
織女星と牽牛星を見たら、天の川をグーッと下って、いて座までたどってみましょう。半身半馬のいて座は何者なのか、実は色々な説がある不思議な星座です。
今年の七夕は月が天の川に近くに
織女星(こと座の1等星ベガ)と牽牛星(わし座の1等星アルタイル)。天の川をはさんで向き合うふたつの1等星が年に一度、川を渡って逢瀬を楽しむのが七夕の夜です。21時頃になると、ベガとアルタイルが南東の空にかかります。
ですが、今年の7月7日は月齢11の月が夕方から空に出ています。しかも、さそり座の1等星アンタレスの近くです。そのためかなり暗い場所でも、月明かりで天の川が見えにくくなると思われます。

七夕は中国から伝わってきた行事ですが、日本では短冊に願い事を書いて竹に吊すなどして願い事をする節句として知られています。しかし今の時期は例年であれば、九州から本州、多くの地域で梅雨時です。なぜそんな時期に七夕があるのかというと、もともとは現代の7月7日ではなく、旧暦7月7日の行事なのです。
旧暦は月の満ち欠けを基にした暦です。旧暦では夏至から2度目の新月の日が7月1日でした。現在では旧暦7月7日を「伝統的七夕」と呼んでいます。今年は8月29日です。
8月も後半になると、ベガやアルタイルは19時頃には高々と昇り、雄大な夏の大三角が見られます。また、旧暦の7日は月齢6~7であることを意味しますから、7月7日はいつも上弦前後の月が出ています。今年の8月29日の月は天の川より西側に出ているので、月明かりもそれほどではありません。このように七夕は現代の暦と旧暦、2回ありますので、願い事も2回できます。
馬に乗った「いて座」の正体は?
さて、ベガとアルタイルを確認したら、そのまま天の川を南の方に下っていきましょう。天の川がひときわ濃くなって見えるあたりに「いて座」があります。

いて座は黄道12星座のひとつで重要な星座なのですが、どうも由来がハッキリしない星座です。
星座図は半身半馬で描かれることが多いです。半身半馬の種族をケンタウルスと呼びます。紀元前、黒海北岸地域の草原を駆け巡っていた騎馬民族がモデルになったという説が有力です。馬を走らせながら弓矢を射るという高等技術を持つ騎馬民族は、ギリシアの人々の目にはさぞ恐ろしく映ったことでしょう。そこから人と馬が一体化した生き物「ケンタウルス族」が生まれたのかもしれません。
星座ガイドなどではよく、いて座の由来としてギリシア神話に出てくるケイローンというケンタウルス族の賢者のエピソードが語られます。ケイローンは神々から狩猟や医術、音楽、予言などさまざまな術を授けられ、それをギリシア神話に出てくる英雄たちに教えたとされます。もともと半身半馬のケンタウルス族は乱暴者と見なされているのですが、その中にあってケイローンは賢者として描かれているのです。ちなみに、ケイローンは、ギリシア神話一の勇者ヘルクレスが誤って放った毒矢で殺されてしまいます。
このケイローンのエピソードが現代ではいて座と結びついているのですが、実のところ、ギリシア・ローマ時代の文献にはそれを裏付けるような記述がほとんど見当たりません。そもそも、いて座がケンタウルス族かどうかも意見が分かれているのです。
では、ケンタウルスでなければ、あの不思議な姿は何なのか?
興味深いところでは、いて座妖精説があります。ギリシア神話の中には、ケンタウルスのように半人半獣で、馬か山羊のような2本脚で立つ男が出てきます。それはサテュロスと呼ばれる妖精、あるいは精霊という存在です。
いて座の星の並びをよく見ると、頭や弓矢の部分には明るい星が集まっているのに対して、馬の尻尾や後ろ脚のあたりにはほとんど星がありません。もともと4本脚ではなく2本脚だったのだとすれば、この配置にも納得がいきます。
天の川をはさんで向き合うケンタウルス族
ギリシア・ローマ時代の文献では賢者ケイローンはいて座の東南に位置する、その名も「ケンタウルス座」になったとされることがほとんどです。

ケンタウルス座は2つの1等星が前脚に光る堂々たる星座です。今ではケイローンがいて座だという説が広まったせいで、南半球を代表する星座であるにもかかわらず、ケンタウルス座は名もなきケンタウルス族の一人(一獣)扱いをされがちです。
それにしても半身半馬の不思議な姿をした星座が天の川沿いに2つ並んでいるのは面白いものです。七夕の夜はベガやアルタイルだけでなく、天の川を南に下って、いて座に双眼鏡を向けてみてください。天の川のひときわ濃く見える方向が銀河系の中心です。七夕前後は月明かりがジャマかと思いますが、7月半ば以降は月が東に移っていきます。今年ももうすぐ夏の大三角と天の川の季節の到来です。
構成/佐藤恵菜
