“登山界のアカデミー賞”とも呼ばれる「ピオレドール賞」を受賞した、超一流登山家・花谷泰広さん。山岳ガイドでもあり、さらに山小屋運営も手がけるなど、その活躍は八面六臂。そんな花谷さんに、秋山の特徴や登山のリスクマネジメントの考え方、山小屋運営についてお話を伺いました。
第1回は秋山登山とリスクマネジメント。秋山登山で注意するべきポイントを教えていただきました。
秋の山が夏と違うのは「日没時間」と「一日の気温差」

秋山を彩る紅葉
BE-PAL(以下B): そろそろ秋山登山の季節です。夏と秋で大きく違うことはなんでしょうか。
花谷: 大きく2点あります。夏と決定的に違うところは、日没時間と気温です。まず日没時間ですが、秋になるにつれてどんどん早くなります。一日の行動時間も短くなっていってる状況ですね。で、やっぱり今の時期によくあるのが、下山の遅れです。登山口ってほぼ樹林帯のなかにありますから、夕方になると木の葉が日差しを遮って、想像以上に暗くなるんですよね。さらに里に近い部分は林業の作業道や獣道なども多いので、道迷いをしやすい状況になってしまいます。まずこの日没に対する意識を今以上に持ってもらいたいですね。
B: 夏山登山で言われる「早出早着」は秋でも大切ですか。
花谷: はい。「早出早着」はどんな時も登山の基本ですが、夏は雷、秋は日没が主な理由です。秋は、日没に対する備えをしっかりするという意識が大切になります。
B: 登山計画を立てるときのポイントを教えてください。
花谷: 個人によって早く歩ける人、ゆっくり歩く人などいますから、自分の歩くペースも日没時刻と併せて考え、計画を立てることです。あと、今年はコロナの影響もあるのか、運動不足で久しぶりの登山だと、思ったよりも歩けないことがあるようです。「こんなはずじゃなかった」ということが起こり得る状況も見られるので注意していただきたいです。また装備面では、ヘッドランプはみなさん常にお持ちだと思いますが、特に重要なツールになるのがスマホなどのGPSです。道迷いを防ぐ上で、登山用のGPSアプリは重要なツールになってくると思います。

秋の登山は行動できる時間も短い
朝晩に冷え込む秋の山。登山ではレインウェアが活躍!

秋山の風対策にレインウェアが便利(写真提供=GORE-TEX ブランド)
B: 秋山のもう一つの特徴は気温差とおっしゃいましたが、かなり違うんですか?
花谷: 秋の山では、9月中旬にもなれば朝晩と日中の気温差がかなり大きくなります。標高3000mの高山では朝の気温が10度Cを下回ります。今年はすでに槍ヶ岳で初氷が、富士山で初冠雪が観測されました(※9月7日)。高山では、いつ雪が降ったり氷点下になったりしてもおかしくない季節になっています。でも、いっぽうで日中は気温が上がるんです。登山で歩いているときは半袖でも大丈夫なくらい気温が高くなります。
B: 装備のポイントは?
花谷: 気温の変化に対応できるよう、ウェアは重ね着をすることです。インナー(肌着)、ミドルウェア(中間着)、アウターウェアなど2~3枚を重ねて、体温調節ができる用意が大切です。ちょっとしたニット帽や手袋など防寒用の小物もあると便利ですよ。
あとは盲点になりがちですが、「風」は非常に怖いです。風は体感温度を下げますので(※)、気温以上に注意が必要といってもよいくらいです。とくに秋の風は冷たいので、樹林帯はともかく稜線など風の影響を受けやすい場所ではしっかりと風を防ぐ服装が大切です。
例えばウィンドブレーカーは行動中にはちょうどいいですが、本当に強い風だと防ぎきれません。そんなときはレインウェアを着ます。雨具のジャケットは、強い風のなかでも安心感があります。また、ゴアテックスなどを使用した性能の良いレインウェアは、行動中に着たままでも、蒸れずに快適に歩けますから、夏ほど温度や湿度が高くない秋山で活躍します。休憩中にも羽織ったりできますしね。休憩中に体を冷やしてしまい、調子を崩すのを防ぐためにも、雨具を羽織ったほうが良いです。
※一般的に、風速が1m/s強くなると体感温度が1度C下がると言われている。
レインウェアは、定期的な洗濯で性能維持!

レインウェアはメンテナンスが大切。
B: 雨の日に古いレインウェアを着ていたら、中に来ていたウェアがびしょ濡れになってしまった経験があるんです…。
花谷:レインウェアは皮脂や汚れが付くことで性能が落ちてきます。洗うことで撥水性が回復し、防水性・透湿性などが十分に発揮されるので、定期的に洗濯する習慣はつけておいたほうがよいですね。ゴアテックスのウェブサイトなどにお手入れ方法が掲載されていますよ。あとは保管するときに、雨具を入れる袋には入れず、出した状態にしておくことが重要です。
雨の日に濡れてしまった経験などはよくあるものですが、もしそれが追い込まれた状況だと生死を分ける場合もあります。メンテナンスをしていても少しずつ撥水性は落ちてきますから、古くなって性能が維持できなくなったレインウェアは買い換えましょう。
B: 袋に収納してはいけないんですね! 改めて雨具のメンテナンス方法を勉強したいと思います。ここまでお話を聞いて、秋山のリスク対策のポイントがよく分かりました。次は、冒険的な登山も経験してきた花谷さんのリスクマネジメントについての考え方についてお伺いしたいと思います。
(⇒第2回へ続く)
取材・文=横尾絢子
参考URL=GORE-TEX(メンテナンス方法) https://www.gore-tex.com/jp/support/care
プロフィール
花谷泰広(はなたに・やすひろ)
1976年兵庫県生まれ。幼少から六甲山で登山に親しむ。1996年にラトナチュリ峰(ネパール ・ 7035m)に初登頂。以来、世界各地で登山を実践。2012年にキャシャール峰(ネパール・6770m)南ピラー初登攀で、ピオレドール賞を受賞。2015年より若手登山家養成プロジェクト「ヒマラヤキャンプ」を開始、2017年より甲斐駒ヶ岳黒戸尾根の七丈小屋の運営を開始するなど、国内外で幅広く活動中。(日本山岳ガイド協会認定・山岳ガイドステージⅡ)