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    2021.05.02

    パンからクラフトビールまで!野生酵母でタルマーリーは「腐る経済」実践中

    地域に根ざしたクラフトブルワリーを紹介するシリーズ、第10回は鳥取県八頭郡智頭町のタルマーリー。マルクスの『資本論』を読み解いた『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(2013年)を著した、渡邉格さんのブルワリーである。

    パンのためのビール酵母づくり。上澄みは飲めばいい

    渡邉格(いたる)さんと麻里子さんのふたりが経営するタルマーリーは、パン好きには知られたパン屋さん。この地で3軒目になる。1軒目は2008年、創業の地は千葉県の外房、いすみ市だった。2011年、東日本大震災が起きる。まだ幼い子のことも考えて千葉を離れ、2012年、岡山県の勝山へ。そして2015年に現在の智頭町へ移転した。

    タルマーリーは天然酵母を使ったパンづくりを追求してきた。酵母はもちろん他の原料も厳選し、時間をかけて焼き上げたパンは、今でこそめずらしくないが、10年前から1個500円も600円もした。それがパンに目がない人、自然志向の高い人、食物アレルギーに悩む人たちなどが、遠方から車で訪れては買っていく。地元の人から「不思議なパン屋」と思われていたのは想像に難くない。

    天然酵母で発酵させるタルマーリーのパン。(c)MinaSoma

    そんなパン屋のタルマーリーが、なぜクラフトビールを造りはじめたのか。きっかけは、パンづくりの飽くなき探求の過程にあった。

    タルマーリーのパンはさまざまな天然酵母を使うが、主役は米でつくる酒種だ。日本酒の醸造に使われる酵母である(ちなみに、市販のパンでよく使われている酵母がイースト菌)。酒種を使ったパンの製造技術を、すでにタルマーリーは確立していたが、「麦からつくる酵母のほうが、もっとパンと合うんじゃないかという直感があった」とタルマーリーの代表、今はヘッドブルワーの渡邊格さんは話す。パンの原料は小麦、ビールの原料は大麦、小麦だ。

    「そこでビール酵母を使ってパンをつくってみたら、いいバケットが焼けました。これは面白いと思いました.。そうしてしばらくは鍋でビール酵母を仕込んでいた。そのうち気づいたのです。ビールを20リットル仕込むのも、200リットル仕込むのも手間は変わらないなと」

     実は、渡邉さんは大のビール好きだった。「好き過ぎて仕事として追求できそうにないから」、あえてビール醸造には近づかずにいたというほどだ。それがビール酵母パンにたどり着き、ついに一線を越える。

     「ビールを醸造して、タンクの下に溜まった酵母をパンに使い、上澄みはビールとして飲めばいい。効率がよく、人生の喜びにもなります」

    こうして、タルマーリーはクラフトビールづくりに着手。醸造設備を整えられる物件を探して、鳥取県智頭町、廃園になった保育園にたどりついた。

    智頭町は岡山県と兵庫県に接する。面積は大阪市と同じくらいだが、人口は6700人あまり(20213月)という、大きくても小さな町だ。10年前、被災した人が仮住まいできる「疎開保険」を最初に始めた自治体であることも過疎地を物語る。

    (c)MinaSoma

    山深い智頭町。道路の向こうに見えるのがタルマーリー。 元保育園の教室を活かしたカフェスペース。 (c)MinaSoma

    野生酵母の不思議な力に魅せられて

    パンと同様、渡邉さんはビールも野生酵母(天然酵母)からつくる。野生酵母とは、自然の空気中に浮遊している菌たち。酵母メーカーから仕入れるのではない。

    たとえばレーズンの皮に付着した菌から培養する酵母。キウイ、イチジク、小麦に付いている菌も、いい酵母になるという。野生だからいろんな菌がいる。いつも同じ種類とも限らない。それらでビールを仕込むと、うまく発酵することもあれば、突然、動かなくなることもある。

    醸造中の渡邉格さん。

     野生酵母でつくるビールとふつうの酵母でつくるビール、何がそんなに違うのだろうか? 

    タルマーリーのビールは、2か月ぐらいかけて発酵させ、それから半年から2年ほどエイジング(熟成)する。熟成期間は、「レベルシードエール」は2年熟成。「エイジドセゾン」は1~2年。「セッションエール」が半年~1年。

    「レベルシードエール」は柑橘ピール、コリアンダーシード、カモミールを副原料に使っている。そのせいか後味にスパイシーさを感じる。「セッションエール」は副原料にハチミツ。共通しているのは、やや柑橘系のスッキリした飲み心地、後味もスッキリ。拍子抜けするぐらい残らない。

    「エール」とついているが、これ、ラガーではないの!? 酵母の種類(下面発酵か上面発酵か)を渡邊さんにたずねると、「それが面白いことによくわからないんですよ」と驚きの答えが返ってきた。

    「いろんな温度で発酵するんです。1213度Cの常温でも発酵するし、夏場28度Cになっても発酵している。醸造の教科書には発酵が3日止まれば終わりなどと書いてありますけど、ウチの場合、1週間、1か月と止まっていても、ある日また動き出すんです」

    なぜ、そんなことが?

    「これが野生酵母の力なんでしょう。多種多様な菌が集まっているので、どこかの温度帯でどれかが発酵を始める。菌たちがみんなで支え合って醸しているような。みんなで遊んで、みんなで止めた! といって終わる。それを見守るのが私の仕事ですね」

    野生酵母だから5年、6年も熟成させたビールができる

    野生酵母の力、野生酵母にしか醸せないビールがある。

    「おいしいビールはたくさんあります。私はビール好きですから何を飲んでもおいしいですよ。だから変な言い方ですけれど、おいしさより意味のあるビールをつくりたいと思っています。ひとつ決めているのは、確実に料理の邪魔をしないビールであること。ビール好きでなくても飲みつづけられること。ふつうのビールバーに並んでいたら選ばれないようなビールをめざしています」

    と、半ば冗談のような渡邊さんの説明を聞いて、スッキリした後味に納得。それが1年も2年も熟成されて到達した味であることに感動を覚える。

    渡邊さんの著書『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』の基底にあるのは、自然界のものはやがて腐るという当たり前のこと。1週間経っても腐らないパンや野菜、半永久的に腐らないお金が、いかに不自然であるかが考察されている。食べ物は腐る。人間から見てそれがおいしい変化であれば「発酵」と呼び、まずくて害になれば「腐敗」と呼ぶ。酵母も菌だ。生物本来の力で腐る(発酵する)からビールは味わい深くなる。

    「酵母や麦芽などの原料の生命力の、いちばん強い時にうまく加工してあげれば、5年、6年と寝かせられるんじゃないかとロマンティックな想像をしています」

    日本にはビールはできたてほどうまいという鮮度神話が根強いが、長い期間、熟成されたビールには格別な味わいがある。ベルギーには瓶詰めした後20年も持つビールがある。5年寝かせたビールはどんな味がするだろう?

    ビアバーオープン、若者や移住者が立ち寄る拠点に

    タルマーリーは今年の6~7月、JR智頭駅の近くに2号店をオープンする予定だ。1棟貸しの宿も併設したビアバーだという。

    智頭町は昔、林業で栄えた宿場町だった。それが今、どこの過疎地でも見られるが、空き家がたくさんある。町は移住者を迎える施策はしているものの、移住してきてもなかなか根づかないのが悩みである。

    タルマーリーの渡邉一家は、岡山から移住して7年目になる。

    渡邉格さんと麻里子さん。(c)MinaSoma 

     「外から来た人や若い人が気軽に集まれる場所があるといいなと思っていました」

     空き家も多いが土地もたっぷりある。渡邉さんには、移住してくる人が増え、さらに就農者が増えてくれたらという期待もある。酵母にこだわり、原料を厳選するのはパンだけではない。ビールの原料も同じだ。

     「人手があれば、大麦や小麦をつくることもできるでしょう。近所の畑で獲れた大麦をすぐに加工した麦芽を、野生酵母で仕込んだらどんなビールができるのか」

    酵母菌のつぶやきに耳を傾ける醸造家の夢はつづく。

    タルマーリーのクラフトビールは現在、オンラインでもなかなか手に入らない。現地へ行って、何年もよく寝たであろうビールの目覚めたところを味わってみたいと、こちらの夢もふくらむ。

    タルマーリー:https://www.talmary.com
    住所:鳥取県八頭郡智頭町大背214-1

    私が書きました!
    ライター
    佐藤恵菜
    ビール好きライター。日本全国ブルワリー巡りをするのが夢。ビーパルネットでは天文記事にも関わる。@ダイムやSuits womanでも仕事中。

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