとは「起こり得ない」と思っているときにこそ潜んでいる。
     
    まさか鎖場で鎖から手を離すとは思わなかったし、そこで走ってしまうとも思わなかった。
     
    その「思いもよらない行動をする」のが子供である。
     
    自分の認識が甘かったことを素直に認め、油断と自然の中に潜む「一瞬の牙」の存在を再認識した。
     
    今回の出来事を、何も失わずに次に生かせる幸運に心から感謝している。

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    BBFの面々と。八剣山は観音岩山ともいう。山頂までは1時間もかからないが、低山らしからぬ、急斜面などがある。

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    八剣山の切り立った尾根──ナイフリッジを降りる子供たち。

    (BE-PAL 2025年12月号より)

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