
幼い頃から町の人たちにお世話になった。大人になったら町に恩返しをしたい。そんな思いから生まれたのが岐阜県の「美濃加茂ビール」。代表の仙田大騎さんは現役の消防士である。ホノルルマラソン完走後に飲んだビールが転機になって自らブルワリーを立ち上げた。非番の日、美濃太田のブルーバーでインタビューさせてもらった。
ホノルルマラソン完走後の一杯が人生を変えた!
JR高山本線・美濃太田駅から10分ほど歩くと、江戸時代の五街道の一つ、中山道に当たる。51番目の宿場町として栄えた太田宿の一画に、美濃加茂ビールはある。2023年にオープンした。
代表の仙田大騎さんはお隣の市、愛知県犬山市の消防本部に勤めながらビール醸造を行なっている。

仙田さんは父親に育てられた。忙しいひとり親だが、近所の人たちが何かと仙田さんの面倒を見てくれた。そんな環境で育ち、「大人になったら町の人たちに恩返しをしたい」という思いが自然と育まれていった。消防士になったのも、地域のためになる仕事をしたいという気持ちが根っこにあったからだ。そして消防士になった後も、「地域のためになる活動を」と考えつづけていた。
ブルワリー設立のきっかけになったのは、2019年、ホノルルマラソンに参加したこと。完走後に飲んだ現地のクラフトビールが感動的においしかった。特に柑橘系のホップの香りのIPAが最高だった。そこで思いついた。クラフトビールなら地元の特産品を活かせて、地域の役に立てるのではないかと。
仙田さんはもともと大のビール好き。学生の頃から地方へ行けば「地ビール」を探して楽しんでいた。だが、ビールを造りたいと考えたことはなかった。ビールは飲むものであった。
「美濃太田には梨やハチミツなどの特産があります。これらを活かしたビール造りができたらと考えました」
30年前、日本のクラフトビールは「地ビール」と呼ばれた。「地」に地域おこし、町おこしの期待が込められていたのだが、仙田さんの思いはその地ビールに近い。
たとえ無給の活動でも好きなビールなら続けられる
仙田さんがビール造りを始めるためには、いくつかの難題があった。まず、公務員は原則、兼業が認められていない。
ただ、地域振興など社会貢献を目的にした事業は審査を経た上で認められる。
そこで仙田さんが選んだ道は、一般社団法人の設立だった。一般社団法人は非営利型の法人。公務員でも経営できる。勤務先の犬山市とも交渉し、自身は無報酬の理事として関わり、決算書や活動報告書を市に提出するという条件で起業を果たした。
そうして一般社団法人8KNOT(エイトノット)を立ち上げたのが2022年。
その後、ブルワリーの立地の確保、酒造免許の取得、ブルワリーの開業、ブルーバーにするための飲食店の開業と、行政への申請手続きが続く。文字通り山ほどの書類と格闘することになったが、仙田さんは「まあ、役所の手続きには慣れていましたので」とクリア。一般社団法人やブルワリーの設立にあたっては公務員の立場がネックにもアドバンテージにもなったようだ。
同時に、醸造技術も身につけなければならない。仙田さんは東京でビール醸造のセミナーを受け、その後、同じ岐阜県の郡上八幡麦酒こぼこぼで技術研修を受け、醸造家としての技術を修得していった。
それにしても、ビール造りができるのは消防士の非番の日だけである。貴重な休日をビールに充てるとなると相当な覚悟が要ったに違いない。地域の特産品を使ったビール造りなら、他のブルワリーにOEM委託することもできるだろう。経験のあるブルワーを雇用して醸造を任せる方法もある。なぜ仙田さんは自らブルワリーを設立し、自らビール醸造をする道を選んだのか?
「たしかに二足のわらじは並大抵のことではできないと思いました。事業として成功するかどうかもわかりませんから、すべての休日を使っても無給の活動になる可能性もあります。それでも、自分の好きなことなら続けられると確信していました。私にとっては、それがビール造りでした」
大好きなビールを造る。それが地域貢献につながる。傍目には大変な二足のわらじも、仙田さんにとっては一石二鳥だったのだ。
まるでネクター。マンゴー果汁80%のフルーツビール
2023年3月、中山道沿いに小さなブルーバー「美濃加茂ビール」が生まれた。
美濃加茂の特産の梨を使った「梨ホワイトエール」、市内の養蜂家の蜂蜜の「蜂蜜ゴールデンエール」、太田宿のコーヒー店が焙煎したイタリアンローストの「珈琲スタウト」の3種を定番に据えた。

4月に美濃加茂ビールを訪れた際、タップリストに4種類のビールがあった。中でも目を惹くのが鮮やかなオレンジ色のビール。近年人気のヘイジー(濁っている)どころではない、透明度はゼロ。その名も「Mango mango mango」というマンゴーのフルーツビールだ。

ねっとりとろり。まるでネクターのようなビールである。内訳は麦汁20%、マンゴー果汁80%というから、ビールの概念を越えている。アルコール度も7%とビールにしては高いのだが、初めて飲んだ人は気づかずに飲み干してしまうのではないだろうか。なぜこんな変わったビールを造っているのか? マンゴーは美濃加茂の特産ではないはずだが?
このビールが生まれたきっかけは、近所で評判の大福店のマンゴー大福だった。
「大福屋さんは完熟前のマンゴーを原料にしています。そのため完熟してしまったマンゴーはやむなく廃棄されていました。もったいないのでそれをウチで買い取らせてもらったのです」(仙田さん)
マンゴーの果汁感たっぷりの「Mango mango mango」は近所の評判に。フルーツビールが好きな人、ふだんはビールを飲まない人、いろいろな人の目と舌に強烈なインパクトを与えたようだ。
その後、大福屋さんがマンゴー大福の販売をストップしてしまったため完熟マンゴーの供給源は消えてしまったのが、人気の「Mango mango mango」をやめるわけにはいかず、今はマンゴーピューレを仕入れて造りつづけている。
岐阜県開発の清酒酵母で醸すビール
美濃加茂ビールの特徴を物語るビールがもうひとつある。酒粕と清酒酵母を使った「黄金と白銀」だ。
美濃加茂産の米「ハツシモ」と、中山道太田宿の老舗酒蔵「御代桜醸造」の酒粕、岐阜県が開発した清酒酵母「G2酵母」を使用したビールだ。日本酒の華やかな香りとスッキリした味わい。ひとくち飲んだ瞬間は、日本酒と錯覚するような不思議なビールである。
ビール酵母と清酒酵母の大きな違いは糖を分解する能力だ。清酒酵母はビール酵母と比べると、麦芽由来の多糖類をうまく発酵することができない。
「清酒酵母だけでは多糖類を食べ残してしまうのでアルコールが十分に生成されません。そのまま発酵させると発酵不良のビールになってしまいます。そこで麦芽の糖化段階で酒粕を投入して単糖類を増やし、清酒酵母でもアルコールを十分生成される環境を作ります」(仙田さん)
日本酒には清めの意味があることから、「黄金と白銀」には消防士として災いを減らしたいという願いも込められている。
地方公務員だから広がる地域貢献の道がある
仙田さんの本業は消防士。24時間勤務が明けた翌日の非番の日がビール仕込みの日だ。瓶詰めやラベル貼りはアルバイトに任せているが、ビール醸造工程は仙田さんがひとりで行なっている。
売り上げの一部は地域に還元している。それはこれまでに地元の花火大会の協賛、子ども向けの観劇イベントの開催、屋内運動施設建設費、放課後デイサービスなどに役立てられている。また、今年3月にはJR高山本線・美濃太田駅前でビアフェス「beer road minokamo」を開催。県内から10社、県外からも3社のブルワリーが参加し、500万円の売り上げを達成した。
(一社)8KNOTの活動は地域連携へと広がりを見せている。愛知県小牧市の福祉事業者と連携し、障がいをもつ人たちが耕作放棄地で栽培した作物(サツマイモ、スモモ、ユズ)を使ったビールを造り、福祉事業者の収入につなげている。そこには消防士の仲間も事業許可を得て参加している。
ちなみに、社名の8KNOTには無限の結びつきという意味が込められている。8は無限記号∞を表しているのだ。
現在の「最大の課題は生産能力の低さです」と仙田さんは言う。
美濃加茂ビールのブルワリーには大きな発酵タンクがない。発酵タンクの代わりに、ケグ(10リットル〜25リットルほどのステンレス製の容器)の中で発酵から熟成まで行なう「ユニケグ内発酵」を採用している。熟成後、そのまま飲食店に配送できる簡便さがある。
「設備面では不利な面が多いので、設備を増強したいと考えていますが、このあたりは兼業では難しいですね」(仙田さん)
今後、醸造スタッフを雇用して育成するか、設備を増強するか、現状を続けるか。いくつかの選択肢を思案中だ。
忙しい消防士である。「子どもと接する時間をもっと取りたいのですが。子どもには消防士と経営者と地域貢献している父の姿を見せられるといいのかなと思っています」と、父としての葛藤もある。
大好きなビールで自分を育ててくれた町に恩返しする。公務員ゆえの制約もある一方、そのネットワークを活かした地域連携も広がる。営利目的ではなく、一般社団法人だからできるビールもあるだろう。
美濃加茂ビールが造るクラフトビールに、かつて地ビールと呼ばれた日本のクラフトビールの原点を見る思いがする。

●美濃加茂ビール 岐阜県美濃加茂市太田本町1-5-2
https://minokamobeer.stores.jp




