元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターが猟師に!人生最大にして最高の頂きものとは? | 狩猟 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
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    2025.12.09

    元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターが猟師に!人生最大にして最高の頂きものとは?

    元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターが猟師に!人生最大にして最高の頂きものとは?
    猟師への転身を決意したミキオ。何はともあれ住む場所探し。元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターによる、脱サラ猟師エッセイ。どうする、どうなる⁉
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    黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙 第2回 人生最大の買い物、のつもりが……

    狩猟家 黒田未来雄

    1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟経験を積み、その10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを退職して北海道に完全移住。狩猟採集生活を行ないつつ、作家としても活動する。

    サラリーマンの王道〝35年ローン〟

    「人生最大の買い物は?」
     
    と聞かれたら、多くの人が「家」と答えるのではないだろうか。
     
    僕も同じ。41歳のとき、NHKの地方局勤務から東京に戻るタイミングで、都内に新築マンションの一室を購入した。職場のある渋谷までは地下鉄で30分。駅徒歩5分、約70平米の3LDK。
     
    そして、僕がマンション内で所有する区分の割合に応じた、12平米弱の土地のオーナーにもなった。それなりのお値段だったので、当然ローンを組んだ。月々の返済が最少になるように、35年だ。


    いい大学を出る。いい会社に入る。マイホームを購入する。どれも一般には良いこととされていて、それらを人生の目標に置く人もいるだろう。確かに決して悪いことではないけれど、実際にやってみると「レールに乗った感」は半端ではない。特に、35年ローンは王道中の王道。完済するころには76歳、後期高齢者のおじいちゃんだ。人生80年としたら、残りは4年しかない。頑張って百年生きたとしても、生涯の3分の1以上を返済に費やすことになる。銀行で個室に通され、ローンの契約書に署名捺印したときは、「やっちまったぜ……」とため息をついたものだ。

     
    そしていまひとつ理解できないのが、購入した土地についてだった。僕の部屋が何階の何号室かは、当然ながらに明確だ。でも僕の12平米の土地は、自分の部屋の真下なのか、あるいは裏の駐輪場のあたりなのか、一体どこにあるのだろう。友人の不動産屋さんに聞いてみたところ、決まっているのは面積だけで、具体的に「ココがミキオさんの土地です」と設定されているわけではないそうだ。
     
    不動産とは、その名のとおり動かざる財産。いろいろな財産の中で最も確固たるものだと思っていた。建物が壊れても大地が消滅することはないので、土地はなおさらだ。ところが実際はなんだかバーチャルすぎて、「ちゃんと僕が所有しているんだ」という実感が全く湧いてこなかった。

    父は空 母は大地

    突然ですが、シアトルさんはご存じですか?
     
    シアトルと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、人間ではなく都市だろう。その地名の由来となったのが、ネイティブ・アメリカンの偉大な首長、チーフ・シアトルだ。なぜここで、急にチーフ・シアトルが登場したかというと、不動産売買について考えさせられるエピソードがあるから。

     
    1854年、アメリカ合衆国第14代大統領は、先住民の土地を買収し、代わりに居住地を与えると申し出た。それまで政府軍と戦ってきた部族連合の代表であるチーフ・シアトルは、戦争を終結させ、条約に署名する決断を下した。そして、アメリカ合衆国大統領に宛てたスピーチを行なった。その言葉は白人を含む多くの人たちの心を打ち、大切に語り継がれてきた。
     
    ワシントンの大首長が
    土地を買いたいといってきた。

     
    どうしたら
    空が買えるというのだろう?
    そして 大地を。
    わたしには わからない。
    風の匂いや 水のきらめきを
    あなたはいったい
    どうやって買おうというのだろう?

    わたしは この大地の一部で
    大地は わたし自身なのだ。

    わたしには あなたがたの
    望むものがわからない。

    (『父は空 母は大地 インディアンからの伝言』ロクリン社 寮美千子 編・訳 より抜粋)

    ああ、偉大なるチーフ・シアトルよ。この言霊の美しさはどういうことだ。 部族の精神的支柱でありながら、詩人でもある。少女のような純粋さを保ちながらも、バッファローのように重くて力強く、太陽のごとく真実を照らし出す。先進国家のリーダーが、こんなに素敵な演説をしているところを、僕は聞いたことがない。今の時代にも、全身全霊で真理を語るチーフがいてくれたらどんなにいいことだろう。

    このスピーチにある「白い人」は、僕らを含む「現代人」と読み替えることもできる。元々、この大地は誰のものでもない。人間だけではない。動物たちや虫、植物、微生物。どんな大地にも、さまざまな命が、必然性を持って暮らしている。その辺の木々や足元の雑草は、僕らが排出した二酸化炭素を取り入れ、酸素を作ってくれている。それらの植物が命をつなぐには、地中の微生物や、花粉を運んでくれる鳥や昆虫が欠かせない。みんながみんな、それぞれの役割があり、お互いを必要としている。僕らは地球に暮らす大家族の一員で、大地も水も、家族で分かち合いながら、大切に使わせていただく。それが、先住民の常識だった。

    そもそも土地を所有するという概念は狩猟採集民族にはなかったし、土地の評価基準も、昔とは全く異なる。獲物がどれだけいるのか、草花や木々の実りは豊かか、綺麗な水が得られるのか、などといったことはもはや重要ではない。巨木が消え去り、無機質な高層ビルが乱立するコンクリートジャングル。鉄道や自動車が轟音を立てて走り回り、軽やかに跳ねるシカやウサギの姿はない。そんな場所が、経済的には最も価値がある。
     
    聖なる命のゆりかごから、路線価の上昇を虎視眈々と狙う相場師の戦場へと変化した大地。美しい動植物や清らかな湧き水の代わりに、多額の現金を生み出すことを求められるようになった我らの母は、幸せな気持ちを保ち続けられるのか。硬い舗装の下で息もできないまま、これからも僕らのことを愛し続けてくれるのだろうか…。

    週末弾丸内見ツアー

    想いがあふれ、思わず脱線が長くなってしまった。本題に戻ります。
     
    ということで、町内会長のHさんから「一軒、売ってもいい、という物件を見つけましたよ」と連絡をもらった僕は、すぐさま北海道に飛んだ。
     
    電話で聞いていた柔らかい声のイメージどおりの笑顔で、Hさんは僕を迎えてくれた。挨拶もそこそこに、僕らは物件を見に車を走らせた。その家は、僕がまさに狙っていた一角にあった。古めかしい木造建築。家主は札幌の方で、農作業のためにたまに通うだけとのことだった。この日は、僕の内見に合わせて来てくれたのだ。

     
    不動産業者の網にもかからない物件を、Hさんは一体どうやって見つけたのか。家主の言葉に僕は仰天した。

    「急に町内会長さんが訪ねてきて、『この地域にどうしても住みたいという人がいらっしゃるんですが、ご自宅を売却する予定などはありませんでしょうか?』って聞かれたんだ」

    なんとHさんは、最近あまり使われていなさそうな家を、家主がいるタイミングで一軒一軒訪問し、売る気がないか尋ねて回ってくださったのだ。

    あり得ない。信じられない。根性のあるセールスマンでもそんなことはしない。売買が成立したからといって、成功報酬がもらえるわけでもない。電話で話したのは一回だけ。会ったこともない、顔も知らない赤の他人に、どうしたらそこまで力を尽くすことができるのだろう。目の前にいるこの人は、生ける仏なのではないか。
     
    清らかな湧き水や、集落のたたずまいに惹かれていたこの場所に、「人」という魅力が加わった瞬間だった。

     
    さて、「これにて一件落着!」と、言いたいところだが、そんなにうまく事が運ばないのが人生の常。最初はハイテンションのままに内見を進めていたが、その家は少々狭く、窓から見えるのも藪だけだった。Hさんが骨を折って探し出してくれた物件だけに「買います!」と即答したい。でも、本当にここに住みたいのか、自問自答が続いていた。そんな僕の表情を読み取ったのか、Hさんも家主さんも、その場で結論を迫りはしなかった。

     
    その日、Hさんは集落のあちこちを案内してくださった。いつもは猟場に行くコースしか走ってこなかったので、新しい発見がたくさんあった。そして「この家は魅力的です」「ここはあまり波長が合いません」など、率直な印象を述べていった。別れ際、Hさんは「黒田さんの好みが、かなりわかってきた気がします」と言ってくれた。
     
    最後に、シカがいつも見られるという秘密のポイントまで教えていただき、僕は東京に戻った。
     
    そして数日悩んだあげく、物件を購入しない旨を家主とHさんに伝えた。

    仏様に続き、観音様が降臨!

    Hさんへの申し訳なさと、家を買えなかった無念に悶々としていた僕のもとに、Hさんから再びメールが届いた。
     
    驚いたことに、Hさんがまたしても物件を見つけてくれたのだ。「私としてはイチオシかな!」という文面に目が釘付けになった。前回、僕の趣向をかなり把握したはずのHさんが、そこまでおっしゃるとは。しかも初めてのビックリマークまでついているではないか! 即座にフライトを予約した。

     
    まずは物件の近くに住む、家主のYさんを訪ねる。親戚筋から譲り受け、数年使っていないので傷みも激しいとのことだったが、早速現場に連れていっていただいた。
     
    それは、木々の間に遠慮がちに建っている、まさに僕が思い描いていたような家だった。庭には獣道がついていて、その先は緩やかに木立に溶け込んでいる。そこにささやかな水の流れを見つけたときは、目を疑った。自宅の敷地に小川が流れている生活は、僕がずっと憧れていたものだった。

     
    続いて家の中を見せてもらった。居間に入った瞬間、子供時代にタイムスリップしたような気持ちになった。壁に沿って置かれたいくつもの本棚が、びっしりと本で埋め尽くされている。リビングも廊下も屋根裏も、本だらけだった僕の実家を彷彿とさせた。
     
    その多くが、Yさんが我が子のために買い集めた児童書だった。ドリトル先生全巻に、大草原の小さな家シリーズ、松谷みよ子の作品など、まさに僕が夢中になって読みふけった愛すべき本たち。長らく顔を見ていなかった親友にバッタリと再会した気分だ。
     
    Yさんは、自分が住んでいないこの家を有効活用しようと、地元の芸術家をはじめ、若手アーティストが集まる合宿所として何年も無償で提供していたという。立地だけではなく、この家に流れてきた時間や、込められてきた想いにも強く惹かれた。

     
    翌日の早朝。東京に戻る前にもう一度、家を見に行った。全体を見晴らせる場所から眺めていると、庭の奥に見慣れたシルエットを見つけた。エゾシカだ。美しい親子がふた組、こちらを見つめていた。

    「ここだ。ここしかない。ようやく、巡り逢ったんだ!」

    僕は喜びに震えた。

     
    法的な部分の精査に少々時間がかかったが、結局なんとかなりそうなことが判明し、僕はその家を購入したい旨をYさんにお伝えした。そして、家の行末を心配しているYさんに、僕が移住後にどのような活動をしていきたいかも丁寧に説明させていただいた。
     
    Yさんは、僕が雑誌に寄稿したヒグマを獲った体験記や、ブログに書いた全ての記事を読み、返事をくださった。

    「あの家は未来雄さんにお譲りします。お金は要りません。どうかあの場所で、あなたの夢を叶えてください」

     
    目の前が、涙でかすんだ。
     
    町内会長のHさんが仏様なら、家主のYさんは観音様だ。土地と家を、無償で授かる。今の時代では考えられないことが起きた。そしてそれは北米先住民の世界観に強く共感している僕にとって、より大きな意味を持っていた。「母なる大地は、金銭で売買するようなものではない」とする考え方に共鳴しても、実践は不可能に近い。ところが奇跡は起きた。求めるだけで達成できることではない。不可解ではあるけれど確実に存在する、何かの大きな力に導かれている実感があった。

     
    かくして、人生最大にして最後の買い物と思って見に行った家は、人生最大にして最高の頂きものとなった。僕にできる恩返しは、受け継いだこの場所を守り、育み、より良いものにして次の世代に渡すことだけだ。それはこの上ない名誉であり、一生を賭けるに値する素晴らしい仕事だ。

     
    力強きチーフ・シアトルの言霊は、時空を超え、何度でも甦る。

     
    どうか 白い人よ。
    美しい大地の思い出を
    受け取ったときのままの姿で
    心に 刻みつけておいてほしい。
    そして あなたの子どもの
    そのまた 子どものために
    この大地を守りつづけ
    わたしたちが愛したように
    愛してほしい。

    いつまでも。
    どうか いつまでも。

    「シカやウサギの姿がない場所が、経済的には〝最も価値がある〟という……」

    150㎏近いオスのエゾシカを仕留める。これを山の中でひとりで解体し、重い肉を背負って降りる。それが単独忍び猟という行為だ。

    庭の奥にシカを見つけた瞬間、思わずシャッターを切った。僕より先に、彼らがここに暮らしていた。これからどうぞ、よろしくね。

    「The earth does not belong to man. Man belongs to the earth.」Chief Seattle

    「大地は わたしたちに属しているのではない。わたしたちが 大地に属しているのだ」。この当たり前の謙虚さを、いつか僕らは取り戻せるのだろうか…。

    ※撮影/大川原敬明(P52)、イラスト/ブッシュ早坂(編集部)

    (BE-PAL 2025年12月号より)

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