
WIND from ONTARIO~森の海、水の島~
#13 旅立ちの朝
by Tomoki Onishi
撮影・文/尾西知樹
トロント在住のフォトグラファー、マルチメディア・クリエイター、カヌーイストでサウナー。オンタリオ・ハイランド観光局、Ontario Outdoor Adventuresのクリエイティブ・ディレクターを務める。カナダの大自然の中での体験とクリエイティブを融合させたユニット magichours.caを主宰。

旅が好きな人たちには、それぞれに忘れられない朝の情景があると思う。脳内のフィルムに鮮明に焼き付いているひととき。
僕にも記憶に鮮烈に刻まれている景色があって、それはこの地のカヌーイストたちと初めてカヌーを漕いだ朝のこと。
アルゴンキン州立公園の奥地、湖と森の原野の入り口。まだ太陽が顔を見せていない、暗がりの中。風のない静かな湖面にパドルを入れると、水はトロッと粘体質で、やさしくパドルを包み込む。そっと漕ぐだけで、カヌーは湖面を滑るように進む。水の音と木製のパドルがカヌーの木枠に当たる有機的な音しか聞こえない……。
辺りは仄かに明るくなり、水が靄となって、不思議な生き物のように湖面をゆらめく。森の稜線のシルエットがぼんやりと視認できるようになれば、朝焼けとそれを映す湖面の、刻一刻と変化するスペクタクルなショーの始まりだ。パドルの動きやカヌーの航跡がやさしいゆらめきとなって、光の演出に加わる。
どこかに行くといった移動目的のカヌーではなく、カヌーという装置を通し、自然の揺らぎを感じ、一体となる時間……。
この朝と出会って、心に深く響く共振と共に、オンタリオの自然の機微を写真や映像に収めていくことを、この地に受け入れてもらえたと感じている。

動画でも見られます!

(BE-PAL 2025年7月号より)