石窟に残る祈りの場所。インド、ラダックの知られざる聖地ポカル・ゾンで感じたこと | 海外の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
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    2025.10.31

    石窟に残る祈りの場所。インド、ラダックの知られざる聖地ポカル・ゾンで感じたこと

    石窟に残る祈りの場所。インド、ラダックの知られざる聖地ポカル・ゾンで感じたこと
    インド北部に位置する山岳地帯、ラダック地方。長年にわたってこの地域での取材をライフワークにしている著述家・写真家の山本高樹が、ラダックでもあまり知られていないチベット仏教の聖地、ポカル・ゾンを訪れた時のフォトレポートを、全3回に分けてお届けします。最終回となる第3回は、険しい道程を経てようやく辿り着いた聖地ポカル・ゾンがどのような場所なのか、写真を多数交えてご紹介します。
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    グル・リンポチェの伝説が残る地、ポカル・ゾン

    車で来ることのできる地点から、垂直にそそり立つ断崖の狭間を抜け、歩いて約1時間。高低差400メートルほどの登りを経て、尾根の上に辿り着くと、周囲を岩山の斜面に囲まれた、広大なすり鉢状の地形が開けていました。岩の斜面のところどころに、ぽつぽつと黒い洞穴のようなものが空いています。対岸に見える垂直の斜面には、大きな洞穴の入口を埋めるような形で造られている白壁の構造物があり、周囲には5色の祈祷旗(タルチョ)が幾筋も張り巡らされていました。このすり鉢状の地形の一帯が、ポカル・ゾン、またはウルギェン・ゾンと呼ばれている聖地です。

    ポカル・ゾンの歴史については、史料も少なく、あまりよくわかっていないようです。8世紀頃、チベットに仏教をもたらしたという伝説的な密教行者で、ニンマ派の開祖とされるグル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)が、この地の石窟で瞑想修行を行ったのが始まりと伝えられています。ただ、グル・リンポチェが瞑想をしたという言い伝えの残る場所は、ラダックおよびザンスカールの各地に他にもたくさんあって、それらの言い伝えが本当に事実かどうかは、今や誰も確かめようがないのですが。

    すり鉢状の斜面に沿って東の方へと歩いていくと、タシさんが、「あそこにも、グル・リンポチェが瞑想した洞穴がある」と行手を指し示してくれました。見ると、垂直の岩盤に、まるでおへそのような形に穿たれた、縦長の楕円形の洞穴がありました。近寄ると、かなりの大きさ。ダクプク・ゴンマと呼ばれる石窟だそうです。

    石窟の登り口の岩肌は、おそらく大勢の人が行き来したためにツルツルに磨耗していましたが、タシさんの手を借りつつ、どうにか手前まで登ることができました。石窟の奥を覗き込んでみると……ごつごつした岩が出っ張っていて、一度坐ったら身動きすることすら難しそうです。その分、瞑想は逆にはかどったのかもしれません。

    少し離れた場所には、ダクプク・ヨグマと呼ばれる、別の石窟がありました。洞窟の入口に石壁などが継ぎ足され、扉もつけられています。扉を確かめたタシさんが、「中に入れますよ」と案内してくれました。

    石窟の中は、仏像も何もなく、グル・リンポチェの小さな絵と、数個の灯明の台などだけが置かれている、非常に簡素な空間でした。真剣に祈りや瞑想に集中するには、こういう簡素な空間の方が良いのでしょうか。

    目には見えないけれど確かに感じる、ここに存在する「何か」

    タシさんの後について、さらに歩いていくと、一番大きいと思われる石窟の手前の崖に、いくつもの大きな洞穴がありました。この一帯は地質的にも、こうした洞穴が生じやすい場所だったのかもしれません。

    ねじれたような独特の太い幹を持つ、大きな木が生えていました。これはシュクパ(ヒマラヤスギ)というヒノキの一種で、ラダックをはじめとするチベット文化圏では、聖なる樹木とされています。シュクパの葉は香りが強く、サンと呼ぶお香として、香炉に焚べるなどして用いられます。

    ポカル・ゾンの一帯は、標高が高い上に、それほど水も豊富ではなさそうでしたが、こうしたシュクパの古い巨木が、至るところにありました。聖なる木々の存在は、この場所が聖地とみなされる理由の一つになっているのかも。

    ポカル・ゾンの中心となる、もっとも大きな石窟。2つの洞穴が奥の方でつながっていて、入口には白い石壁が築かれ、小さな戸口や窓が造られています。僕がこれまでにラダックやザンスカールで目にしてきた中でも、自然の地形を利用して造られた祈りの聖地としては、群を抜いて個性的なスタイルの場所だと感じました。

    そうした印象は、ここに至るまでの断崖の狭間の険しい道程を、自らの足で歩いて辿り着いたからこそ、感じられるものでもあったのかな、と思います。誰かの撮った写真や映像を目にしただけでは、けっして感じ取れないもの。小雨混じりに吹きすさぶ風や、はためく色褪せた祈祷旗や、シュクパの木から漂う香りや……うまく言葉にできない「何か」が、ここに存在するという感覚。

    きっとそれは、はるか遠い昔からこの場所で、瞑想と祈りの日々を過ごしてきた無数の僧侶たちが積み重ねてきた思いのようなものだったのかもしれません。

    山本 高樹さん

    著述家・編集者・写真家

    1969年岡山県生まれ、早稲田大学第一文学部卒。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとその周辺地域に長期滞在して取材を敢行。以来、この地方での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている。著書『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」を受賞。近著に『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』(雷鳥社)、『流離人(さすらいびと)のノート』(金子書房)など。

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