今回は東京都港区にある東京のシンボル周辺をめぐる「東京タワーGREEN WAY」です。
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32nd ルート:東京タワーGREEN WAY
前回のFILE.31「芝公園GREEN WAY」は、御成門駅から芝公園の園内までの超ショートコースを歩きました。今回は、いよいよ(ようやく?)芝公園から、その周辺へと足を踏み出します。題して、FILE.32「東京タワーGREEN WAY」です。
早速、今回のトレイルヘッド(トレイルの起点や終点)である芝公園へ。前回も軽く紹介したように、芝公園には都内で最大規模の前方後円墳があります。以前にも、その丸山古墳を訪れたことがあり、ひさびさに様子を見に行こうと思ったのですが、芝公園は大規模な工事中でした。そこで、今回は芝公園をスルーすることにして、先へと歩を進めます。
芝公園の脇の歩道を通り、「ザ・プリンス パークタワー東京」に続く道を進んでいきます。緑に囲われた気持ち良さそうな道を歩いていくと、徐々に樹影が濃くなっていきます。すると、開けた空間に出ました。芝生の広場とイングリッシュガーデンのような庭が広がっています。
芝公園に隣接していますが、ここは別の公園です。プリンス芝公園というホテルの公園なのです。そう聞くと敷居が高そうですが、宿泊客でなくても入園無料で利用できます。僕が足を運んだ日は、観光客らしき外国人が芝生に寝転んだり、すぐそばにそびえる東京タワーの写真を撮ったりしていました。
以前、FILE.29「虎ノ門・赤坂GREEN WAY」では、誰でも利用OKなホテルオークラ東京の庭園を紹介しました。こうした都心のホテルの快適な屋外空間、のんびりした時間を過ごす穴場スポットとしてオススメです。

プリンス芝公園を出て、ときどき後ろを振り返りながら歩いていきます。振り向きながら歩いているのは、東京タワーを写真に収めるためです。
せっかくならオリジナリティーのある構図で写真を撮りたい。でも、東京タワーそのものがベタな存在です。そうであるなら、下手な小細工はしない方がいいのかもしれない…。などと、あれこれ考え、いろいろな角度でカメラを構えつつ、歩を進めていたのです。結局、後から見返すと、東京タワーの写真はベタな構図の方がしっくりきました。

写真を撮りながら歩を進めていくと、立派な門が見えてきました。
台徳院霊廟
江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠は、1632年(寛永9年)に死去。同年、増上寺境内南側に建立されたのが、この台徳院霊廟(たいとくいんれいびょう)です。霊廟とは、亡くなった人や祖先の霊をまつるための施設です。
この霊廟は、1930年(昭和5年)に国宝(重用文化財)に指定されます。その後、太平洋戦争の東京大空襲で被災しました。秀忠の墓所は現在、増上寺安国殿裏の徳川家墓所に墓塔が建てられています。

台徳院霊廟から増上寺に進んでいくと、日比谷通り沿いの門が工事中でした。2032年まで、三解脱門(重要文化財、通称三門)の修復工事を行う予定だそうです。
増上寺
9世紀に空海の弟子である宗叡(しゅうえい)が、武蔵国貝塚(現在の千代田区麹町および紀尾井町あたり)に建立した光明寺が前身だといわれる増上寺。室町時代の1393年(明徳4年)、浄土宗第8祖酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)のときに真言宗から浄土宗に改宗し、寺号も増上寺と改めたそうです。
通説では、1590年(天正18年)の徳川家康の江戸入府の際に増上寺の前を通りかかり、12世源誉存応と対面したことがきっかけで、徳川家の菩提寺になったといわれています。増上寺はもとの貝塚から日比谷へ移りますが、1598年(慶長3年)、江戸城の拡張にときに家康の命によって現在地の芝へ移転しました。

増上寺の境内を出て、東京プリンスホテル前の日比谷通りを北に進んでいくと、また立派な門が現れました。
有章院霊廟二天門
こちらは、第7代将軍・徳川家継の霊廟として設けられた、有章院霊廟二天門(ゆうしょういんれいびょうにてんもん)です。霊廟の造営は1717年(翌享保2年)。台徳院霊廟と同じく、1930年(昭和5年)に国宝(重用文化財)に指定されました。1945年、太平洋戦争の空襲で大部分の建物が焼失。家継の墓所も、増上寺安国殿裏の徳川家墓所に墓塔が建てられているそうです。

有章院霊廟二天門の少し先、日比谷通りの芝公園三丁目交差点を左折し、東京タワー方面に進んでいくと、これまでと比べてやや地味な門が見えてきました。前回のFILE.31「芝公園GREEN WAY」で紹介した御成門です。
前回も書きましたが、御成門は増上寺の裏門です。ただし、裏門とはいえ、将軍などがお忍びで参拝する際などに通ったとされる門です。そういう説明を見聞きしていたので、風格のある門を想像していたのですが、ずいぶん控えめな雰囲気です。
もともと御成門は現在地より北側、現在の御成門交差点付近にありました。その後、明治25年の東京市区改正計画で道路が新設された際、現在地に移築されたそうです。

御成門の前の坂を登って東京プリンスホテルを回り込むように進んで行くと、ようやく東京タワーにたどり着きました。
東京タワー
言わずと知れた東京のシンボル、東京タワー。高さ333メートルの電波塔で、高さ150メートルと高さ250メートルにそれぞれ展望台があります。メジャー過ぎて逆に足を運んだことがない人も多いといわれますが、2024年9月には展望者数が1億9000万人を突破したそうです。

東京タワーのすぐ隣には、芝公園19号地があります。園内に歩を進め、もみじ谷に向かいました。
もみじ谷
もみじ谷は、1906年に造成された人工の渓谷です。高さ約10メートルの滝や渓流などが配され、その名の通り約200本のモミジが植えられています。歴史ある場所ですが、2017年から2020年にかけて大規模な修復工事が行われたそうで、園路などは新しく、とても心地よく歩けます。

もみじ谷から隣接する芝公園18号地に進むと、案内板が出ていました。
長柏園跡
長柏園(ちょうはくえん)は、明治から大正にかけて活躍した造園家である長岡安平(ながおかやすへい)の屋敷(跡地)です。西洋式の公園がどんなものか知られていなかった時代に、長岡安平は独自の考えでさまざまな公園を手掛け、近代造園の先駆者とも称されました。隣接するもみじ谷も、長岡安平の設計によるものです。

芝公園18号地を出て坂を下っていくと、赤羽橋交差点付近に多くの外国人観光客がいました。外国人の皆さんが顔を向けている方に振り返ると、東京タワーがきれいに見えます。
この交差点は、東京タワーの撮影スポットとして外国人観光客の間で話題になっているのでしょうか。確かにそこから眺める東京タワーも悪くありません。もっとも、この周辺ならたいてい東京タワーをかっこよく写せるのですが…。

東京タワーの撮影スポットである交差点から都営地下鉄の赤羽橋駅はすぐです。ということで、今回のFILE.32「東京タワーGREEN WAY」は、ここでフィニッシュです。

より広く一般的に知られていることから便宜的に、今回のルートを「東京タワーGREEN WAY」と名付けました。でも、実質は「増上寺GREEN WAY」です。
というのも、今回歩いた場所の大半が、もともとは増上寺の敷地だったからです。江戸時代の最盛期、増上寺の敷地は約25万坪もありました。わかりづらいと評判(?)のたとえでいうと、東京ドーム約17個分。もちろん、増上寺は今も立派な寺院ですが、現在の面積は約1万6千坪です。
実際に歩いてみると、増上寺がかつてどれくらい広い境内だったか、少しは実感できるはずです。東京タワーは遠くからも眺められるし、ついわかった気になりがちです。でも、歩くことでしか得られないものや理解できないこともたくさんあります。ぜひ、自らの足で増上寺(と東京タワー)周辺の魅力を感じてみてください。
■今回歩いたルートのデータ
|距離約2.2km
|累積標高差約10m
今回のコースを歩いた様子は動画でもご覧いただけます。
●東京タワーGREEN-WAY










