とはいえ、「山から下ってすぐにお酒を飲めるお店=下山後酒場」というのは、思いのほか軒数が少ない。これまで登山口のある麓の町で、ゾンビのようにさまよい歩く〈酒場難民ハイカー〉をあまた目にしてきた。
そもそも山を下り終えるのは、ランチタイムには遅く、夜営業には早い時間帯の15〜16時頃だろう。そんな時間から、酒に卑しく、汗臭く、泥にまみれたハイカー相手に酒場を営業すること自体、店にとってはリスクだけが高く、メリットは少ない。
しかし酒飲みハイカーにとって、下山後に酒をいかに早く美味しく飲むことは、登山の根幹をなす切実な問題である。そこで本シリーズでは、その喫緊の問題の解決の一助となれるよう、各地の下山後に適した酒場を探し、訪ねて歩いていく。以下に著者が考える「下山後酒場の三箇条」を挙げておく。
・開店時間は遅くとも16時から。(週末など曜日限定での営業も可)
・登山口/下山口から徒歩圏内。または公共交通機関一本で行けて帰れる。
・立ち飲みではなく椅子席がある。
ただし、上記三箇条をすべて満たさなくても、わざわざ行くべき突出した魅力がある場合は、この限りではないことをご容赦いただきたい。なお、本文はあくまで酒場紹介に主軸を置き、登山情報には注力しない。これもまた著者が酒飲みハイカー&ライターなる所以である。
- Text

藤川満の下山後酒場探訪 File No.1 東京/高尾山・リバーサイド山ちゃん編
人気スポット高尾山の麓で異彩を放つ赤提灯の救世主

下山後酒場探訪の第一回目となる舞台は、東京都八王子市にある標高599mの高尾山。年間の登山客数はおよそ300万人とも言われ、その数は世界一を誇る。東京都心からもアクセスが良く、登山道も複数整備され、山頂付近まで繋がるケーブルカーもある。
日本全国、世界各国、老若男女が豊かな自然を気軽に楽しめるのが、その人気の理由というのは、もはや周知のこと。本シリーズの第一回目にふさわしい山であろう。
登山口となるのは京王高尾山口駅。周辺には名物のとろろそばを提供するそば店、洒落たカフェ、クラフトビールを提供するタップバーなど飲食店には事欠かない。ところが酒飲みハイカーの心と喉を潤す「酒場」となると、貧弱さが否めないのが同駅周辺の最大にして唯一と言ってもいい弱点でもある。

ひとまず最も歩きやすい1号路ルートから登り、登頂を果たしたら、人気ビアガーデン・高尾山ビアマウントの誘惑を振り払い、一目散に下山して高尾山口駅へ舞い戻る。
無事に下山したものの、15時頃の同駅周辺は早々に店じまいする飲食店ばかり。案の定じっくり腰を据えて飲める雰囲気はない。駅隣接の京王高尾山温泉・極楽湯で汗を洗い流し、併設レストランで一杯やるのもいいが、それでは安易すぎると個人的には思う。
そこで今回選んだ下山後酒場を目指し、駅前にのびる甲州街道を北へ(八王子市街地方面)向かって歩いていく。国道だけにクルマの往来は多いが、大概のハイカーが電車で都内へと帰っていくため、彼らの数は少ない。

目指す下山後酒場「リバーサイド山ちゃん」は京王高尾山駅から徒歩約15分。JR高尾駅からも甲州街道を南下して徒歩約15分という絶妙なロケーション。下山後に15分も歩くことに拒否感を覚えるかもしれないが、喉が渇いた酒飲みハイカーにとっては、これも登下山のコースタイムに含まれる誤差の範囲だろう。
周囲に飲食店もなくなり、少し寂しくなった甲州街道沿いに「リバーサイド山ちゃん」は不意に姿を現す。白く光る照明看板と3つ並んだ赤提灯が、暗闇に一際映える。ところがお店の入口は道路沿いから直接は見えず、少々不安が募る。実は入口は提灯の下を通り、軒下を10mほど進んだ奥まった場所にある。この特異な構造が、一種の「じらし」と思えば逆に高揚感は増す。

カラオケ居酒屋の仮面を被った鮮魚店がルーツの人情酒場

軒下の通路を奥に進めば、同店は甲州街道と浅川に挟まれた場所にあることが分かる。ゆえに「リバーサイド」なのである。
入口は浅川側にある引き戸。それを開けば、大きなテーブル席で二人の女性がカラオケ機能のあるテレビを見ながら談笑していた。一人は女将さんの山本サク子さん、もう一人は常連客の角田みどりさん。「昨日(日曜)は地元のお客さんが一杯で、もう大変だったのよ〜」とサク子さんの言葉が示す通り、赤ちゃん連れから90歳代までのローカル客中心に親しまれている酒場だ。

店内はテーブル席のほか、カウンターや小上がりもあり、5〜6人のグループなら余裕でくつろげる。開店時間は16時から。そのため週末や祝日になると高尾山下山後に訪れるハイカーもちらほらいると言う。サク子さん自身もかつては毎日のように高尾山に登っていたらしい。

お店のルーツは40年以上前に、同地で故人であるご主人と共に始めた鮮魚店「魚悦(うおえつ)」。鮮魚の販売だけでなく仕出し弁当なども提供し、魚の目利きと料理の腕を磨いてきた。その後鮮魚店の裏にビニールハウスを建て、屋台普請で居酒屋をスタート。1992年頃に現在の店舗を建てた。
時代の流れとともに鮮魚店を閉店、ご主人も他界し、その後約30年間をサク子さんは一人でこの店を切り盛りしてきた。「でも忙しい時には常連さんに手伝ってもらいますけどね」と笑うサク子さん。隣に座る角田さんもそのお手伝いさんのうちの一人だ。
近所に住むカラオケ機器を扱う会社社長が常連客だったこともあり、カラオケを導入したのは約20年前。最初は抵抗感があったものの、お客さんとの繋がりを大切にするため導入を決めた。現在一曲150円で楽しめるカラオケは、お客同士のコミュニケーションにも役立っているという。

ユニークな創作料理と目利きが冴える刺身で下山後の一献

忘れてはいけないのが酒と肴。大きなテーブル席に腰を掛け、カウンター上にズラッと並んだ品書きを眺める。ドリンクメニューはカウンターに向かって右側に掲げられている。まずは渇いた喉を潤すべくお酒を頼まねばなるまい。
- 生ビール、瓶ビール(いずれも中) 600円
- ウイスキー 500円
- 焼酎 450円
- 日本酒 (高尾山 一合)500円、冷酒(生酒 高尾山 本醸造 300ml)700円
- 梅酒、ウーロンハイ、サワー(レモン、青りんご) 450円
日本酒は隣町のあきる野市の中村酒造で醸される「高尾山」一本で通しているのが、むしろ潔い。しかもキンミヤ焼酎(一本2500円)がボトルでオーダーできるのは「質より量」を好みがちな、どうしようなもい酒飲みハイカーには朗報だろう。
日本酒は後で楽しむとして、最初の一杯目は瓶ビールとしよう。肴は品書きの中でやたらと気になって仕方がなかった「あれ!?」以外の選択肢はない。

名前から想像しようにも想像できない名物メニュー「あれ!?」は、エシャロットとマヨネーズを挟んだ餃子の皮を香ばしく焼き上げ、ラー油と松の実をトッピングしたユニークな一品。「おつまみに創作してみたけど、〈あれ!?〉以外の名前のつけようがなかったから……」とサク子さん。


2品目にオーダーしたのが居酒屋メニューの定番ポテサラ。ただしこちらは「ママ特製山ちゃんポテサラ」と名乗る。サラダの中に辛子明太子が仕込まれていて、食べていくうちに辛子明太子のコクと辛さが広がるからくりだ。ここでビールを追加注文しつつ、改めて品書きを確認する。
- 刺身ゆば巻 450円
- はんぺんチーズ焼 450円
- まぐろアボカドユッケ風 650円
- 自家製チャーシュー 650円
- 担々麺 750円
唐揚げやフライドポテトなど一般的な料理の中に、ひとひねり加えた一品が並び、レパートリーはノンジャンルで幅広い。3品目に頼んだ「きくらげ玉子炒め」は塩コショウのシンプルな味付けながら、コリッコリのキクラゲの食感が楽しめた。これはほっと落ち着ける家庭料理に類するだろう。


「うちの自慢は生物(なまもの)なんですよ」。鮮魚店を営んでいただけに、魚の目利きに自信のあるサク子さんおすすめの「刺身盛り合わせ」を満を持して味わう。参考までにこの日の魚介メニューの一部を挙げておく。
- まぐろ刺 650円
- サーモン刺 600円
- 真鯛刺 600円
- 酢だこ 650円
- 真だこ刺 600円
- 特大赤エビ刺 600円
- 〆さば 500円
この日の盛り合わせはマダイ、マグロ、アジの三種類が並んだ。ぷりぷりの食感と品のある味わいが広がるマダイ、柔らかでしっかり味を感じさせてくれるマグロ、ほのかな甘味が心地よいアジ。これらに辛口の日本酒・高尾山が合わないわけがない。
まさか高尾山麓で味わえると思ってもみなかった料理の数々と温かな雰囲気。自然と頬は緩みっぱなしとなり、杯を重ねるスピードは増す。ほんの少しばかりクールダウンをとるため店外に出てみる。ちなみにトイレも外にある。

お店のすぐ横には浅川が流れ、その対岸の森に京王線がのびる。ここは電車と豊かな自然がセットになった風景を眺められる鉄道ファン垂涎のビューポイント。何を隠そう若干鉄分多めの筆者とって、同店はこの上ないロケーションでもあったのだ。
夜風を感じながら数本の電車を見送れば、少しは酔いも冷めてきた。さて店内へ戻ってカラオケをBGMに、窓から鉄道風景を眺めながら、もう一杯飲んでいくことにしよう。
リバーサイド山ちゃん
東京都八王子市西浅川町19-2
TEL 042-661-1095
営業時間 16:00〜22:30(LO)
定休日 水曜
席数 カウンター3席、テーブル10席、座敷12席
(写真:著者撮影)





