減少の一途をたどる国産漆の生産量…その新たな解決モデルに取り組む 「猪苗代漆林計画」と漆器ブランド「めぐる」
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    2024.03.07

    減少の一途をたどる国産漆の生産量…その新たな解決モデルに取り組む 「猪苗代漆林計画」と漆器ブランド「めぐる」

    枝の先に冬芽をつけた漆の若木。遠く向こうに見える雪をかぶった山は、磐梯山。「 猪苗代漆林計画」@inawashiro_urushiより

    上の写真は、今年2月2日に「春を待つウルシの冬芽」というコメントを添えて「猪苗代漆林計画」のInstagramに投稿されていたもの。写っているのはウルシ(漆)の若木で、枝の先にちょこんとのぞいて見えるのが冬芽です。

    年々、減少の一途をたどる国産の漆液。「猪苗代漆林計画(いなわしろうるしりんけいかく)」は、その問題解決をひとつのテーマに、会津地方の猪苗代湖と磐梯山に囲まれた休耕地で、漆(ウルシ)の木の植栽・育成活動に取り組む団体。中心メンバーのひとりで、漆器のブランド「めぐる」をプロデュースしている貝沼航さん(漆とロック株式会社代表)が、漆をめぐるふたつの話を語ってくれました。

    「めぐる」は会津漆器の腕利きの職人たちが作る漆器ブランド。

    本格的に活動を開始した「猪苗代漆林計画」

    「漆といえば、お椀や重箱などの食器から社寺仏閣の壁や装飾などの歴史的な建築まで、多方面で日本文化の礎として用いられてきました。漆の木から採れる漆液がコーティング剤や接着剤として利用されてきたその歴史は古く、約9,000年前の漆製品が縄文遺跡から出土しています。

    私が暮らしている福島県の会津地方も古くからの漆の産地で、江戸時代には約百万本の漆の木があったという記録が残っています。ところが、昭和38年には650kgあった漆液の年間生産量が近年は10kg程度にまで減少。これは福島に限ったことではなく、ここ何年か国産漆液は絶滅の危機とまで言われるほど、現在ある資源(漆の木)の取り尽くしが大きな課題となっています。

    現在、漆液の大半は中国などからの輸入に頼っていますが、近年は海外産の漆も高騰が続き、輸入量も大幅減少しています」(貝沼さん、以下同)。

    「猪苗代漆林計画」がやるべき課題

    「『猪苗代漆林計画』は、漆を採取する「漆掻き」の職人であり漆塗りの職人でもある平井岳、会津の伝統野菜農家の土屋勇輝、そして私の3人が主要メンバーです。私たちには解決したい課題がふたつあり、ひとつは、先に言った、絶滅の危機に瀕している“国産漆の供給不足”。もうひとつが里山の“耕作放棄地問題”です。

    左から、漆器職人の平井岳さん、貝沼航さん、会津の伝統野菜農家の土屋勇輝さ ん。

    耕作放棄地とは、過去1年以上作付けされておらず、今後も活用される見込みのない農地のこと。耕作放棄地の問題は全国的な課題となっていて、対策が必要とされてきました。耕作放棄地が増えているということは、国内の農業生産の減少や食料自給率低下の表れですが、問題はそれだけでなく、雑草の繁殖や害虫の発生、廃棄物が不法投棄されたり、野生動物と人間の境界があいまいになるなど、悪影響が多方面に及びます。特に、シカやイノシシ、サル、クマなどの隠れ場所になり、田畑へ被害を広げる原因にもなります。

    実は、福島県の耕作放棄地の面積は50万ヘクタールほどあって、これは全国一なんです。私たちの主要メンバーの一人でもあり、猪苗代地域で次世代を担う農家として様々な取り組みをしてきた土屋勇輝の元にも、耕作放棄地を管理してほしいという依頼が年々増えてきていました。

    一方で、私や漆職人の平井岳が身を置く漆器産業では、国産漆の供給不足の解決策として、漆の木を植え育てる活動がいくつかの産地でなされていますが、そのための“植栽地の確保”が悩みのひとつになっていました。

    それなら‥耕作放棄農地に漆の木を植えて漆林にしよう、と。「猪苗代漆林計画」を立ち上げたのです。昨年の試験植栽期間を経て、今年、本格的に始動開始しました。漆の木は、基本的に自生しないため、人が植栽して、人が管理して育てていかないと増えていきません。昨年試験的に植えた漆の木は、こまめに雑草を取ったり、秋の終わりには冬支度をしたり、メンバーや協力者たちが面倒をみながら育てていきました。

    そうして年が明け、背丈ほどに育った若木たちは、もうじき初めての春を迎えようとしています。

    漆の木を漆の液が採集できるまで育てるのには15年ほどかかります。この15年という時間は、暮らしの中で使い続けた漆器が、ちょうど“塗り直し”が必要になってくるタイミングとほとんど同じです。また、木地(漆を塗る前の素地)には、樹齢100年くらいのトチの木などの木材を用いるのですが、この100年という年数は、漆器の理想的な“耐用年数”と同じくらいなのです。もちろん、そのように愛用してくだされば、ですが。

    つまり、今ある漆器の塗り直しが必要になった頃には、次の漆の木が十分に育ち、新しい器が必要になった頃には木地の元になる樹木がちょうどよく育っている。漆器の時間軸は、木材の成長サイクルとリンクしているんです。

    そんな“生まれる(つくる)”と“育つ(つかう)”の心地よいサイクルを共に目指していけたらいいですね、ということが、私たちの活動に込めた願いでもあります。

    漆の木の表面にキズをつけたときに出てくる乳白色の漆液。1本の漆の木から採れる量はコップ1杯(約180ml)ほど。

    しかも、木地の表面に職人が丹念に刷毛で塗り重ねた漆の膜は、年数を経るほどに固くなり、使い込むほどに表面の艶が上がっていきます。そして、漆がもつ抗菌・防腐効果は、木地を長持ちさせる役割を果たします。このような“すごい特性”を持つ漆を、私は未来に残すべきサステナブルな天然資源だと思っています。

    国産の漆の未来のために、私たちのプロジェクトが、会津、猪苗代地域で漆林を育成して、新たな「地域循環型」の漆産地のモデルを作っていく必要があると考えているのです」

    普段使いをしてほしい会津漆器「めぐる」について

    「福島市生まれの私は、東京の大学を卒業後、就職がきっかけで会津若松市に移住。25歳の時に、縁があって訪れた工房で漆器づくりの現場に魅せられました。そのとき知ったのが、会津全体での漆器の売り上げが、最盛期から比べて7分の1以下にまで落ち込み、職人の数もかなり減っているということでした。

    こんなにも素敵で面白いものがなくなろうとしているなんて勿体ない、と素直に感じました。

    会津に残る漆の林で、漆掻きの作業を体験中の貝沼航さん(漆とロック株式会社代表)。

    漆器づくりに携わる職人さんたちを応援したいというシンプルな思いから起業し、会津地域を中心に、漆器のコーディネーター、プロデューサーとして活動してきました。そして2015年、会津を中心とする確かな技術をもつ職人たちと“暗闇のソーシャルエンターテインメント『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』が手を繋いで誕生したのが、漆器ブランドの「めぐる」です。

    『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』のアテンド=暗闇の案内人として日々専門的なトレーニングを積んでいる彼女たちは、“目には見えない感覚”や“数値や図面には表せない情報”をキャッチして伝えることが得意。その能力を漆器の開発に生かしたのです。

    『めぐる』という名前には、漆器が使う人の家族の中でめぐっていくということ、そして使う人と作る人の間でめぐり続けるということ、そんな意味を込めています。使い始めて15年くらい経って必要になるであろう漆の塗り直しは、漆塗り職人のお弟子さんにお願いすることになります。

    こうして職人さんの仕事もめぐっていきます。売り上げの一部は、漆の植樹のために寄付されるシステムにしました。これも、漆のある暮らしを次の世代にめぐらせていきたいからです」

    「めぐる」のものづくりは適量・適速

    「漆器ブランド『めぐる』が生まれてから10年弱。その間、たくさんの試行錯誤がありました。そしてたどり着いたのが、「適切な量を、適切なスピードでつくる」という、今のものづくりのやり方でした。

    『めぐる』の器の素地にはトチの木を使っているのですが、1年間で作る器の数量を、トチの木1本で作ることができる量にしています。これが私たちが考える“適切な量”です。

    「めぐる」の器になる素地には、東北の素性の分かるトチの木を直接仕入れ。それを無駄なく有効に活かしたかたちで、三つ組椀だけでなく、お皿やカップなど様々な器も作っている。

    熟練の木地師が一つ一つ丁寧に手挽きをする。

    漆器は様々な工程を経て完成するのですが、各工程を季節のめぐりに合わせています。例えば、漆塗りの工程は下地塗りと上塗りの2段階あるのですが、下地塗りは漆がよく乾く夏に、繊細な技が必要とされる上塗りは、気候が安定して作業がしやすい秋の時期に行うようにしています。

    このような季節に合わせた“適切なスピード”でモノづくりをすることは、作る人(職人)たちにかかる負担の軽減につながります。

    腕利きの漆職人が漆をていねいに塗り重ね仕上げていく。

    『めぐる』の商品ラインナップの原点となっている『水平(すいへい)』『日月(にちげつ)』という名の2種類の三つ組椀は、毎年12月15日~3月15日の3カ月間(寒い時期)にだけ注文を受けて生産しています。年に1回の期間を限定した注文生産は、“季節の循環に合わせてつくる”という私たちのものづくりの原則を保つために必要なシステムなのです」

    左が三つ組椀『水平 』  左が三つ組椀『日月』

    キャンプでも使ってほしい「めぐる」の漆器

    「『めぐる』は、会津漆器の腕利きの職人たちが正統的な技法で作る漆器です。雪国ならではの奥ゆかしさと温もりが、目にした人の心を惹きつけます。ですが、“漆の食器って扱いが難しそう”“お正月とか特別なときに使うイメージが強い”と言った声も耳にします。

    『めぐる』と出会ってくださった方たちには、身構えず、普段着の器として使ってください、とお伝えしてきました。漆の塗膜は汚れも落ちやすいので、柔らかいスポンジで洗うだけでOK。軽いので持ち運びがしやすく、お子さんたちも手にしやすいもの。割れにくく、断熱性や保温性もあります。なので、キャンプやアウトドアにも適していると思います。

    漆器のお椀でいただく美味しいごはん。アウトドアにもおすすめ。

    『めぐる』の三つ組椀『日月』や『水平』は、三つのお椀が入れ子になって持ち運びに適しているからと、キャンプで使われている方も実際にいらっしゃいます。コップや匙もおすすめです。四分一塗(しぶいちぬり)のものですと錫の粉末で金属コーティングされていますので、擦れにも強く傷つきにくい。そういった意味ではアウトドアにも合っていると思います。

    なにより木と漆の質感や見た目は、自然の中でとっても調和すると思うので、アウトドアに持ち出してお使いになってみてください!」


    お話しを聞き終えてー

    「漆器の寿命は直せなくなるまで」と貝沼さん。“お直し”には、長く使ううちに徐々にすり減ってしまった表面の「塗り直し」と、万が一落としてしまったり硬いものにぶつけてしまったことで生じるカケやワレを修理する「漆繕い」があります。

    塗り直しはもちろん漆を使って新品同様に生まれ変わらせます。そして、部分的な修理の「漆繕い」でも、接着剤として使われるのは漆です。

    カケやワレ(ヒビ)を繕った箇所は、赤や黒の漆で塗ったり、さらにそこに金粉や錫粉を撒くことで金継ぎ(上の写真)のように仕上げることもできる。※現在、「めぐる」以外の器の修理受付は休止中。

    新しい漆器が生まれるときから、修理、修復して新品のように生まれ変わらせるときまで、すべてが天然の素材で賄われているということ。これって、究極のサステナブルではないでしょうか。しかも、国産漆を未来につなごうと漆林の育成までも行おうとしています。「漆ってすごいんです」とおっしゃる貝沼さんの思いが伝わってきました。

    現在、福島県郡山駅構内の「D&DEPARTMENT FUKUSHIMA」で、【漆器「めぐる」のもののまわり〜自然のリズムに沿ったものづくりでみんなが繋がり、漆のある里山を育てる器〜】展が開催されています。

    漆器「めぐる」に関わる素材の循環、作り手や工程の紹介、器を通じて繋がり育て合う関係性など。この記事で、貝沼さんがお話してくれたことを、物と言葉の展示でじっくり見ることができる内容だそうです。期間は2024年3月31日まで。

    漆器「めぐる」公式サイト https://meguru-urushi.com

    「猪苗代漆林計画」 Instagram:@inawashiro_urushi

    私が書きました!
    ライター
    堀けいこ
    ジャンルを問わず、楽しいこと、美しいもの、魅力的なひとを記事にするライター・編集者。雑誌『BE-PAL』初期にファッションページのスタイリングとライティングを担当。長い時を経てweb版にて復活! 連載記事【災害救助犬コアと家族の日記】の主役、コア君のともだち。

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