私たち夫婦は、キャンピングカーでヨーロッパを旅しながら各国の最高峰に挑戦しており、今回の舞台はそんなクマの息づく山岳地帯を歩く2日間の大冒険です。
頂上まで続く約30kmの道のりは、まさに“秘境”という言葉がピッタリ。すれ違う登山者もほとんどいなく、足を踏み入れた瞬間から、広大な谷、荒々しい稜線、動物たちの気配と、ワイルド感あふれる世界が広がっていました。そんな険しくも美しいロングトレイルを進みながら、クマの生息地を歩く際の注意点や、ワイルドキャンプで役立った工夫など、リアルな体験も加えてお届けします。
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最高峰「モルドベアヌ」!クマが息づくルーマニアの奥地へ

ルーマニア最高峰のMoldoveanu(モルドベアヌ)は、ルーマニア中央部のFăgăraș(ファガラシュ)山脈の中心にそびえる標高2,544mの山です。アルプスのような岩稜帯と深い谷が連なる壮大な山域で、ルーマニアの中でも特に手付かずの自然が色濃く残るエリアになります。
この山域は、“ドラキュラ伝説”で知られるトランシルヴァニア地方に隣接しており、中世の雰囲気をまとった古城と濃密な原生林が広がる、どこかミステリアスな空気が漂います。さらに、このエリアはヨーロッパでも屈指の“クマの生息密度”が高い場所でもあり、ドラキュラ伝説とクマの気配が交差する、少しミステリアスで野性味あふれる世界が、モルドベアヌ登山の魅力をいっそう際立たせています。
頂上を目指すにはいくつかのルートがありますが、私たちはTransfăgărășan(トランスファガラシャン)から登山をスタートすることにしました。トランスファガラシャンは“ルーマニアで最も美しいドライブコース”とも呼ばれる絶景の山岳道路で、全長約150kmもあります。山肌を縫うように大きなカーブがいくつも続き、圧巻の景色が広がります。

道路の最高地点付近にはLacul Bâlea(バレア湖)があり、ここからモルドベアヌ方面へと続くルートが始まります。湖の周囲には、展望スポットやホテル、売店やレストランも整備されており、訪れる人々を雄大な山岳風景で迎えます。
壮大な「トランスファガラシャン・ロード」で野生のクマに遭遇?!

トランスファガラシャンの壮大な景色とは裏腹に、このエリアはルーマニアで最もヒグマの目撃率が高い地域として知られています。まれにクマに襲われる被害も報告されているため、十分な注意が必要とされています。道路沿いには、「クマに注意!」「クマの餌付け禁止!」と書かれた看板があちこちに設置されており、現地でも常に警戒が呼びかけられていました。
そしてその注意喚起は決して大げさではありません。登山口へ向かう途中のトランスファガラシャン道で、なんと4頭もの野生のクマと遭遇したのです!

その姿を目の当たりにし、迫力と緊張感が入り混じる瞬間に、改めて「クマの生活圏に入っているんだ」と実感。道路でクマに遭遇した場合は、車から絶対に降りず、窓も開けないことが大切です。クマに食べ物を見せたり与えたりすると危険なうえ、人間に慣れさせてしまうため、静かに距離を取りながらその場を離れるようにしましょう。
こうして、クマの気配を間近に感じながら、私たちのモルドベアヌ登山が本格的に始まったのです。
2日間のワイルドキャンプ登山スタート!

今回選んだルートは、Lacul Bâlea(バレア湖)からスタート。総距離約30km、累計標高差約3,000mのかなりハードでロングな行程になります。
- 【1日目】バレア湖からPodragu(ポドラグ)湖まで約8km歩き、湖畔にテントを設営して山頂アタック。ポドラグ湖からモルドベアヌ頂上まで約7km。登頂後、ポドラグ湖まで戻ってテント泊。合計距離約22km、標高差約2,000mの行程。
- 【2日目】ポドラグ湖からバレア湖へ戻ります。約8km、標高差約900mの行程。
1日目は長い距離を歩くことになるので、太陽がまだ昇らない朝5時に登山開始。車は登山口にあるバレア湖ホテルの駐車場に1泊10ユーロで停め、目指すはルーマニアのてっぺんです。初っ端から急登が続き、眠気を吹き飛ばしてくれます。

この付近では、クマが最も出没しやすいのが標高800m付近の森林帯とされており、今回のような2,000m級の山岳エリアでの目撃はまれとされています。それでも可能性はゼロではないため、油断は禁物です。クマ対策として私たちはベアスプレーを携帯し、鈴や足音、大きな話し声で常に私たちの存在を知らせながら歩くようにしていました。
1時間ほど登ったところでCapra湖に到着。まだ辺りは薄暗いですが、ここからは少し下り道になり、ここまでの急登の疲れを少し癒してくれます。実はこのモルドベアヌまでのルートは、約10個のピークの上り下りを繰り返すアップダウンの激しい鬼道なのです。スタート地点の標高が約2,000m、山頂が2,544m。「それなら標高差は500mだけじゃん」と思いきや、実際は登り返しの連続なので累計標高差は約3,000mにまでなるのです。膝には確実にダメージが蓄積していきます。

進んでいくうちに辺りは徐々に明るくなり、暗闇に隠れていた荒々しい山々や谷が姿を現し、その美しさには言葉を失うほどです。

登山道はほとんど人がおらず、すれ違ったのはわずか1組だけ。静寂に包まれた大自然の中、遠くの谷や稜線を見ながら歩く時間は、まさに 秘境の地に足を踏み入れたかのような感覚です。野鳥の声や小さな動物の気配を感じながら、ゆっくりと一歩一歩進んでいきます。

激しいアップダウンを超え、歩き始めてから約5時間で、今日のテント場となるポドラグ湖が見えてきました。

湖に到着する少し手前には、ポドラグ小屋があり、ここで宿泊することも可能です。周囲の山々に溶け込むような、石造りの素朴な山小屋は、登山者にとって大切な拠点となっております。私たちは湖畔でテント泊を予定していたので、小屋のオーナーさんに軽く挨拶だけをして、そのまま湖のほとりへ向かい、テントの設営に取りかかります。

テントを設営、モルドベアヌ山頂へのアタック
山々に囲まれたこの湖は、静かで透明度の高い水面が印象的。テントを張るにはベストスポットです。少し休んでからいよいよモルドベアヌ山頂へのアタックが始まります。

ポドラグ湖でのテント設営を完了し、必要ない荷物を置いて身軽になったところで、いよいよ山頂を目指して再スタートです。山頂までは片道約7km、コースタイムはおよそ3時間半。ここから先は、本格的な稜線歩きが続きます。

歩き出してすぐに、目の前に広がる稜線のスケールの大きさに圧倒されます。切り立った斜面とどこまでも続く峰々。東欧の山々はアルプスのように観光地化されていないぶん、“ワイルド感”たっぷり!人工物が一切ない、大自然の真ん中に放り込まれたような感覚になります。

しばらく高度を上げ下げしながら稜線を歩いていくと、ようやくモルドベアヌが遠くに姿を現しました。しかし、そこに辿り着くまでには、まずViştea Mare(ヴィシュテア・マーレ)というピークを超えなければなりません。


ヴィシュテア・マーレに到着すると、そこから山頂までは約30分ですが、この区間がルート最大の難所です。途中には、鎖場や両手をしっかり使って登る岩場の箇所もあり、慎重に進む必要があります。ただ、この部分を乗り越えれば山頂はすぐ目の前です。


ついに「モルドベアヌ」の頂上に到着

360度に広がる大パノラマは圧巻そのもの。「ルーマニアのてっぺんに来たぞー!」と叫んでしまうほどです。

長い距離を歩き、何度もアップダウンを越え、強風の稜線を進み、ようやくたどり着いた頂上。これまでの疲れが一気に吹き飛ぶような感動が込み上げてきました。
「クマかと思いきや…!?」夜中のポドラグ湖テント泊での意外な訪問者

山頂で景色と達成感を思いっきり味わったあとは、テントまでの長い道のりが待っているので、名残惜しさを胸に足早に下山を開始しました。しかし、往路で溜まった疲労と膝の痛みが徐々に重くのしかかり、思うようにペースが上がりません。夕日に染まる広大な稜線を横目に黙々と歩き、ようやくテントに戻ってきたのはあたりがすっかり暗くなった19時過ぎ。なんと登山を開始してから12時間も歩き続けていました。
この日は本当に体力を出し切った一日で、もはや夕食を作る気力すら残っていませんでした。お昼の残りのサンドイッチをかじり、すぐに寝る準備へ。
⚫︎クマがいるエリアでのテント泊の注意点
ファガラシュ山脈はクマの生息地として知られ、テント泊では特に注意が必要です。私たちは、
- テントの近くで調理や食事はしない
- テント内に食料や匂いのある物(ハンドクリームや歯磨き粉など)を保管しない
- 食料や匂いの出るものは全てスタッフバッグへ入れ、テントから十分に離れた場所に置く
など、匂いで野生動物を寄せ付けないように、できる限り対策をして就寝しました。それでも「夜中にクマが来たらどうしよう…」という緊張感の中、疲れもありいつの間にか眠りに落ちていました。
深夜、ふと目が覚めたのは午前5時ごろ。テントの外で“何かが動く音”と、“荒い息遣い”が聞こえ、びっくりして飛び起きました。恐る恐るライトで照らしながらテントの外を覗いてみると、暗闇に光る2つの目が!心臓が跳ね上がるほどの緊張が走り、よーく見てみると、光の中に現れたのはなんと“犬”でした。

それも、前日に近くにあるポドラグ小屋で出会っていた、大きくとても人懐っこい飼い犬の「ブブ」だったのです。どうやら一晩中テントの隣で眠っていたようで、私たちに気づくと嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら駆け寄ってきました。

知らずに遭遇していたら「野犬!?」と恐怖で固まっていたかもしれませんが、ブブの姿を確認した瞬間、心底ホッとしました。「クマじゃなくて本当に良かった…。」もしかしたらブブが、一晩中私たちのことを守っていてくれたのかもしれません。

すっかり目が覚めてしまったので、ブブと一緒に少し早い朝食をとり、ゆっくりと帰り支度を始めました。静かな湖畔が朝日に照らされていくのを眺めながら、昨日の長く険しい道のりを思い返しつつ、モルドベアヌでの忘れられない一夜を後にし、ゆっくりとバレア湖へ向けて下山を開始しました。
2日目は、「やり切った」思いで登山口まで

2日目は、来た道をそのまま歩いて登山口のバレア湖へ戻ります。昨日あれほど歩いたコースをもう一度辿るのはなかなか大変。でも、不思議と体の疲れ以上に「やり切った」という気持ちの方が大きく、足取りは意外と軽く感じました。ルーマニアの山々に別れを告げるように、美しい景色を目に焼き付けながら下山し、静かにモルドベアヌの旅を締めくくりました。
ルーマニア最高峰の旅を終えて、そして次の山へ
冒険心と少しの緊張、そして言葉にできないほどの絶景が待つルーマニア最高峰の登山は、心に残る素敵な経験となりました。これからも私たちはキャンピングカーで旅を続けながら、ヨーロッパ各国の最高峰にチャレンジしていくので、どうぞお楽しみに!








