
この城に辿り着くには、2つのルートがあり、ひとつは、のんびりと自然を感じながら登る簡単なハイキング。もうひとつは、城壁に張り付いて登るスリリングな「ヴィア・フェラータ」です。どちらを選ぶかはあなた次第!
今回は、この2つのルートを夫婦で実際に歩きながら味わった、スペインの“眠れる城”への冒険をお届けします。
スペインの片隅に眠る廃墟と化した【カステジョーテ城】

今回訪れたのは、スペイン東部・アラゴン州の山あいにひっそりと佇む小さな村のカステジョーテ。人口数百人ほどの、静かな時間が流れるこの村の上空を見上げると、そこにあるのは岩山の尾根に沿って築かれた「Castillo de Castellote(カステジョーテ城)」です。
このお城は、もともと中世に建てられた要塞で、当時は軍事的要衝として重要な役割を果たしていました。しかし、19世紀のカルリスタ戦争で大きな被害を受けて放棄され、現在は一部の壁や塔が残る歴史的廃墟として保存されています。
現在では、歴史の重みを残すこの城を訪問することができるようになっており、辿り着くには、ハイキングとヴィア・フェラータの2つのルートがあります。
- ハイキングルート:所要時間は約30分。しっかり装備されており、初心者や家族連れでも簡単に安心して登れます。
- ヴィア・フェラータルート:所要時間は約30~45分。ヴィア・フェラータの専用装備が必須で、岩壁に設置された固定用ケーブルと足場を使って登る、クライミング要素のあるルートです。スリルと冒険心を楽しみたい、ヴィア・フェラータ経験者向けになります。
今回は、夫がヴィア・フェラータルート。私はハイキングルートを選び、それぞれ違った景色や体験を楽しみました。その様子と、2つのルートの魅力をお伝えしていきます。
2つのルートで目指す天空の城

トレイルのスタート地点がある村に到着すると、観光地のような賑やかさは一切なく、時間が止まったような静けさで、聞こえるのは鳥のさえずりと、自分たちの足音だけの落ち着いた雰囲気が漂っていました。

村の中心から伸びる石畳の細い坂道を登っていくと、石造りの家々を抜けて「サン・ミゲル教会」の脇を通り、やがてトレイルの入り口に到着します。ここでルートは2つに分かれ、右へ行くとゆったり歩けるハイキングルート、左へ進めば断崖絶壁を直登するヴィア・フェラータルートになります。

【ルート1】断崖を切り裂くように進む、ヴィア・フェラータで城を目指す

夫が選んだのは、城へと続く岩壁を登るヴィア・フェラータルート。「Via Ferrata(ヴィア・フェラータ)」とは、イタリア語で「鉄の道」を意味し、山の岩肌に設置されたワイヤーロープやステップなどを使って、断崖絶壁を登ったり横断したりするアクティビティです。
安全を確保するために登山用ハーネス、ヴィア・フェラータキット、ヘルメット、グローブといった専用装備が必要になります。今回のルートは難易度K2の初心者向けですが、それでも油断はできません。
序盤はまだゆるやかな登りで、大きな岩が転がる斜面を手と足を使って登っていきました。数分進むと、ついに岩壁に到着し、いよいよここから本格的な登りが始まります。
岩壁に沿って張られたワイヤーに、カラビナを一つずつかけながら安全を確保し、慎重に登っていきます。ふと下を向くと、赤い屋根が連なる村と、遠くの山々まで見渡せる絶景が広がり、言葉を失うほどです。

途中から目の前にあるのはただの岩ではなく、「古い石積みの壁」!
なんとこのルートは、中世の廃城の壁そのものを登っていく構造になっているのです。「岩を登っていたつもりが、気づけば中世のお城をよじ登っていた」そんな非日常な体験ができる場所は、ヨーロッパでもほんのわずか。

ルート自体はそれほど長くはなく、登り始めてから30分もしないうちに、お城の上に立っていました。達成感に包まれながら、目の前には廃墟美漂う中世の城と、はるか彼方まで広がる絶景で「まるで映画の中に入り込んだみたい」な気持ちでいっぱいでした。
【ルート2】のんびり歩いて歴史を感じるハイキング

一方私は、気軽なハイキングルートから城を目指しました。この道はしっかり整備されていて、子供から大人まで誰でも登れるのが魅力。
そして何よりの見どころは、道中の景色!赤茶色の屋根がぎゅっと寄り添ったようなカステジョーテの町並みと、周囲に広がる山々、そして頭上には美しいお城が見え、思わず何度も立ち止まって写真を撮ってしまいました。

道中にはいくつかの展望ポイントがあり、それぞれに案内板が設置されていて、この地域の植生や地形、歴史についての説明を読むことができます。
特に印象に残っているのが、途中にある展望スペースに立っていたフル装備の等身大の兵士の人形です。中世の見張り兵が、この場所から村や山を警戒していたのだろうかと想像すると、一気に物語の中に入り込んだ気分になります。

ハイキングルートからもバッチリとヴィア・フェラータのルートを登っている彼の姿が見え、切り立った岩壁を登っていく姿は、見ているこちらがヒヤヒヤするほどの迫力でした。

ゆっくりペースで歩いたものの、登り始めてから約30分、夫とほぼ同時に、城跡のある頂上へ到着しました。
それぞれの道で辿り着いた、ひとつの絶景

「おーい!」とどこからか夫の声が聞こえ、城の方を見上げると、先に到着した夫が大きく手を振って合図していました。城の頂上で無事に合流でき、お互いのルートの感想を語り合いながら、城跡を散策してみることにしました。

城壁の上を端まで歩くことができ、そこには360度のパノラマ絶景が広がっていました。風化した石壁や崩れたアーチ、むき出しになった城の骨組みが、まるで時間が止まったかのような空気で、廃墟美がただよっています。

さらに、上空には数羽のハゲワシが円を描いて飛び交っており、どこか半砂漠のような乾いた大地の風景と城跡の景色が重なり合い、まるで中世の世界へタイムスリップしたかのような不思議な感覚に包まれました。
それぞれのルートを、それぞれのスタイルで登り、最終的には同じ頂上で再会し、同じ景色を分かち合うことができたこの体験。スリルと達成感を味わうヴィア・フェラータ、静けさと発見を楽しむハイキング。どちらのルートにも、その道にしかない魅力がありました。
カステジョーテ城は、自然の雄大さと歴史の重みが見事に調和した、スペインの山奥にある”隠された宝石”のような場所でした。