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日本酒の酒樽が登山道の保全に!『菊正宗』のサステイナブルな取り組み

2022.05.21

日本酒を貯蔵する杉の酒樽。その製造過程で生まれる削りカスを、登山道へウッドチップとして敷き詰め、森の環境保全に繋げる…。2022年4月、伝統的な酒造りと現代のトレイル整備を絶妙にマッチングさせた初の試みが、神戸市の六甲山を舞台に、同市の大手酒造メーカー「菊正宗」と地元アウトドアショップの主導のもと実施された。このユニークな取り組みが実現したいきさつと、ウッドチップの散布を行なった当日の様子をレポートしたい。

菊正宗の「樽酒」は吉野杉の樽で貯蔵されるため、キレと旨みのバランスが良い辛口に、爽やかな杉の香りが加わっている。

日本酒の伝統を未来へ継承する酒造り

江戸時代、日本酒はすべて木製の酒樽によって、貯蔵・運搬されてきた。そのため当時は、どの日本酒も樽に使われた杉の香りがしていた。しかし時代の変化と共に、貯蔵はホーローやステンレスのタンクとなり、安価で大量生産可能な瓶詰めの酒が主流となった。そしていつしか杉の香りがする「樽酒」もほとんど姿を消した。

杉樽を使用することにより、爽やかな香りとその成分が酒に移り、美味しさも増すと言われる。1966(昭和41)年、菊正宗は杉樽で貯蔵し、瓶に詰めた「樽酒瓶詰」を発売し、樽酒を復活させた。当初は一升瓶のみだった同商品は、その後様々なサイズの容器で発売され、同社の人気定番商品となった。

菊正宗の蔵に併設された工房「樽酒マイスターファクトリー」で樽作りに汗を流す職人。樽の容量は4斗。「樽酒」はこれに日本酒を貯蔵し香りや成分を移した上で瓶などに詰めて出荷する

酒を一滴も漏らすことなく貯蔵できる杉樽は、機械による大量生産が難しく、高い技術を持つ職人の存在が不可欠だ。とはいうものの、現代社会において杉樽の需要は減り、それを作る職人達もまた減り続ける一方だった。2013(平成25)年、この状況に危機感を募らせた同社は3人の職人を雇い、自社で杉樽の製造に乗り出す。同時にこの伝統技術の継承のため、本社社屋に併設する形で、2017(平成29)年に工房「樽酒マイスターファクトリー」を開設した。

同工房では事前予約で参加できる見学会を開催しており、樽の製造工程の紹介VTRから材料となる吉野杉の解説、製樽道具の展示、そして実際に職人の作業風景などを間近に目にすることができる。

廃棄物の有効活用に結びつけた思いつきの一言

「これ、ウッドチップになるんちゃいますか?」

それは同工房へ見学に訪れた地元アウトドアショップ『白馬堂』の浅野晴良さんが、杉樽の製造過程で発生する大量の削りカスを目にした時に発した言葉だった。

「それを聞いた時、『おもしろいな!』と直感しました。早速、社内で検討した結果、本来破棄するものが六甲山の環境保全に役立つということで、異論がでることはありませんでした」

と語るのは同社生産部部長の高橋俊成さん。

菊正宗酒造の高橋俊成さん(左)とアウトドアショップ『白馬堂』の浅野晴良さん。二人とも六甲山でトレッキングを楽しむ山仲間でもあった

約8割が水で出来ている日本酒。そのため良い水を確保することは酒蔵にとって死活問題でもある。神戸市の灘地区に菊正宗をはじめとする大手酒造メーカーが集中しているのは、六甲山の地下を通って湧き出る良質の水「宮水」の存在が大きい。その地下水を維持するには、水をたっぷり蓄えることができる豊かな森が必要だ。

2021年から菊正宗では、国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所が、防災と自然豊かな生活環境の確保を目指す取り組みのひとつ「森の世話人」に参加し、六甲山の整備に取り組んできた。

「今回の試みは『森の世話人』の活動のエリア外ですが、六甲山の森を守っていくという意味では同じです」と高橋さん。

重さは軽いが大きな可能性を秘めた「酒樽チップ」

酒樽の製造過程で大量に残る削りカス。材料となる杉は奈良県で育まれた樹齢約100年の吉野杉。

2022年4月16日(土)、午前8時50分。削りカス(以下、便宜上「酒樽チップ」と呼ぶ)を散布するイベント「チップ&トレイルの大冒険(ブナのみちトレイル整備)」では、高橋さんと浅野さんの呼びかけによって、菊正宗酒造記念館前に約20人の参加者が集まった。

高橋さん、浅野さんの挨拶のあと、樽酒マイスターファクトリーへ場所を移し、杉樽造りの簡単なレクチャーを実施。その後、大きなビニール袋に集められた酒樽チップを、参加者それぞれが持参した袋に詰めていく。

酒樽チップを思い思いに詰めていく参加者。工房内には吉野杉の爽やかな香りが漂う。

大容量のザックや大型のビニール袋をザックにくくりつけたりと、各自工夫を凝らして酒樽チップを運んでいく。

薄く削り取られた酒樽チップは、手に持つとふわりと軽い。しかしその分かさばるため、一人で運ぶ量には限界があるのも事実。そこで参加者は、70リットルの大型ザックや大きなビニール袋を持参し、およそ日帰りトレッキングには見えない山行スタイルで酒樽チップを運ぶこととなった。運ぶ先は六甲山山頂近くにある「ブナのみち」。樽酒マイスターファクトリーから登山道を歩いておよそ3時間の距離にある。

「ブナの小径」を目指し登山道を進む参加者。

詰め込み作業を終えた午前9時20分。樽酒マイスターファクトリーから近くを流れる住吉川を遡り、六甲山を目指す。幸いにして容積が大きいだけで、重量はさほどないので、参加者の足取りも軽い。

酒樽チップを散布する「ブナのみち」の入口。ブナを植樹して森林整備を進めている。

昼食や休憩を挟みつつ、午後2時には目的地の「ブナのみち」に到着。今回の取り組みで、唯一障害となったのは、六甲山が国立公園であること。国立公園内で自然に手を加えることは、それが自然保護に繋がる行為であっても、厳格なルールによって規制されている。つまり個人が勝手にウッドチップを散布することは簡単にはできない。

そこで浅野さんは六甲ケーブルを運営する六甲山観光株式会社の協力を得て、同社が所有する土地内にある「ブナのみち」での散布にこぎ着けた。ちなみにこの道は、兵庫県の森林ボランティアのパイオニアである一般社団法人「ブナを植える会」が、六甲山に元々生えていたブナを保護し、その種から苗木を育て、ブナ林の再生に取り組んでいることもあり、話は早かった。

思い思いに酒樽チップを散布する参加者。

ブナのみちに到着した参加者は、それぞれ等間隔の距離を置き、自ら運んできた酒樽チップの散布を始めた。柔らかな陽が差し込む森の中に、吉野杉のほのかで爽やかな芳香が漂い始める。

酒樽チップを散布したブナのみちは、程良いクッション性を含み、歩くのが楽しくなる。

酒樽チップの散布を終えたブナのみちにて、高橋さんや菊正宗の社員が持参した「樽酒」で乾杯の儀式!

ブナのみちに散布された酒樽チップは、距離にしておよそ65m分。参加者一人で3m程度の酒樽チップを敷き詰めた計算になる。距離はわずかではあるが、酒造りに欠かせない水を湛える森に、酒造りで生まれた廃棄物を使って環境整備を行う意義は、実に大きい。

「この試みが実現できて、本当に嬉しいです。酒樽チップは軽いので子どもでも運ぶことが出来ます。これからは子どもも参加できるようなイベントにして、将来的にも続けていきたいですね」と高橋さんと浅野さんは口を揃える。

作業後には、参加者全員による菊正宗の「樽酒」での乾杯。森に漂う吉野杉の爽やかな香りに加え、口に含んだ樽酒からも穏やかな杉の香りと旨みが広がる。森の中で心地よい芳香に包まれながら味わうその一杯は、いつもより増して格別のおいしさだった。

菊正宗酒造 樽酒マイスターファクトリー 

https://www.kikumasamune.co.jp/tarusake-mf/

 

藤川満
私が書きました!
ライター・カメラマン・編集者
藤川満
札幌の情報誌編集長を経て独立。現在は神戸に拠点を設け、各地でアウトドア・旅行・グルメ・酒などをテーマに雑誌、Web等で取材を行っている。四万十川や仁淀川をはじめとするカヌーツーリングやトレッキング後に楽しむその地の地酒に目がない。六甲山に多くある茶屋にも出没。手抜きキャンプ飯を得意とするが、なぜか「山メシの達人」としてTV出演もあり。
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