今回は、フランス領ポリネシア、マウピハ環礁(Maupihā Atoll)からお届けします。
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マウピハ環礁とは
ヨーロッパにも匹敵するほどの広大な海域に島々が点在するフランス領ポリネシア。その西の端に位置するマウピハ環礁は、古くから長い航海を続けるセーラーたちにとって、次の島々へ向かう前の重要な中継地とされてきました。環礁への入り口は、サンゴ礁がわずかに切れた一本の水路があるだけ。その幅は狭く、潮流も激しいため、通過には細心の注意が必要な難所として知られています。しかし、この場所には危険を承知で訪れたくなる特別な魅力があります。

古くからポリネシア人が暮らしていたとされるこの環礁は、1917年からコプラの生産のためにタヒチの会社へ貸し出され、その後もコプラ農園として利用されてきました。コプラとは、ココヤシの実の白い部分を乾燥させたもので、これを圧搾してココナッツオイルを取り出し、食用油や化粧品、石けんなど、さまざまな製品へと生まれ変わります。
やがて行政から居住権とコプラの生産権を得た人々が暮らすようになりました。私たちが訪れた2023年当時、この広い環礁でコプラ生産、漁業などで自給自足的な生活を送っているのは、わずか数組の家族だけでした。
「生命の木」が支える暮らし

ココヤシが支える島の暮らし
南の島では、ココヤシは「生命の木」とも呼ばれています。島々での暮らしを見ていると、その理由がよく分かります。葉は屋根を葺く材料に、幹は建材に、繊維はロープに、殻は燃料や器になります。果実は食料、オイルとして利用されます。一本の木が、人々の暮らしを丸ごと支えているのです。
19世紀になると、ココナッツオイルの需要が世界的に高まり、西洋人によって南太平洋各地にコプラ・プランテーションが開かれました。マウピハ環礁も、その流れの中でコプラ生産の島として利用されるようになりました。
マウピハでのコプラ作りは、今もなお全て手作業で行われていました。ココナッツを一つひとつ集め、厚い外皮を剥ぎ、殻を割って果肉を取り出し、それを天日で乾燥させます。単純な作業に見えますが、炎天下で行うかなりの重労働です。


ヨットが小さな補給船に変わる時
この孤立した環礁へ補給船がやって来るのは、コプラが一定量集まったときだけ。通常でも一年から数年に一回という、気の遠くなるような頻度なのだそうです。
では、人々は外の世界とほとんど関わることなく暮らしているのかというと、実はそうではありません。この環礁と外の世界をつないでいるのが、この海域を旅するセーラーたちです。
近くのマウピティ島へ立ち寄ったセーラーが、島の家族から預かった荷物をマウピハの家族へ届けることがあったり、人を運んだり。島から島へと旅するヨットは、ときに小さな補給船となり、人と人をつないでいるのです。
また、停泊させてもらう感謝の気持ちを込めて贈り物をすることも、セーラーの間で昔から受け継がれてきた習慣です。食品や生活用品、船や家の修理道具など、その土地で喜ばれるものはさまざまですが、外から物資を得る機会が極端に限られるこのような離島では、セーラーからの贈り物は特別な意味を持っています。
一見すると世界から隔絶されたように見えるこの環礁ですが、そこには海を通じて結ばれた、セーラーたちとの温かな交流がありました。

南の島の美しい食卓
私たちはこの環礁で素敵なご夫婦に出会いました。



同時期に滞在していたセーラーのご夫婦と共に、昼食に招待してもらいました。

セーラーチームは、事前にリクエストされていたサラダとデザートを持参しました。
島の恵みと、セーラーたちが運んできた食材が一つのテーブルに並びました。遠く離れた環礁で囲んだその昼食は、料理のおいしさだけでなく、人と人とのつながりを感じられる特別なひとときでした。
空を覆い尽くす海鳥たち
ご主人のポールさんに案内され、家の裏手から反対側の海岸へ向かうと、そこには驚きの光景が広がっていました。

空を覆うほどの海鳥の群れ。一斉に飛び立つ姿は、まるでヒッチコックの映画『鳥』を思わせる迫力です。もっとも、こちらの鳥たちは、たまにうっかり糞を落としてくるくらいで、人を襲うことはありません(笑)。木々にも地面にも無数の海鳥が集まり、まさに島全体が鳥たちの楽園のようでした。
人の少ないこの環礁は、長い旅を続ける渡り鳥や海鳥にとって、今も大切な休息地であり繁殖地になっているのでした。
この地で羽を休めていたのは、どうやら私たちセーラーだけではなかったようです。

小さな環礁での暮らしが教えてくれたこと
訪れる前は、「こんなにも遠く離れた小さな環礁で、どのような暮らしが営まれているのだろう」と、想像もつきませんでした。実際に目にしたのは、限られた環境の中で、自然の恵みと人々の知恵を生かしながら暮らす人たちの姿でした。
ポリネシアの人々には、素朴な暮らしの中にも美しさを見いだす感性があるように感じます。そこにフランス文化のエッセンスが加わることで、独自の美意識がさらに磨かれているようにも思えました。それは、この小さな環礁での暮らしの随所にも表れているようでした。便利な暮らしは、言うまでもなくありがたいものです。それでも、私たちの中には本来、自らの手で暮らしを築いていく「生きる力」があるのかもしれません。
マウピハで出会った人々の姿は、「よく働き、よく生きる」ということを、言葉ではなく、その暮らしそのもので感じさせてくれました。
この先、この島から人の暮らしが消え、本当の意味で海鳥たちだけの楽園になる日が来るのかもしれません。 それでも南太平洋の片隅には、逞しく暮らす人々の営みがあり、 海を越えて訪れるセーラーたちとの温かな交流があったことを、
私たちは忘れずにいたいと思います。




