遙かなるデナリを眺めて―――アラスカにある北米最高峰を前に、植村直己さんを偲ぶ | 海外の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.08.20

遙かなるデナリを眺めて―――アラスカにある北米最高峰を前に、植村直己さんを偲ぶ

遙かなるデナリを眺めて―――アラスカにある北米最高峰を前に、植村直己さんを偲ぶ
今回アラスカを訪れた理由はいくつかあります。北米最高峰・デナリ(6190メートル)をこの目で見ることもそのひとつでした。

私が初めてこの山の名を聞いたのはもう40年以上も前のことになります。1984年、冒険家・植村直己さんが、世界で初めて冬季単独登頂をはたした後、下山中に消息を絶ったというニュースに衝撃を受けたときのことです。当時この山は「デナリ」ではなく、「マッキンリー山」という名前で呼ばれていました。

そんな大昔には生まれてもいなかったよって人に大急ぎで説明しますと、昭和後半の日本において、植村さんは国民的英雄でした。世界初の5大陸最高峰登頂を達成した登山家であり、犬橇による世界初の単独北極点到達、グリーンランド単独縦断など、北極圏を舞台とした一連の冒険が国際的にも高く評価されていた「世界のウエムラ」でした。

その植村さんが亡くなった山とは、どんな山なのだろうか。その思いは長い間私の心に残り続け、今回のアラスカ旅行へとつながったというわけです。主な滞在先をデナリ国立公園に決めたのもそのためです。
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簡単には見えない山

ところが実際にアラスカに行ってみると、なかなかデナリを見ることができませんでした。なにしろデナリ国立公園というくらいなのだから、そこに行きさえすれば北米最高峰の山容が目の前に現れる。そんなイメージを抱いていましたが、それほど甘い話ではないようです。

まずデナリは一年の多くを雲に覆われています。快晴の日でも、山頂だけが雲に隠れてしまうことは珍しくありません。季節にもよるのでしょうが、デナリの頂上がきれいに見える日は週に1回くらいだと聞きました。

さらに言えば、デナリは意外に目立たないのです。確かに非常に高い山ですが、富士山のような独立峰ではありません。周囲にアラスカ山脈の高峰が幾重にも連なっていて、そこには富士山より高い山がデナリを含めて6座ありますし、3,000m級以上となると40座以上ということです。デナリもデカイですが、たくさんの同じくらいデカイ山に囲まれているのです。

デナリ展望台の案内図。下が絵、上が雲に隠れた実際の姿。

「あれがデナリ? 違うか?」 国立公園をハイキング中、そんな会話を何度も息子と交わしました。

私が初めてデナリ全体をはっきりと視界に捉えたときは運転中でした。アラスカ滞在も6日目に入り、デナリ「国立」公園の約100キロ南に位置するデナリ「州立」公園に向かっていた途中のことです。

2つの公園近くを通り抜けるアラスカ州道3号線の正式名称はGeorge Parks Highway(ジョージ・パークス・ハイウェイ)、通常はParks Highwayと呼ばれています。公園とは関係なく、昔の政治家にちなんだ名前だということです。

この道路の「州立」公園圏内には南北2つのデナリ展望スポットがあり、広い森と川の向こうに、遮るものなくデナリが姿を現します。山との距離は国立公園より遠くなるにもかかわらず、かえって全景を見渡しやすいのです。天気が良ければ、ですけど。

デナリ州立公園ウェブサイト:
https://dnr.alaska.gov/parks/aspunits/matsu/denalisp.htm

デナリ登山がきわめて困難なわけ

デナリは美しい。しかし、それ以上に感じたのは「近づきがたい」という圧倒的な距離感でした。『遙かなるマッキンリー』というタイトルの本がありますが、まさにその通りです。

富士山と比較してみるとよく分かります。富士山は標高3776メートル。夏山シーズンには毎年20万〜30万人が登頂を目指します。5合目までは道路が整備され、登山道も山小屋もあります。日帰りの「弾丸登山」とはあまり評判のよくないスタイルですが、それでなくても1泊2日の山行が一般的です。

一方のデナリは標高6190メートル。富士山より2400メートル以上高いというだけでなく、山頂付近の天候は夏場でも氷点下20~30度以下になることもある、きわめて厳しい極北の山です。

そもそもデナリには登山口というものがありません。登山家たちはタルキートナという小さな町から小型飛行機で山裾の氷河まで運んでもらうのが一般的です。ようやくそこから登山が始まるわけですが、日帰りなどはもっての外で、経験豊富な登山家グループでも数週間以上かかります。当然その分の食料や燃料、装備を背負うことになります。

デナリの登頂者、正確には登頂を試みる人は平均して年間約1200人。いずれも鍛えられた登山家たちですが、そのうちの約半分しか山頂に立つことはできないそうです。登山家ではない圧倒的多数の一般人にとっては、近づくことさえ困難な山なのです。

展望台の看板に記されたデナリの歴史。左下には植村直己さんの偉業についての記述がある。

植村直己さんの偉業について

植村さんはデナリに3回挑んでいます。最初は1968年、27歳のとき。4年以上に渡る世界放浪の締めくくりとして、この北米最高峰を目指しましたが、単独登山の許可を得ることができずに断念しました。当時の国立公園法では4人以下の登山が禁止されていたのです。

植村さんはそれまでにもヨーロッパ、アフリカ、南米の最高峰に登頂済みでしたし、アマゾン川を筏で下るという破天荒な冒険にも成功していましたが、世間的にはまだ無名の1青年に過ぎませんでした。

2度目のデナリ挑戦は2年後の1970年8月。日本人初のエベレスト登頂をはたしたばかりの植村さんは登山家の中では知られる存在になっていました。単独登山を禁ずるルールは前回と同じでしたが、書類上は別の登山隊に所属するという形で特例が認められました。そしてこの山で史上初となる単独登頂に成功したことによって、5大陸最高峰登頂者の称号も同時に獲得しました。

そのときに植村さんをセスナ機でカヒルトナ氷河まで送り届けたのは、アラスカ航空史にその名を刻む伝説のブッシュ・パイロット、ドン・シェルダンさんでした。星野道夫さんの著書にもたびたび登場するシェルダンさんは数えきれないほどの登山家をデナリへ送り届けましたが、5年後の1975年に53歳で亡くなりました。

3度目、そして最後になってしまったデナリ挑戦は1984年でした。その目標は、それまで世界中の誰も成し遂げたことがなかった冬季単独登頂でした。

このときの植村さんはすでに「世界のウエムラ」でした。前2回とは異なり、登山許可を得ることに何の問題もなかったどころか、出発地点までは取材のためのメディアクルーまで同行していました。

しかし植村さん自身のなかでは、どこかに焦りがあったように感じられることを何人かの作家が述べています。それは念願としていた南極大陸横断を政治的理由で断念せざるを得なかったことに起因するのかもしれませんし、あるいは年齢に対する漠然とした不安だったのかもしれません。ちょうど43歳の誕生日だった2月22日に植村さんはデナリの山頂に立ちましたが、下山中に消息を絶ち、ついに帰らぬ人となりました。

植村さんは世界の冒険史上に残る巨人であったとともに、デナリの歴史を語る上でも欠かすことのできない偉大な登山家でした。その名が今もアラスカで称えられていることを日本人として誇りに思います。

デナリ? マッキンリー?

“View of Mount McKinley” by amerune is licensed under CC BY 2.0.

植村さんが活動していた時期、この山が公式にはマッキンリー(Mount McKinley)と呼ばれていたことは前述しました。米国第25代大統領ウィリアム・マッキンリーにちなんだ名称です。

しかし、このオハイオ州出身の大統領はこの山とは何の関係もありません。アラスカに来たことすらありません。ただアラスカがゴールドラッシュで湧いていたころに米国の大統領だったということだけが命名の理由です。

それよりずっと以前から、この山を何千年も見つめ続けてきた先住民コユコン・アサバスカンの人々は、古くから「デナリ」、つまり「偉大なるもの」と呼んできました。アラスカ州政府もこの伝統ある呼称を尊重し、1975年にはこの山の名称をデナリに変更する請願を連邦政府に提出しています。

それから40年後の2015年、オバマ政権は連邦レベルでの山の公式名称を「デナリ」へ変更します。ところが2025年には、トランプ大統領が再び「マッキンリー」に戻す大統領令に署名しました。ただし、国立公園の名称は現在もデナリのままになっています。

この辺りの複雑な経緯は米国国立公園公式ウェブサイトに詳しく説明されています。

米国国立公園公式ウェブサイト内デナリの歴史案内ページ:
https://www.nps.gov/dena/learn/historyculture/mountain-name.htm

呼称についてはいろいろな考え方があるでしょう。個人的には、最初に聞いた「マッキンリー」という音の響き自体は悪くないと思います。しかし、「デナリ」という言葉が「偉大なるもの」という意味を持つことを知った今では、やはりこれ以外にこの山を表す名称はないとも思います。

私はデナリに近づくことも、もちろん登ることもありませんでした。それでも、遠くから眺めただけで、この山がなぜ世界中の登山家を惹きつけるのかを少しだけ感じられた気がしています。

著者画像

角谷剛さん

米国在住ライター(海外書き人クラブ)

日本生まれ米国在住。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員

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