
ウポポイとはアイヌ語で「(大勢で)歌う」を意味します。2020年に開園した、ごく新しい観光名所です。その広大な空間には国立アイヌ民族博物館を始めとする諸施設が点在し、アイヌの文化と歴史を肌で感じることができるということを、駅のポスターなどでよく目にしていました。
事前に公式ウェブサイトで調べると、開園時刻は午前9時とありました。その少し前に白老駅に到着するために、午前6時頃に函館を出発する始発の特急に乗り込みました。普段は下調べというものをあまりしない私としては上出来です。しかし、そのウェブサイトには毎週月曜日が閉園日だとも書いてあることに注意を払わなかったのは愚かでした。
はい、私が白老駅の改札口を出てすぐの待合室がまったくの無人であることに戸惑っていたのは2025年6月16日(月曜日)の午前9時前だったのです。
偶然と幸運に導かれた最高のアウトドア体験

夕方のフライトまで時間はたっぷりあります。さてどうしたものかとしばらく呆然としましたが、気を取り直して、今日はマラニックに来たことにしようと自分の中で方針を変更しました。
マラニックとはマラソンとピクニックを組み合わせた造語で、タイムや距離を気にせずにのんびり走りながら観光することです。たったそれだけのことで、数時間くらいの時間を潰すことが苦にならない、長距離ランナーとはとても便利にできている人種なのです。
転んでもタダでは起きません。とくに走る予定はなくても、足元はいつもランニングシューズを履いていることも彼らの特徴のひとつです。
駅構内の周辺案内図を見ると、海はすぐ近いうえに、牧場などもたくさんあるようです。きっと素晴らしい景色を眺めながら、楽しく走ることができるでしょう。とりあえずは元々のお目当てだったウポポイをせめて外側からでも眺めてみようと、駅の北側へ回りました。
駅舎の外に踏み出すと、すぐ前の道路には人っ子ひとり歩いていませんでした。これだから北海道は大好きなのです。念の為に言い添えておきますと、駅の南側は商店が並んでいます。

走り始めてから数分も立たないうちに、すぐに蒸気機関車が展示された小公園があり、その奥に立派な木造の建物が見えてきました。白老駅北観光インフォメーションセンター『ポロトミンタラ』です。こちらは月曜日も開いているようです。
そこには土産物の他にレンタサイクルが置いてありました。自分の脚で走るよりずっとラクそうですし、よりたくさんのものを見て回ることもできるでしょう。あっけなく予定を再変更して、4時間1000円で電動アシスト自転車を借りることにしました。結果として、この選択は大当たりでした。
ウポポイの広大な敷地の外側を「立派だなあ、見たかったなあ」と思いつつ自転車を走らせていると、その裏側に『ポロト自然休養林』と書かれた看板が目に入りました。
後から知ったことですが、ポロトとはアイヌ語で「大きな沼」を意味するそうです。その名の通り、看板の後ろにはまるでネッシーでも出てきそうな神秘的な雰囲気の湖が見えています。


このような経緯で偶然出会ったポロト自然休養林ですが、自転車を走らせてみるとすぐに、ここがアウトドア愛好家にとって素晴らしいフィールドであることが分かりました。
広大な森のなかに、手つかずの自然を活かしたトレイルが整備され、深い木々の翠と湖の景色を楽しむことができます。湖、湿原、小川、そしてさまざまな種類の巨木など、バラエティーも豊かです。そしてそのひとつひとつが実に美しいのです。
しかも、この日の私はその大自然を独り占めでした。月曜日の午前中だったという事情が関係しているかもしれませんが、約2時間のサイクリングですれ違ったのはバードウォッチャーらしき人がひとりだけだったのです。
大きなシカには2頭出くわしました。立派なバンガローが並んだキャンプ場もありますが、そこも無人のようでした。ポロト湖ではカヌー体験も楽しめるそうですが、私自身は一艘の船らしきものも見ませんでした。
白老に住んでおられる方々には穴場という言葉は大変失礼かもしれませんが、北海道の大自然を全身で感じながら、アウトドアの楽しさを再発見できる絶好の場所として、多くの人に知ってもらいたいと思います。小さな声で本音を述べますと、できれば誰にも教えたくないという気持ちもほんの少しだけあります。

おまけ:三島由紀夫著『夏子の冒険』
私の幸運は白老を後にしてからも続きました。機内で読む本を探しに新千歳空港内の書店に立ち寄ると、北海道にゆかりのある作品を集めたコーナーに、「お嬢様が繰り広げるコメディタッチの冒険小説」のようなキャッチフレーズで、三島由紀夫著『夏子の冒険』の文庫本が山積みになっていました。その舞台が函館、白老と、まさに私が辿ってきたコースなのです。
三島由紀夫といえば、それまでの私には『金閣寺』、『豊饒の海』、『憂国』といった重厚な作品しか頭に浮かびませんでした。華麗で緻密な文体、耽美的かつ哲学的な世界観、そしてあまりにも衝撃的だった死。日本近代文学史上の巨人であることに疑う余地はありませんが、どこか近づきがたい印象があったことも確かです。
しかし、『夏子の冒険』には驚きました。破天荒なキャラクターとユーモアあふれる文章は、今すぐコメディー映画やラブコメのシナリオになりそうです。私がそれまで三島由紀夫という作家に抱いていたイメージからは遠く離れた、しかしトンデモなく面白い小説でした。おかげさまで、私は楽しい旅行をしただけではなく、好きな作家をひとり増やすこともできました。
さあ皆さん、『夏子の冒険』を読んで、白老に行きましょう。あるいは白老に行って、『夏子の冒険』を読みましょう。私は次回こそ、月曜日は避けて、ウポポイにも行ってみたいなあと考えています。
ポロト自然休養林(林野庁サイト内):
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/kokumin_mori/katuyo/reku/rekumori/poroto.html