
日本のクラフトビールに日本産のホップを。そんな夢を持って京都府北部の与謝野町でホップ栽培が始まったのが2015年。与謝野ホップを使ったクラフトビールASOBI BEERが生まれ、2023年には醸造所が完成。ブルワリーを運営するのは、ただのビール好きではない。地域課題の解決に挑む会社ローカルフラッグの若者たちだ。
学生時代に地域課題解決を目指して会社設立
京都府北部、丹後半島の付け根に位置する与謝野町。町を流れる野田川流域にホップの畑が点在し、川は日本三景のひとつ、天橋立を抱く阿蘇海へ注ぐ。
公共交通を使うと、京都駅からも大阪駅からも特急で2時間ほど。全国的に人口減少が続くが、与謝野町でも減少が続き、2026年現在で町民は2万人を切る。
この地域のまちづくりに取り組むのが株式会社ローカルフラッグだ。代表は与謝野町出身の濱田祐太さん。高校生の頃から地域活性化につながる活動に取り組んできた。将来は行政に関わる公務員か政治家になろうと、大学時代に市議会議員の事務所でインターンシップとして働き、いわゆる「鞄持ち」をしながら地域課題の現場に目を凝らした。
そこで濱田さんは、地域課題は行政に頼っているだけでは解決しないと知る。町の人口が減り、税収が減少する中、行政にできることは限られていく。濱田さんは「地域の魅力創出、空き家の問題、事業承継者がいない問題、こうした問題に行政の代わりに向き合う民間会社が必要だ」と考え、自ら地域創生会社ローカルフラッグを立ち上げた。2019年、大学4年生の時だった。

地元のホップを使ったビール工場をつくるぞ
なぜ与謝野町でホップがつくられているのか、簡単に説明しよう。
与謝野町は2015年からホップを生産している。はじまりはビアジャーナリストの藤原ヒロユキさんが、この地にホップを植えたことだ。与謝野町は妻の地元であり、ホップ畑に使える土地がいくつがあった。
藤原さんは日本らしいクラフトビールとは何かを模索し、そのひとつの答えが地産ホップを使ったビールづくりだった。日本のビールは、大手のビールもクラフトビールも、そのほとんどが原料を海外から輸入している。製法もドイツやイギリスなどの海外に由来する。ビールの風味に大きく影響するホップを「自前」にすることが、日本らしさの表現になると考えたのだ。
日本のホップ生産地は岩手の遠野、秋田の横手、北海道の富良野などが知られる。ほとんどのホップ農家は大手ビール会社と契約栽培を行なっている。その点、与謝野のホップ農家はビール会社との契約に頼らない。自ら販路を開拓する全国的にも珍しいインディペンデントなホップ産地なのである。

現在、日本各地で、小規模ながらホップ生産を手がけるブルワリーが増えている。ブルワリーの近くで生産し、収穫したての生ホップを使った「フレッシュホップビール」が造られる。通常、ビールには乾燥した粒状のホップが使われる。収穫期だけの生ホップで造られるビールは格別だ。
ただ、ホップの生産量がわずかなためビールの生産量も少なく、そのほとんどは都市部まで届かない。地元のフレッシュホップビールが味わえるのは、ホップ産地ならではの特権である。
さて、与謝野町ではホップは生産されたが、それを使う醸造所はなかった。そのため当初、与謝野ホップを使ったビールは各地の定評あるクラフトビール醸造所に委託生産してきた。当然、地元に醸造所を建てる計画もあったのだが、なかなか進まなかったようだ。
濱田さんはローカルフラッグ創立時から与謝野ホップの活用を重視していた。ビールが好きで、ホップの収穫作業に参加したこともあった濱田さん。なにより「地元産ホップ、こんなキャッチーなものはありません。会社を立ち上げるときから醸造所を造ると決めていました」と語る。

ビールのブランドは「ASOBI BEER」。大人だからこその遊び心いっぱいのネーミングである。フラッグシップの「PALE ALE」には与謝野ホップの中でも柑橘の香りが特徴のコロンバスという品種を使用している。柑橘を感じさせる香りとおだやかな苦味。爽快さと飲みごたえのどちらも感じられるビールだ。
そして、上で述べたフレッシュホップを使ったビールは「ましましホップ」。ホップを「PALE ALE」より“増し増し”で使い、さらに隣町で生産される宮津レモンの搾りかすを加えたIPAで、いちだんとフレッシュで力強いホップ香が楽しい。
「与謝野ホップを使用したビールをしっかり通年で造っていくことが大事。安定供給できるようホップ生産量も伸ばしていく必要があると思います](濱田さん)
気候変動や人手不足に直面するホップ畑
実は与謝野町のホップ生産量は近年減少している。最盛期に1.6tあった収量は、2025年は400kg弱に落ち込んでいる。一方で生産者数は、2015年は2名だったところ、現在は法人・個人合わせて8名に増えている。
生産者が増えているのに、なぜ生産量は減少しているのか。京都与謝野ホップ生産者組合にその事情を聞くと、「気候変動(温暖化)、高齢化、人手不足と複合的です。毎年の暑さはホップの生育に悪影響があると考えられますし、農作業の負荷にもなっています。生産者の半数以上が60代、70代ですので、今後の栽培継続が難しいという方もいらっしゃいます」と厳しい現実を説明する。
気候変動対応として、収穫期を初夏に早めたり、逆に秋前まで遅らせたりするなど、試行を重ねているという。今後については「世代交代を促し、新規就農者を増やしていく必要があります。そのためにもASOBI BEERを運営するローカルフラッグと協力して、資金を集めたり、若い方への発信に力を入れていきたい」(京都与謝野ホップ生産者組合)
ローカルフラッグは与謝野ホップを継続していくために、さまざまな取り組みを始めている。
そのひとつがホップの「株主募集」だ。株式会社の株主ではない。文字通り、ホップの株を1株33,000円で販売している。もちろん栽培は与謝野の生産者が行なう。株主優待の内容は、とれたてのフレッシュホップビールの進呈、ホップ栽培体験への参加権などだ。2年前から始まり、現在100口ほどの株主が投資している。集まった資金をホップ栽培に活かしていくつもりだ。
ローカルフラッグも自社でホップ生産を始めている。栽培専門のスタッフを雇用し、現在3反ほど(約3000㎡)の畑で生産している。今後も増やしていきたいと濱田さんは話す。

クラフトビールに地域課題のメッセージをのせて
与謝野町は日本三景のひとつ天橋立を有する町でもある。その天橋立の内海、阿蘇海で近年、牡蠣が大量繁殖し、浜に堆積した牡蠣殻が景観に影響、悪臭も問題になっている。
この問題にローカルフラッグは動いた。浜に堆積した大量の牡蠣殻を砕いて、ビールの水質調整剤に利用しているのだ。水はビールの味わいを左右する重要な原料で、水質はビールのスタイルに合わせて調整される。アルカリ性の殻はその調整剤に使えるのだ。

ただ、濱田さんはこう話す。「牡蠣殻を水の調整剤に使うだけでは、この問題は解決しません。ASOBI BEERを手に取ることで、阿蘇海の牡蠣の問題を知るきっかけになればと思っています」
「ASOBI BEER」は単にたくさん造ってたくさん売れればいい商品ではない。ビールを入り口に、地域の課題を知ってもらうためのメディアなのだ。
ローカルフラッグの本業はビール造りではなく地域の魅力づくり。目的は移住者を含め町に関わる人を増やし、地域に活気を取り戻すことだ。ローカルフラッグのグループ会社である株式会社京都丹後企画では、承継の危機にあった土産店の再生、使われなくなっていた公共施設のホテルへのリノベーションなどを手がけてきた。京都丹後企画が、ここ2年で新規に立ち上げた拠点は5か所、雇用するスタッフも30名以上に増えている。
そうした新たな拠点のメニューには、地元のビール「ASOBI BEER」がある。地域の課題解決を目指した事業とクラフトビール造りは、実に相性のいい組み合わせではないだろうか。2026年5月には、与謝野ホップの株主でもある「メルキュール京都宮津リゾート&スパ」と連携し「ASOBI BEERテイスティングイベント」を実現している。
現在、日本は人口減少のフェーズに入っている。地域によっては移住促進策に20年ほど前から取り組んでいるが、今では多くの自治体が移住者の取り込みにしのぎを削る。
だからこそ「魅力的な仕事があることが一番大事」と濱田さんは言う。そして仕事だけでなく「いつも新しい取り組みにチャレンジしていることが大事。ここに来たら自分もそれに参加できる、この町は面白くなりそうだと、伸びしろを感じてもらうことが大事です」
京都丹後地域の魅力づくりに、ローカルフラッグの「ASOBI BEER」は欠かせない存在感を示しているように思う。
与謝野ホップの将来に向けてもローカルフラッグの取り組みは注目される。日本有数のインディペンデントなホップ生産地も、気候変動や人手不足という問題に直面している。どう乗り越えていくのか。地元のホップと地元のブルワリー。その両輪がフルに回る時、地域にどんなことが起きるのか。与謝野町にはクラフトビールの可能性が広がっている。

●ローカルフラッグ/ASOBI BEER 京都府与謝郡与謝野町下山田1342-1
https://local-flag.co.jp




