
現場から数百メートルほど離れた丘の上には、僕よりも先に現地入りしていた大勢の撮影者たちが集まっていました。カメラの望遠レンズ越しに見ると、殺された羊の死骸と、時折ちらりと姿を見せる雪豹の姿をかろうじて目にすることができましたが、撮影をするには、距離も光の角度も、残念ながらあまり条件がよくありません。
【雪豹に会いに、インド・スピティへ 第3回】
夜が明ける瞬間を狙って、雪豹の撮影に挑戦!

僕は友人と相談し、彼が紹介してくれたスピティ人のスキャナー(現地でのネイチャーガイドに対する呼称)の男性とともに、デムルでもう1日、粘ってみることにしました。
翌朝、日が昇る前に、僕はスキャナーの男性とともにホームステイ先の家を出発し、前日の現場に再び向かいました。スキャナーの男性は、羊の死骸にはまだたくさん肉が残っていたから、雪豹も同じ場所にいるはずで、ほかの撮影者がいない早朝なら、昨日よりもう少し近い場所から撮影できるだろう、と僕にアドバイスしてくれました。

二人きりで、できるだけ気配を殺しつつ、昨日いた場所よりも200メートルほど近い丘の背後まで移動。上をふり仰ぐと、稜線の上に、雪豹の母親と子供の姿が浮かんでいました。
ちゃんと写っていてくれ……と、祈るような気持でファインダーを覗きながらシャッターを切り続ける間、僕は、雪豹の母親と子供のまなざしが、まっすぐに自分に注がれているのを感じていました。
羊の死骸を巡る、狼と雪豹のにらみ合い

昨日いた丘の上まで後退し、三脚にカメラを据えて、観察を続けます。朝の時間帯は、僕たちの背後から太陽光が射しているので、昨日よりもずっと撮影しやすい状態でした。

しばらくすると、羊の死骸の気配を嗅ぎつけたのか、一頭の狼が、姿を現しました。犬に似ていますが、ぴんと上に尖った耳、鋭い鼻面、ふさふさとした尻尾などが特徴的です。

羊の死骸を挟んで対峙する、雪豹の母親と狼。一対一では勝てないと察したのか、狼は羊をあきらめて、何処かへと去っていきました。

勝ち誇ったように羊の死骸の脇に座りながら、雪豹の母親は、朝の眩しい日射しに目を細めていました。
こうして僕は、スピティに到着した直後にいきなり、運良く雪豹を目撃することができました。ただそれは、この後に続く雪豹たちと過ごした冬の日々の、ほんの始まりにすぎませんでした。