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すばらしい音色を奏でるオオシマゼミ

ツクツクボウシの仲間は、日本本土にはツクツクボウシ1種だけ(正確には九州南端にクロイワツクツクが分布)しかいませんが、南西諸島には、北琉球(屋久島、種子島、トカラ火山列島)にツクツクボウシとクロイワツクツク、中琉球(奄美大島~沖縄本島)にオオシマゼミとクロイワツクツク、南琉球(八重山諸島)にイワサキゼミ、そして小笠原諸島にオガサワラゼミが分布しています。互いに見かけはよく似ていますが、鳴き声はそれぞれに特徴的です。

オオシマゼミは、乾いた音色のツクツクボウシとは異なり、素晴らしく澄んだ金属的な鳴き声を有しています。蝉の中でも他に類を見ない(あえて言えばヒグラシに類似)美しい声なのですが、その鳴き声パターン(単一メロディの繰り返しで、後半部の速度が速くなることなど)は、ツクツクボウシの屋久島タイプと一致します。祖先的形質を共有している、と考えてよいのかも知れません。
クロイワツクツクとオオシマゼミは国外には分布していませんが、イワサキゼミは台湾北部と中国福建省などにも分布し、よく似たコマゼミが朝鮮半島のほか、北京や上海の市街地にも発生しています。
ツクツクボウシも日本と同じ種が朝鮮半島、中国大陸、台湾などに分布することが知られていましたが、その実態はよくわかっていませんでした。

中国のツクツクボウシは第三の歌声
僕は1970年代から80年代前半にかけて、屋久島や小笠原を主なフィールドにしていたのですが、80年代後半からは中国大陸に拠点を移しました。中国へ行くようになったきっかけの一つも、やはりツクツクボウシでした。古い文献に、中国のツクツクボウシには独特の鳴き方があると書かれていたからです。特に、前半から後半へ移るときに、普通とは違う音が入るという記述がありました。それを、自分の耳で確かめてみたかったのです。
中国大陸では、内陸の西安、重慶、成都、桂林などから、東の浙江省、南の広東省(6月中旬から鳴き始めます)まで、広い範囲に分布し、さらに南のベトナム北部や、北の北京周辺、朝鮮半島、台湾などを含め、日本本土とも屋久島とも異なる、共通した鳴き方をしていることがわかりました。
全体としては、日本本土のツクツクボウシと同じように、前半と後半の二つに分かれます。しかし、その切り替わり方が異なります。日本本土のものは、前半から後半へ極めてスムーズに移行するのですが、中国のツクツクボウシでは、その間に数秒ほど、「ジュルジュル」という、濁った不規則な音が挟まります。日本本土タイプに比べ、前半の音の数がより少なく、反対に後半の音が多いという違いもあります。
人間の耳で聞くと、この「ジュルジュル」という部分は、まるで途中で失敗しているようにも聞こえます。でも、もちろんセミにとっては失敗ではありません。セミはそれを毎回、当たり前のように繰り返しています。つまり、僕たちには「失敗」に聞こえるものが、セミにとっては「正常な鳴き方」なのです。

3つの鳴き方を人間にたとえてみよう
以下は、あくまでも楽しく理解するための「たとえ」です。先ほども書いたように、これらは学習して身につけたものではなく、おそらく遺伝によって受け継がれている安定した特徴です。
【屋久島産】
「ホーシ、ツクツク」を10数回繰り返し、最後のところでスピードを上げ、そのまま突然終わります。いわば、「新しいことなんて覚えないもんね!」と、最初からあきらめてしまっている「落ちこぼれ」。
【中国産】
「ホーシ、ツクツク」を10回前後繰り返す。
↓「ジュクジュク」という不安定な音が数秒入る。
↓「ウイー、ホーシ」を5~7回繰り返す。
途中で必ず少しつまずくけれど、絶対にあきらめず、最後まで二つ目のメロディーを歌い切る「努力家」。
【日本本土産】
「ホーシ、ツクツク」を20数回繰り返す。
↓「ウイー、ホーシ」を4回前後繰り返す。
すんなりと覚えて、途中で失敗することもない「エリート」。
セミの歌と人間の言葉
日本で身近なセミといえば、ツクツクボウシのほかにも、ミンミンゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、ニイニイゼミなどがいます。これらのセミには、中国にも同じ種の別のタイプや近い仲間がいます。
そして、面白いことに、ツクツクボウシだけではありません。いろいろな仲間を調べてみると、日本のセミは比較的なめらかに鳴くのに対して、中国のセミは、どこかぎこちない鳴き方をするという傾向が共通して見られます。例えばミンミンゼミは、鳴き始めてすぐに声が崩れ、そのまま終わってしまいます。アブラゼミは、ヒステリックとも思えるほど高い音で鳴くため、録音してみると、鳴き始めと鳴き終わりの部分しかうまく記録できないことがあります。ヒグラシも、日本のもののように「ケケケケ……」と滑らかにつながるのではなく、「ツケー、ツケー」、あるいは「ツツケー、ツツケー」というように、音を区切りながら鳴きます。ツクツクボウシについては、これまでに説明した通りです。
ただし、ここで「日本のセミは上手で、中国のセミは下手だ」と考えてしまうのは、少し危険です。なぜなら、「上手」「下手」というのは、あくまで僕たち人間の感覚だからです。日本語を話す僕たちが中国語を聞くと、なんとなく間が抜けているように感じることがあります。でも、中国語を話す人からすると、まったく逆かもしれません。中国の人にとっては、中国語のほうが自然で、日本語のほうが変わった言葉に聞こえるかもしれないのです。セミの鳴き声も、それと同じなのではないでしょうか。僕たちには「ぎこちなく」聞こえる鳴き方も、そのセミたちにとっては(そして中国の人々の感覚からも?)、当たり前の、正しい鳴き方なのです。

人間の言葉は、自然の音から生まれたのかも?
ここからは、少し想像の話になります。僕は以前から、人間の言葉は、もしかすると自然界のさまざまな音から生まれたのではないか、と考えることがあります。もちろん、生き物の鳴き声もその中に含まれます。もしかすると、セミの鳴き声も、人間が言葉を作っていく過程に、思っている以上に関わっていたのかもしれません。そう考えるきっかけになった、忘れられない出来事があります。
台湾の山の中腹で、少数民族の人々が暮らす地域を訪れたときのことです。そこで、ワタナベヒグラシというセミの鳴き声を録音しました。樹林の中で、何時間も途切れることなく鳴き続けるセミがいました。僕は、「このセミが鳴き終わるまで録音してみよう」と決めました。そして、ずっと録音を続けました。
やがて日が暮れ、周囲が真っ暗になった、その瞬間です。それまで何時間も鳴き続けていたセミが、ぴたりと鳴くのをやめました。僕も録音を終え、暗くなった急な山道を駆け下りて、ふもとの村へ戻りました。すると、村では若者たちが、手作りの楽器を奏でながら、音楽に合わせて踊っていました。
僕は、その音楽を聞いて、思わず立ち止まりました。そのメロディーが、さっきまで何時間も聞き続けていたワタナベヒグラシの鳴き声と、そっくりだったのです。偶然なのかもしれません。でも、そのとき僕は、ふと考えました。もしかすると、人間が作り出した音楽や言葉のどこかには、私たちが暮らしている自然の音が、深く刻み込まれているのではないだろうか、と。








