きじ丼かキジ丼か。それが問題だ
「きじ丼」あるいは「きじ飯」と呼ばれる料理がある。鶏肉を甘辛い味付けで照り焼きにしてご飯と合わせたものだが、材料はニワトリなのになぜか名前ではキジを騙っている。「鶏丼」あるいは「鶏めし」が適当なんじゃないか。
しかし、それでは困るのだ。「鶏めし」は鶏を米と炊き込んだ料理だし、「鶏飯」と書いたら奄美の郷土料理の鶏飯(けいはん)と紛らわしい。これらとは別の「照り焼きの鶏が載ったご飯」を指す料理名が必要であったため、材料に鶏を使っているのにきじ丼。きじ飯と呼ばれているのだろう。これで間違うことはない。めでたし、めでたしである……と言っていいものか。
不憫なのは名を奪われたキジだ。キジとはまったく別のチキンが、国鳥である自分の名を騙って商売をしている。キジとしては心中穏やかではあるまい。そういえばキジは「ケーン!」と鳴く。あれはきじ丼に向かって「険!」 って言ってるのかもしれない。
調べてみると、キジ丼にはかつては本当にキジが用いられたようだ。キジが身近な狩猟鳥獣であった時代には、甘辛く味つけされたキジがご飯に載った真のキジ丼が存在していた。はたして本物のキジ丼はどんな味だったのか。
キジ、鳴かずとも撃たれる
そんなことを考えていたら、ハンターの友達からキジがやってきた。キジも鳴かずば撃たれまいに……なんてことはなくて、鳴いていないのに撃たれたそうである。今こそ奪われた名をキジに返すときだ。これは真のキジ丼をつくらないわけにはいきますまい。さっそく鶏肉を買ってきて、同じ味付けで食べ比べてみることにした。




キジを解体して肉にする
鶏は精肉されたものを買ってくるだけだからわけはない。問題はキジである。ハンターの友達が送ってくれた解体の手引きを参考にしてナイフを操り、ツルリと皮を剥いていく。
……嘘です。私、嘘をつきました。とてもツルリとはいかなくて、剥皮には小一時間かけました。カモやニワトリは羽根をむしって丸裸にするけれど、キジは毛鉤の素材として残したかったので皮ごと羽根を取り去りました。
キジはニワトリと比べて皮が薄く、おまけに予備の胃袋のような器官の嗉嚢(そのう)が胸にある。破ると肉が砂まみれになってしまうので初心者はひょいひょいとは作業を進められない。慎重に肉から皮を剥がしていく。

解体するとキジはふたまわりほど小さくなった。部位ごとに切り分けるとニワトリよりかなり小さいことに気づく。ニワトリのモモ肉1枚ぶんのほうがキジの半身よりまだ大きい。これが品種改良の力か。人間の食欲ってすごい。

米を炊く出汁に使うべく、残ったキジのガラを煮出す。丁寧に洗って熱湯で流してから火にかける。……と、ガラを煮た湯気が鼻をふわりとくすぐった。不穏。ウ○コのにおいがする。弾が腹腔を抜けていたため、内臓のにおいが移ったのかもしれない。

キジ丼のお味やいかに!?
ガラの出汁をとるのはあきらめて水から米を炊き、炊けるまでの間にキジとニワトリをフライパンで焼き上げる。両面を焼いたら切り分け、酒、醤油、味醂、砂糖、ニンニク少々を入れてタレを煮詰めていく。どんな肉とも合うこと間違いなしの、世界を席巻したTERIYAKIのにおいが漂う。

炊き上がった米に炒り卵を散らして、それぞれの肉を載せ、海苔をふりかける。海苔、卵、照り焼き。これも間違いない組み合わせだ。まずはきじ丼から食べる。うん、安定の味! 噛むほどに柔らかい肉から脂と肉汁が溢れ出してくる。海苔と卵もいい仕事をしている。やはりニワトリは美味い。


続けて真・キジ丼を食べてみる。口に入った瞬間まではニワトリと一緒だが、噛んでみると……まあまあ硬い。胸もモモも、ニワトリの親鶏のような硬さがある。食感は鶏のささみのソフト燻製が似ているかもしれない。味はニワトリと比べると繊細だ。くさみはないがニワトリのような強い旨みもない。噛んでいるうちに奥のほうからじんわり滋味がやってくる。これは照り焼きのような強い味付けより、塩と胡椒をして炙るような調理法が合っている。新・きじ丼と真・キジ丼。現代的な料理としてはニワトリのほうに軍配があがる。
キジをくれた友達に率直な感想を告げると、
「まったくその通り。野生のままのキジと、美味くするために品種改良を続けたニワトリじゃ単純な味では勝負にならないよ。でも、野生の鳥としてはキジはおいしい部類だし、10日以上寝かせてから燻製にしたキジは身がしっとりとしてなかなかのもの。キジは燻製がいちばん美味しいんじゃないかな」
とのこと。やはり淡い味付けで楽しむのが正解のようだ。
ハンターの知人がいないと、なかなか食べる機会のないキジだが、各地にキジの養殖場があり肉の通販も行われている。真・キジ丼の味が気になる人はぜひ、お取り寄せを!








