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2026.04.10

安平と新化。台南近郊にある二つの老街をそぞろ歩く

安平と新化。台南近郊にある二つの老街をそぞろ歩く
旅行作家・写真家の山本高樹による、台湾写真紀行の短期連載。第8回は、台南(タイナン)の近郊にある2つの街、安平(アンピン)と新化(シンフア)の老街(ラオジエ)を訪ねた時のレポートをお届けします。
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山本高樹の台湾鉄道環島旅・第8回:安平と新化

台南での滞在中、僕は、近郊にある2つの小さな街を、日帰りで訪ねてみることにしました。ひとつめの街は、安平。台南からは、台鉄の台南駅近くからバスに乗って、片道2、30分ほどで気軽に行くことができます。

安平は、台湾でも古くからの歴史を持つ街で、17世紀にオランダ東インド会社によって、この地にゼーランディア城と呼ばれる城砦が築かれたことで知られています。ゼーランディア城は、中国の清に抗って台湾に渡ってきた明の遺臣、鄭成功によって奪取され、安平城と名を変えます。その後、清による統治を経るうちに、安平城の建造物の大半は取り壊され、当時の構造物ではレンガ造りの壁と土台だけが残りました。日本統治時代には、洋風の新たな建物が建てられています。台湾の歴史を語る上で欠かせない存在のこの城跡は、現在、安平古堡(アンピンクーバオ)という史跡として保存されています。

今も残る徳記洋行の建物。

安平には、ほかにも有名な史跡があります。徳記洋行(ドゥージーヤンハン)は、19世紀にイギリス人が設立した洋行(商社)のあった洋館。当時の安平では、英国のほかに米国やドイツの洋行も進出していて、日本による統治が始まる19世紀末頃まで、盛んに貿易が行われていたそうです。どっしりとした造りの白亜の建物の内部は、現在は当時の歴史を紹介する博物館となっています。

徳記洋行の奥にある、安平樹屋。

徳記洋行の敷地を奥に進んでいくと、かつての倉庫の跡が、ガジュマルの木にびっしり絡みつかれて取り込まれてしまっている場所に行き着きます。長い時を経ているとはいえ、熱帯の樹木の生命力は途方もないですね……。ここは安平樹屋(アンピンシューウー)と呼ばれていて、そのビジュアルから、安平でも人気の観光スポットになっています。

安平古堡の近くに軒を連ねる屋台。

安平古堡の近くには、いろんな趣向を凝らした個性豊かな屋台が、ずらりと軒を連ねていました。漢字の圧がすごい(笑)。台湾の人たちは、こういうちょっとした食べ物を屋台で買って食べ歩きするのが、日本人以上に好きなような気がします。

縁日のような賑わいの、安平老街。

延平街という通りのあたりには、安平老街と呼ばれる古い街並が今も残っています。道の両側には商店や屋台がたくさん並んでいて、日本のお祭りの縁日のようなにぎわいです。ところどころに顔をのぞかせる細い路地を分け入っていくと、昔ながらのレンガ造りの家々が風情のある雰囲気を醸し出していて、散策しがいがあります。

同記安平豆花でいただいた、白豆花。

しばらく歩き回っているうちにお腹が空いたので、同記安平豆花(トンジーアンピントウファ)の2号店へ(本店よりも2号店の方が、安平老街からは近いので)。1970年創業のこのお店、台湾でも指折りの豆花の有名店なのだそうです。僕は運よく空いていた席にするっと座れましたが、通常はほぼ常に、店の前に行列ができている状態。本店はさらに混雑しているのだとか。

今回は、オーソドックスな傳統白豆花に、アズキとタピオカをトッピングしたものと、ミルクティーを注文。豆花は、大豆のうまみが感じられる素朴で優しい味わいで、シロップの甘みもほどよく絶妙。ボリュームもちょうどよい感じで、人気があるのもうなずけます。ほかに、竹炭黒豆花などのバリエーションもあって、次回はそれを試そう……と決意を新たにしました(笑)。

台南近郊のもうひとつの老街、新化へ

バロック調の洋館が建ち並ぶ、新化老街。

台南での滞在中に訪れた2つめの街は、新化。台鐵の台南駅近くからバスに乗って、片道40分ほどの場所にあります。もともとは、台湾原住民のシラヤ(西拉雅)族の人々が暮らしていた土地で、昔は彼らの言葉で「山林の地」という意味のダームーシャン(大目降)と呼ばれていたのだとか。日本統治時代になると、新化はこの地域の交通の要衝として栄えるようになりました。

新化の中正路という通りの左右には、20世紀初頭から建てられるようになったレトロな佇まいの洋館が建ち並んでいて、この一帯が新化老街と呼ばれています。ある富豪がここに建てたバロック調の装飾の建物が評判となり、ほかの人々もそれを真似した洋館を次々と建てていったのが、この老街の始まりなのだとか。

通りの西側の建物の方が築年数が古い。

新化老街では、中正路の西側の建物の方がより古くからあるもので、東側の建物は1931年以降に、政府の方針によって建てられたものだそうです。建物の装飾にはそれぞれに細かな特徴があって、あちこち見比べながら通り沿いを歩くと楽しいです。

現在はレストランとなっている、街役場だった建物。

新化老街から少し離れたところにあるこの立派な建物は、1934年に建設された、新化の街役場でした。近年になって新しい市庁舎が完成した際、この街役場の建物を取り壊して、跡地に駐車場を建設する計画が持ち上がったそうですが、地元住民は猛反発。その結果、何と、建物自体は壊さないまま、200メートルほど離れた空き地に引っ張って移動させ、地下に駐車場を作った後、再び引っ張っていって、元の場所に戻したのだそうです。古い建物を大切にする、台湾の人たちらしいエピソードですね。街役場の建物は今、この街の名物レストランとして営業しています。

台南の漁師の苦心が生んだ小吃、担仔麺

度小月担仔麺の店内。

台南の数ある小吃(シャオチー、軽食)の中で、前回の記事で紹介しきれなかったのが、担仔麺(ターアーミー)。台南発祥のこの麺料理は、小ぶりな器にゆで麺を盛って、肉そぼろとゆでたエビなどを添えて出されます。スープはありとなしが選べる店が多いです。台南のみならず、台湾の至るところにある食堂や屋台で食べることができる、とても素朴な麺料理です。

台南でこの担仔麺を生み出したと言われているのが、度小月担仔麺(ドゥシヤオユエターアーミー)という店。台南市内に何軒か支店があるので、僕もそのうちの一軒に行ってみました。

定番の担仔麺(汁あり)。

担仔(ターアー)とは、「天秤棒を振り担ぐ」という意味だそうです。台南では4月から9月頃にかけての小月(シヤオユエ)と呼ばれる期間、台風の影響で海が荒れる日が多いので、その期間、漁師の人たちはあまり海に出られませんでした。漁であまり稼ぐことのできない「小月」の間を「度(すご)す」ため、かつての漁師たちは天秤棒で麺を担いで売り歩き、その稼ぎで海に出られない季節の暮らしをしのいでいたのだとか。度小月担仔麺という店名には、そんな台南ならではの由来があるのだそうです。

山本 高樹さん

著述家・編集者・写真家

1969年岡山県生まれ、早稲田大学第一文学部卒。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとその周辺地域に長期滞在して取材を敢行。以来、この地方での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている。著書『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」を受賞。近著に『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』(雷鳥社)、『流離人(さすらいびと)のノート』(金子書房)など。

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