主食はドングリ!生物資源利用だけの持続可能な暮らしとは!? | サバイバル・防災 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

サバイバル・防災

2026.06.24

主食はドングリ!生物資源利用だけの持続可能な暮らしとは!?

主食はドングリ!生物資源利用だけの持続可能な暮らしとは!?
南米最南端からアフリカまで人力で辿る旅、人類が日本列島にやってきたルートを辿る旅に続く新たなグレートジャーニーは、旧石器時代へのタイムスリップ。旅は、河原で作った打製石器で木を伐り、その木を植物を綯った紐で縛って家を作ることから始まった。
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グレートジャーニー 最新章〈旧石器時代へ、時を辿る旅〉 05〝わが家〟に泊まって寝る

関野吉晴 (せきの・よしはる)

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1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、南米最南端からアフリカまで人類の足跡を遡行する「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人々のルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。

1年かけて作った"わが家"。一番寒い時季に泊まって寝た。だが、問題は……

石器時代にタイムスリップする旅は、2023年の正月から始まった。私は、大きな期待に胸を膨らませて計画を立てた。1年間で何ができるか? 最初の3か月で何をするか?
 
まず住む家がなければ始まらない。石斧を作って、木を伐る。釘がないので、伐った木を紐、縄で縛って家を作る。その紐や縄も、植物から綯って作る。家にはカマドが必要だ。火は、火おこし棒を使っておこさなければならない。その他、籠、ゴザ、袋などを作る。黒曜石を探して、ナイフを作る。竹で水筒を作り、木で食器を作る。
 
3か月で以上をやり遂げたいと思った。今考えればずいぶん欲張ったものだと思う。実際にはこれらのことをやり遂げるのに1年かかってしまった。実験考古学の研究では、1本の木を伐るのに、石器だと鉄器の4倍の時間がかかるという。まさにそれと付合するように、3か月でやり遂げようとしたことに丸1年かかってしまった。
 
当初書いたメモには、1年間で以下のことを追加するつもりだと記していた。

・狩猟、採集に必要な罠を作り、罠猟で猪、鹿を獲る。
・漁網、魚用の筌(ウケ)を作り、魚を捕る。
・樹皮、蔓、根を繊維化した紐、ロープ作り。
・鹿皮のなめし、衣類作り。
・糸づくり、鹿角針作り。
・赤麻(アカソ)、カラムシの繊維で服作り。
・籠、ゴザ、鍋敷き、草鞋、藁のブーツ作り。
・火おこし棒を作り、火をおこす。
・石臼作り。
・蛇紋岩で石斧、流紋岩で砥石、黒曜石で石斧、ナイフ作り。
・竹で食器、ナイフ、家の内装を作る。
・野イチゴなど野生フルーツ採集。
・山栗採集。
・昆虫及びその幼虫を採取して食べる。
・養蜂。
・ザリガニ、カエル、ヘビを採取して、焼いて食べる。
・12月には楽器を作り、奏でる。

 
要は地下資源を使わない、生物資源利用だけの持続可能な暮らしである。
 
この計画を最初から支援してくれている野口敏宏さんから、「全部をやり遂げるには,関野さんは100歳まで生き延びなければいけないね」といわれ、「そんなご冗談を」と思ったが、冗談ではないことがわかってきた。
 
雨風が凌げるわが家が完成するまでに1年かかった。屋根材も倒木のスギから剥いだ皮からでは足りず、ススキ、アシ、チガヤと竹も利用した。
 
奥多摩で、一番寒い時季に、この小屋に10日間泊まって寝ることにした。私は気温が一番下がるといわれる大寒の日の朝に生まれた。その大寒の日と前後5日間の計10日間をわが家で過ごすことにした。早朝は氷点下7〜8度Cまで下がる。小屋の中は2人がゆとりを持って泊まれるスペースがある。夜中は地面が凍るので、その片側半分に直径7〜8㎝の竹を敷き詰めてベッドにした。これで地面からの湿気と冷気を弱めることができる。屋根からの雨漏りが心配だったが、小屋が完成してから2週間の間に降った雨でも雨漏りはなく、ほっとした。
 
水に困ることはなかった。小屋の前に小川が流れている。水は澄んでいて、この上流には人家はなく、ほとんど人が入ってこない。週末に猟友会の人たちが鹿や猪を撃ちに来るくらいだ。竹で水筒を作り、それで小川の水を汲んで生水を飲んだ。
 
懸念は食料だ。
 
わが家は、山に囲まれていて日照時間が短いが、日が差すととても美しい。バンビでも出てくれば、ディズニー映画に出てくるような森なのだ。でも、私としては美しさよりも森や川から食料を得たい。鹿、猪はいるのだが、銃は自分で作れないので使わない。罠で獲れるけれど、罠猟の免許が必要だ。まだ狩猟免許を持っていないので、いずれ免許を取得するまで罠猟もできない。
 
小屋は周囲をびっしりとスギで囲まれている。広葉樹や雑木はほとんどない。戦後、田んぼだったところも潰して、スギの植林が始まった。農業よりも可能性があると考えられていたからだ。ところが、カナダ、ロシアや南方の国々から安い輸入材が多量に入ってくると、スギ材は売れなくなった。売れないと、間伐や枝打ちなどの管理が行き届かなくなる。人工的な森は人が管理しないと荒れ放題になっていった。わが家の森では、スギとそれに絡まっているテイカカズラなどが蔓延っているだけだ。テイカカズラは初夏にキョウチクトウを小さくしたような白い小さな花を咲かす。下生えはほとんどがシダで食べられる植物がない。
 
ところどころにツヤツヤとした葉っぱの中に小さいけれど綺麗な白い花を咲かせる植物があった。 茶の花だった。お茶といえば日が燦々と注いでいる茶畑をイメージしていたが、日差しがほとんど届かないスギ林の中でも逞しく育っているのだ。付近の茶畑から種が飛んできて、繁殖しているようだ。
 
野イチゴはありそうだが、季節性があるし、実があっても味見程度で、栄養源としては期待できない。真冬だということもあり、ムシたちもいない。ここでは、罠猟の免許を取るまでは、採集狩猟の自給自足生活は難しいことがわかった。
 
そこで、主食をドングリにすることにした。
 
21世紀に入り、「グレートジャーニー」を完走した私は、「人類が日本列島にやってきたルートを辿る」ことをテーマに「新グレートジャーニー」という新たな旅を行なった。シベリアからサハリンを経て北海道にいたる北方ルート、ヒマラヤからインドシナを抜けて朝鮮半島を経由して九州にいたる中央ルート。最後に辿った南方ルートでは、インドネシアで1年かけて手作りカヌーを作り、3年かけてインドネシアから沖縄まで4700㎞を航海した。15年ほど前のことだ。そのとき、ドングリを使ってドングリクッキーを作った。ドングリの実を叩き潰して、その粉に蜂蜜を加えてクッキーにしたのだ。
 
ドングリはアクがあり、アクを抜かないと食べられない。しかしそのとき使ったドングリはマテバシイだった。マテバシイやスダジイなどシイの仲間のドングリは、アクがほとんどなく、生でも食べられるのだ。若干だが甘みもある。武蔵野の林にはマテバシイの木があるので、秋になるとたくさんのマテバシイのドングリが落ちている。私は、それを主食にすることにした。

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奥多摩のスギ林の中、打製石器と自然素材だけを使い1年かけて作ったわが家。下生えはほとんどシダで食料の確保が最大の問題だった。

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主食のマテバシイ。いつもポケットに入れておき、食べたいときは平らな石の上に置き、別の石でたたき割って、殻を除いて食べる。

※構成/鍋田吉郎 写真/筆者提供

(BE-PAL 2026年6月号より)

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