
サンクレメンテ、本来ならサン・クレメンテと分けて表記するべきでしょう。サン(San)はスペイン語で男性の聖人を意味し、クレメンテ(Clemente)はローマ教皇クレメンス1世 のことを指します。
サンフランシスコ、サンディエゴ、サンノゼなど、元々はスペイン領だったカリフォルニア州には同じパターンの地名が数多くあります。サンタバーバラも女性の聖人を意味するサンタ(Santa)と人名の組み合わせです。
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意外だった開催地選出

オリンピックのサーフィン競技に話を戻します。開催地をより詳しく言えば、サンクレメンテ市内にあるトレッスルズと呼ばれるビーチです。
トレッスルズはさらに5つの地域に分けられ、それぞれにサーフィンの難易度やタイプがあるそうなのですが、オリンピック競技は最上級者向けだとされているLower Trestles(ローワー・トレッスルズ)で行われます。
トレッスルズという地名はビーチボーイズの名曲『サーフィン・U.S.A.』に登場します。「インサイド、アウトサイド、USA~」と繰り返される例のサビの部分です。つまり、ずっとずっと大昔から(同曲の発表は1963年)、トレッスルズはアメリカのサーフィン文化を象徴する名所のひとつでした。
それにもかかわらず、トレッスルズのオリンピック開催地選出は地元ロサンゼルス周辺では意外な結果だと話題になりました。最有力候補だと思われていたのは「サーフシティUSA」の商標で知られるハンティントンビーチでしたし、パリ・オリンピックでのタヒチのように、ハワイでサーフィン競技を行う案も魅力的でした。
さらには砂漠のオアシスリゾートであるパームスプリングスの人工波プールが選ばれるかもという噂まであったのです。
トレッスルズは、良質の波が安定してやってくることが開催地選出の最大の理由と見られています。さらにもうひとつ、この地には開発から守られた貴重な自然が残っていることも背景にあるのかもしれません。
自然環境保護とオリンピックは両立できるか

現状、トレッスルズへのアクセスは非常に不便です。何しろビーチ付近にはホテルやレストランはおろか、駐車場すらありません。もっとも一般的な方法は、州間高速道路 5番(I-5)の出口から海岸とは逆の方向に向かい、路上駐車した場所から高速道路を越える歩道を使って徒歩か自転車で海へ向かうルートです。
車を降りてから海を見るまで、最低でも片道1マイル(約1.6㎞)以上は覚悟しなくてはなりません。最近は電動自転車が主流になっているようですが、それでも昔ながらにサーフボードを小脇に抱えて裸足やサンダルでペタペタ歩く人も少なくありません。

鉄道を利用するのはもっと不便です。海岸に沿って線路が通っていますが、最寄りの駅(San Clemente Pier)からトレッスルズまでは5㎞以上離れているからです。そこから線路わきのトレイルや砂浜を歩いてトレッスルズへ辿り着くことは可能です。
腐っても長距離ランナーの私は(腐っていませんが)、実際に走って行ったことがあります。しかし、まともな人は普通そんなことはしません。しかもサーフボードを担いでいくとなれば尚更です。

どちらのアクセス方法を取るにしても、線路をくぐるコンクリート製の橋が見えてくれば、その先に砂浜が広がっています。高架橋のことを英語ではtresle(トレッスル)と言い、それが地名の由来です。
このように人が容易に近づけないからこそ、美しい自然が残っているのでしょう。白い砂、青い空、広い海、そして大きな波に挑むサーファーたち。それしか視界に入るものはありませんし、トレッスルズの魅力でもあります。

自然環境保護の観点からは、この地にオリンピックがやってくることへの懸念はあります。ロサンゼルスのカレン・バス市長は2028年のオリンピックを”Car-Free”、つまりすべての会場への行き来を公共交通機関に限ることを宣言しています。従って、トレッスルズに広い駐車場が建設されるようなことはないでしょう。
しかし、まったく人を集めないのであれば、オリンピック開催の意味はありません。大会期間中だけ鉄道の臨時駅を作るか、なんて話も出ていますし、観客を市中心部からシャトルバスで運ぶための道路くらいは整備されるかもしれません。

はたして自然環境保護と大規模スポーツイベントは両立できるでしょうか。オリンピック期間中も終わった後も、トレッスルズは現在のような静けさを保てるでしょうか。何かを足すのではなく、何を残すことができるか。それこそがレガシーになる。私はそんな風に感じています。
2028年ロサンゼルス・オリンピック公式ウェブサイト内サーフィン競技案内:
https://la28.org/en/games-plan/olympics/surfing.html