カラスミを珍重しつつボラを「くさい」魚にした現代人 | 日本の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
  • OUTDOOR
  • NEWS
  • SUSTAINABLE
  • CAR
  • CAMP
  • GEAR
  • COOKING
  • OUTDOOR
  • NEWS
  • SUSTAINABLE
  • CAR
  • CAMP
  • GEAR
  • COOKING
  • 日本の旅

    2026.01.21

    カラスミを珍重しつつボラを「くさい」魚にした現代人

    カラスミを珍重しつつボラを「くさい」魚にした現代人
    ボラの卵巣から作るカラスミは今でも珍重されている。しかし、身を食べる人が少なくなった。それはなぜか? どうやら、それは人間の仕業である。しかも、そんなに昔のことではない。高度成長期の影響をボラがまともに受けてしまったのだ。だが、今では貴重な存在となった郷土料理を守る店があった! 筆者に10年越しの念願を実現させる旅を決意させた地とは?
    写真/'Histoire Naturelle des Poissons'(1828〜49)Smithsonian Libraries所蔵

    カラスミはエジプトやギリシャで生まれ、安土桃山時代に日本へ!

    ボラがジャンプするのは、体に付いた寄生虫を落とすためとか、天敵から逃げるためとか、酸欠時に水面に出て呼吸を助けるためなどと諸説あるが、まだどれも定説にはなっていない。写真/南あわじ市

    ボラの卵巣を塩漬けにして、そのあと塩抜きをして天日に干してつくるカラスミは、ウニやコノワタ(ナマコの内臓を塩辛にしたもの)と並んで日本三大珍味とされる。台湾でも、高級な乾物としてカラスミの専門店が多く並んでいる。

    台湾・台北の迪化街。さまざまな乾物や漢方薬に問屋が立ち並ぶ。
    台湾・台北の迪化街にあるカラスミ専門店。

    魚の卵巣を加工したカラスミ自体は、古代にエジプトやギリシャで発祥したとされる。古代エジプトや古代ギリシャではどんな魚の卵巣を使ったかは必ずしも定かではないが、ギリシャでは学名の種小名にもなっているギリシャ語でケファロスとよばれるボラの卵巣で、いまでも製造されている。イタリアでは、カラスミと同じような加工品をボッタルガとよび、ボラだけではなく、マグロやカジキの卵巣も使われている。

    日本には、安土桃山時代に明国から長崎に伝来した。中国から伝わった当時はサワラの卵巣で製造されており、延宝3(1675)年に高野勇助が長崎県・野母崎で豊富に漁獲されるボラの卵で製造することを案出したといわれている。

    台湾のカラスミは、清朝時代に台南周辺で大量に捕れたボラで作ったのが始まりとされているが、当初は塩蔵程度の簡単な保存法であり、技術が大幅に発展したのは日本の加工技術が伝わってからだという。いずれにせよ、沿岸に大量に回遊するボラの利用法として、世界各地でお互いに影響を与えながら発達してきた技術には違いない。

    長崎の地に安政6(1858)年に創業した小野原本店のカラスミ。7代にわたって無添加、無着色、時代に合わせた味加減で作り続けている。写真/小野原本店 https://onohara.co.jp

    江戸時代には格が高かった魚は、なぜ食べられなくなったのか?

    こうして各地で盛んだったボラ漁だったが、なぜ衰退してしまったのか。もともとボラは昔から食べられている重要な食用魚であり、江戸時代にはヒラメやマゴチと同じランクとされていた。

    調理前のボラ。(愛知県海部郡蟹江町「湯元館」にて)
    ボラは現在でも何種生息するか確定していない。世界に約75〜80種が生息するといわれている。図はボラの仲間でも種によって口元が異なることを伝えている。’Histoire Naturelle des Poissons’(1828〜49)より。写真/Smithsonian Libraries

    実際にボラを捌いてみると、脂の乗ったきれいな白身で、鮮やかな血合いの赤も美しい。ところが、昭和40年代前半の高度成長期に、工場や家庭からの排水で汚れてしまった河口や内湾部に住むボラは「くさい」といわれるようになった。これはボラの食性が大いに関係している。 

    透明感のあるボラの白身。(愛知県海部郡蟹江町「湯元館」にて)
    柵取りされたボラの背側。血合いの赤が鮮やかだ。(愛知県海部郡蟹江町「湯元館」にて)

    ボラは水底にたまった有機物のかけらであるデトリタスや、シアノバクテリアや珪藻などの付着藻類を食べる。水底で摂食するときには細かい歯の生えた上顎を箒のように、平らな下顎を塵取りのように使って、餌を砂泥ごと掻き集める。

    餌を砂泥ごと食べる食性に適応して、ボラの胃の幽門部には丈夫な筋肉が発達し、「ボラのへそ」とよばれている。水質汚染の激しかった時期、この砂泥ごと食べるボラの食性のために、汚泥の臭いがボラの身に移ってボラは「くさい」魚になってしまったのだ。

    ボラの胃の幽門部「ボラのへそ」。包丁で真っ二つに切れている。(愛知県海部郡蟹江町「湯元館」にて)

    家庭で魚を捌く生活もボラ漁師も激減した今、貴重な郷土料理を発見!

    ボラが敬遠されるもうひとつの理由には、ボラは頭部近くに小骨が多く、きちんと処理しないと硬い骨が気になる点があるかもしれない。家庭で丸のままの魚を捌く機会が少なくなり、切り身に慣れると少しの骨もずいぶん邪魔に感じるものである。 これらの原因でボラを食用として賞味するひとが少なくなり、生食するボラを専門に捕る漁師もほとんどいなくなった。

    ボラは、海の汚染を明確に味に反映する。高度成長期に比べて沿岸の水質が大幅に改善した現在、たまにボラの刺身を居酒屋で見かけるようになった。10年以上も前に愛知県海部群蟹江町の郷土料理として、ボラの幼魚であるイナを使った「いなまんじゅう」という料理法の存在を知った。

    愛知県海部郡蟹江町は川漁、舟運が盛んだった。戦前の写真からは、家が堤防の川側にあり、暮らしと川、舟が近かったことがわかる。蟹江町の広報誌『まちから』(No.576)より。

    過去に「いなまんじゅう」を名物としていた蟹江町の料理店に何回かお電話したところ、イナを捕る漁師がいなくなったので、もう料理ができないというお返事をいただいて、半ば諦めていた。今回、蟹江町の湯元館という料理旅館に頼み込み、ボラの刺身と「いなまんじゅう」を料理していただけるということで蟹江町に行くことになった。

    ※とくに表記のない写真は湯本貴和さんの撮影

    湯本貴和さん

    1959年徳島県生まれ。日本モンキーセンター所長。京都大学名誉教授。理学博士。植物生態学を基礎に植物と動物の関係性を綿密に調査。アフリカ、東南アジア、南米の熱帯雨林を中心に探検調査は数知れず。総合地球環境学研究所教授、京都大学霊長類研究所教授・所長を務める。京大退官後も旅を続け、調査を続け、食への飽くなき追求を続けている。著書に『熱帯雨林』(岩波新書)、編著に『食卓から地球環境がみえる〜食と農の持続可能性』(昭和堂)などがある。日本初の“食と環境”を考える教育機関「日本フードスタディーズカレッジ 」の学長も務める。

    あわせて読みたい

    琵琶湖の固有種のビワマス。学術上の手違いから長い間なかった学名が今年ついた!

    琵琶湖の固有種のビワマス。学術上の手違いから長い間なかった学名が今年ついた!

    ビワマスを狙う若き漁師に同行し、不漁続きの琵琶湖の状態を湖上から体験した!

    ビワマスを狙う若き漁師に同行し、不漁続きの琵琶湖の状態を湖上から体験した!

    NEW ARTICLES

    『 日本の旅 』新着編集部記事

    いま深谷ねぎが旬! 埼玉の道の駅「おかべ」人気商品&グルメBEST3を発表

    2026.01.19

    かつて日本中で獲られ、食されていたボラ。各地に残る漁法からボラを“食べる”歴史をひもとく

    2026.01.14

    【2026年】海で初日の出を眺めよう!エリアごとのおすすめスポットを紹介

    2025.12.17

    房総半島の真ん中にある鹿野山で、絶景ハイキングと寄り道カフェランチを満喫

    2025.10.30

    千葉県「勝浦朝市」で食べ歩き!昔と今が混在する港町の朝市を心ゆくまで満喫

    2025.10.01

    ビワマスを狙う若き漁師に同行し、不漁続きの琵琶湖の状態を湖上から体験した!

    2025.09.28

    琵琶湖の固有種のビワマス。学術上の手違いから長い間なかった学名が今年ついた!

    2025.09.26

    琵琶湖・淀川水系にしか生息しなくなったハスを最後の専門料理店で食した!

    2025.09.24

    今年も行ってきました、テントで巡る「なつ旅・北海道」

    2025.09.21