にっぽん刃物語「グレートジャーニーと斧 」~丸木カヌーを手作りして鉄の偉大さを実感した~

2019.06.19

刃物の持ち主
探検家・文化人類学者
関野吉晴さん
一橋大学在学中に探検部を創設しアマゾン川全域を下る。以後、南米の旅を続け、1993年からは人類拡散の旅を逆の道からたどる『グレートジャーニー』に着手。
※ 所属や肩書は取材当時のものです。

たたら製鉄は東京工業大学の永田和宏教授、鍛錬は刀匠の河内國平さんの指導を仰ぐ。刀匠の資格も持つ野鍛冶・大川治さんの手によって、斧(右)やチョウナ(左)などに仕上がった。

アフリカで誕生した人類が、どのように南米大陸南端までたどりついたのか。悠久の旅路を人力で追う関野吉晴さんの『グレートジャーニー』。第2幕の舞台は海の旅へと移っている。

現地でようやく見つけたビヌワンという大木。木質も複雑に絡み合っているため割れにくい。ところが伐ってみると空洞があり、計画したよりも長さが不足。出発後の難航続きの原因となった。(写真提供/佐藤洋平)

映画『縄文号とパクール号の航海』は、探検家で文化人類学者・医師でもある関野吉晴さんのライフワーク『グレートジャーニー』の第2幕にあたる旅の記録だ。日本列島に人が渡ってきたルートは3つあるとされる。映画は、そのひとつの南方ルートを足かけ4年にわたって追う。エンジンもコンパスも使わず、島影と星を頼りにインドネシアから石垣島を目指す4700kmの旅だ。

「グレートジャーニーの前提は、人力と自然の力を利用した旅。それならシーカヤックでもよいのですが、この旅ではもうひとつ縛りをかけたかった。自然から得た素材で作った道具だけでカヌーを作り旅をすることです」

選択した手段は丸木のカヌーだった。出発地で自ら木を倒し刳りぬく。道具は石斧を考えていた。旧石器の研究者から作り方も習った。だが、大海原を乗り越えられる船はかなり長大でなければならない。日本の縄文遺跡から出土している川や内湾用の丸木舟とは、作業労力が桁違いであることに気づいた。

「鉄の道具に頼らざるを得ないという結論に達しました。確かに昔の技法を再現するという時代的意味は失ってしまう。でも、自分たちで砂鉄から鉄を作って斧にすれば、自然から得た道具だけで海を渡るというコンセプトは守れると考えました」

武蔵野美術大学の学生、卒業生を中心とする若者に声をかけ、千葉県九十九里海岸で砂鉄を集めた。製鉄指導は刀鍛冶の河内國平さんらに依頼。丸木カヌーの製作に必要な刃物の重さの合計を5㎏とすると、120㎏の砂鉄が必要なことが分かった。

「50人ほどで磁石を持って集めに行きました。3日の予定でしたが、2日間は全然採れなくて。3日目、四苦八苦しているとサーファーが見に来たんです。効率悪いことやってんなあ、あそこへ行けば真っ黒く溜まっているよと教えくれたんです」

その日のうちに目標量を採集。大学構内に築いた炉でたたら製鉄が始まった。計200人の若者が、文字どおり代わり番子※に天秤フイゴを踏み、砂鉄を高温で金属に還す作業を続けた。※代わり番子:交代で作業に当たること。語源はたたら製鉄時代のフイゴ踏み作業。

できた鉧(けら※)の量は計20㎏。火床の中で何度も折り返して叩き続け、不純物を絞り出していくと、ようやく刃物に使える5㎏の錬鉄になった。それが和歌山の野鍛冶のところから斧となって戻ってきたときは皆どよめいた。※鉧(けら):たたらの炉底にたまった鉄の塊。

ものが生まれる流れが見えにくい時代。自然から素材をもらい、自ら手づくりすることの意義を、関野さんは旅の意味とともにあらためて実感したという。

※撮影協力/墨田区関野吉晴探検資料室 『縄文号とパクール号の航海』
http://jomon-pakur.info/

文/かくまつとむ 写真/大槗 弘

※ BE-PAL 2016年2月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 19 グレートジャーニーと斧 』より。

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