【井手健介の夜分におそれいります】台風の夜の不思議な出会い
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    2017.04.29

    【井手健介の夜分におそれいります】台風の夜の不思議な出会い

    b*p
    キャプチャ
     
     
     
    鳥獣の愛情。
    それを確信する出来事があった。
     
    その夜は東京に台風が近付いていた。
    西荻窪の駅で降りた私は、どしゃ降りと強風の中、家へと急いでいた。
    いつものように不動産屋の前にさしかかった時、ふと、誰かから見られているような違和感を感じ、思わず立ち止まった。
     
    それは人ではなく小鳥だった。一羽の小鳥が私の足元に鎮座して、私を見上げていた。
    ポケットに入りそうなほど小さい、茶色と緑の混じった羽毛の、目のまんまるい小鳥だった。
    そのあまりにも「普通な」鎮座っぷりに、見慣れた風景は奇妙に現実感を失って、即座に「ポケモンGO」という言葉が浮かんだ。
     
    「こんなところにいると轢かれるぞ」話しかけても反応がない。ただ、近寄ると口をパクパク開けて、何かを欲しているようだ。その様子があまりにいじらしく、あわれに思った私は、パンを買いに行き、現場に戻って、それをちぎって与えようとしてみた。しかしこれがなかなかうまくいかない。そしてみるみるうちに横殴りの雨に濡れていく小鳥(と私)。
    これは、もしかしたらかなり衰弱してるのでは… そう思ったとたん、うーん、とてつもなく心配になってきた。目の前の人間から逃げる体力すら失ったこの小鳥は、困難な今夜を越せないのではないか。
     
    短い時間にたくさん悩んだあげく私は、思いきってそのヒナを連れ帰ることにした。
    今晩中に死ぬとしても、暖かいところで最期を迎えてもらおう。
     
    帰るなり私は湯を沸かし、ペットボトルにいれ、湯たんぽを作った。段ボールの中に湯たんぽを設置、その上にバスタオルを敷き、その上にヒナを置いてみる。遠くからドライヤーの風を当てる。
    身体を手で包むように掴むと「ピエ~~~!」と断末魔のように鳴いたが、無理やり口ばしに指を突っ込んで、ごはん(ゆで卵の黄身)と水を与えた。
    それから、そっとふたをして様子をみることにした。
     
    それから1時間ほどだろうか、すっかりおとなしくなった段ボールのふた。おそるおそる開けてみた。「死骸」を見るかもしれない恐怖。
    するとどうだろう、そこには羽毛のふわふわした、まあるい、完全体の鳥、完全鳥、「ぴーちゃん」がいた!
    思わず覗き込む私と猫。
     
    別人のようにすっかり元気になったぴーちゃんはこちらを見て、先ほどの断末魔とは明らかに違う声でピーピーと鳴いている。やばい、これはすごくかわいい。また黄身と水を与える。
     
    少し落ち着いてインターネットで調べてみると、“巣立ちヒナ”といって、すでに自力で飛ぶまでに成長してはいるものの、単独でエサをとることは出来ない、成鳥の一歩手前のヒナだという。羽の模様からして“ムクドリ”ではないかと判断した。
     
    そして、調べによると、ヒナとはぐれた親は、数日は我が子の鳴き声を覚えているのだという。野鳥のヒナを保護した場合は、同じ場所に、なるべく早朝に戻してやるのが良い(現在の日本では野鳥を家庭で飼うことは法律で禁止されている)。そうすると、我が子の鳴き声に気付いた親が迎えにくる事があるという。本当だろうか?
     
    外は台風。家の中には、私と猫と小鳥の時間が流れていた。
     
    猫が一家の中で最も小さな存在ではない、という事実が、妙に可笑しかった。そう思うと、猫は猫で、お姉さんになったような眼差しでぴーちゃんを見つめている気もしてくる。家族が増える、というイメージが一瞬浮かんだが、すぐにかき消して寝た。
     
    翌朝、雨はすっかり上がっていた。
    ぴーちゃんの入った段ボールを抱え、昨日の不動産屋の前までやってきた。
    段ボールを店舗の前に置き、ふたを開けると、すっかり元気になったその小鳥は私を見上げ、首を傾げた。
    ぴーちゃん、鳴くのだ。今なのだ。お母さんを呼ぶのだ!
    そう強く思った瞬間、自分の中にそんなピュアなエモーションが湧いて来た事がすこし滑稽に感じられた。自分はいったい何をやっているのだろう。
     
    ぴーちゃんは力いっぱい鳴いた。
    私は、それを、少し離れた場所からじっと見ていた。
     
    鳴き続けるぴーちゃん。
     
    すると、信じられないことに、ほんとうに母鳥が迎えに来たのだ! ほんとうに!
    どこからともなくやってきたその鳥は、ぴーちゃんの頭上をぐるぐると廻っていた。
    まるでM・ナイト・シャマランの「レディ・イン・ザ・ウォーター」で、ずっと待ちわびていた伝説の鳥が本当に現れたあの瞬間のように。
    そして、ぴーちゃんに向かって「こっちへ来い」というように鳴き続けていた。
     
    ぴーちゃんは、母鳥の元へ飛んだ。
    そして、それを確認した母親が少し先へ移動すると、またそれを追って飛んだ。
    それを何度か繰り返したあと、2羽は完全に私の見えないところまで飛んでいった。
     
    寝間着の私を置いて。
     
    キャプチ2ャ
     
     
    キャプチャ
    <井手健介>
    1984年3月生まれ 宮崎県出身。
    東京・吉祥寺「バウスシアター」のスタッフとして爆音映画祭等の運営に関わる傍ら音楽活動を始める。
    2012年より「井手健介と母船」のライヴ活動を開始、不定形バンドとして様々なミュージシャンと演奏を共にする。
    2014年夏、「バウスシアター」解体後、1stアルバムのレコーディングを開始、2015年8月、待望となるファーストアルバム『井手健介と母船』をリリースした。

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