020「星のや竹富島」旅行記【Vol.4】-竹富島のバトンを次世代の島民へ-[読者投稿記事] | 日本の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2019.01.17

020「星のや竹富島」旅行記【Vol.4】-竹富島のバトンを次世代の島民へ-[読者投稿記事]

020「星のや竹富島」旅行記【Vol.4】-竹富島のバトンを次世代の島民へ-[読者投稿記事]

これは、雑草ではない。昭和天皇の「雑草という名の植物はない」というお言葉もある。この植物は、竹富島の主食の一つになっていた穀物である。でも、庭に生えていたら間違いなく抜いてしまうだろう。

この植物は、「粟」(アワ)である。竹富島には川がない。だから稲作ができない。島で育ててきた穀物の一つが粟なのである。この畑は、何と「星のや竹富島」の一角にあるのだ。

粟栽培にも苦労があったそうだ。1年目、除草をして丹精込めて育てていた植物が雑草で、抜いてしまったのが粟だったそうである。
今年で3年目をむかえる。島のおじい(*1)を師匠に専属のスタッフが粟、芋などの作物栽培に取り組んでいる。現在、島内で粟を育てている人はほとんどいないそうだ。
(*1)沖縄の方言で「おじいさん」の意味

案内をしてくださったスタッフの言葉に感銘を受けた。

「竹富島の伝統文化を受け継いで次世代の島民に伝える役割を担いたい。」

手前のわらのようなものは、豊作を祈って立てられたススキのお供え物である。豊作を祈る祝詞もあるそうで、この儀式も継承したいと熱く語られていた。

思いが天に通じたのか、今年の祭りには、「星のや竹富島」の粟が使われたそうである。ドラマチックな話であった。

竹富港そばにあるビジターセンター「竹富島ゆがふ館」に祝詞をあげる島民のパネルがあった。

「星のや竹富島」の景色が地域に溶け込んでいるだけではなく、人も文化も融合していたのである。


※こちらの記事は過去の読者投稿によるものです。

一弛庵さん

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