鹿の狩猟で最も大切なことは?北海道のバーで出会った若き相棒とシカを撃つ | 狩猟 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

狩猟

2026.03.04

鹿の狩猟で最も大切なことは?北海道のバーで出会った若き相棒とシカを撃つ

NHKディレクターをやめて猟師になったミキオが北海道移住する前のお話。今回はシカを射止め、カナダの師匠から教わった儀式で祈りを捧げる。同行した若きバーテンダーの心にも響いた。
Source

イヌとバーテンとシカ

そのバーを見つけたのはある日の深夜。転勤先の北海道から東京に戻され半年近くが経った9月末のことだった。

 
僕は愛犬の散歩をしていた。ハンターが犬を飼っているというと、当然のごとく猟犬だと思われるが、残念ながら違う。僕が飼っているのは、フレンチブルドッグ。「ぶぅ太」という名のオスだ。愛玩犬であり、狩猟にはなんの役にも立たない。水に入ることを極端に嫌がるし、雪が深いと短い足が刺さって身動きできなくなってしまう。
 
ぶぅ太は、妻が僕と出会う前から飼っていた犬で、いわば連れ子だ。クリーム色のムチムチボディーで、いつも鼻水を垂らしてブヒブヒいっている。出会った当初から可愛いヤツだと思っていたが、徐々に溺愛の度合いが増し、やがて毎晩一緒に寝るようになった。
 
ぶぅ太の散歩は、僕の役目だ。大通りから一本だけ裏に入った、下町の暗い路地を歩いていると、ぼんやりとした温かい明かりが浮き上がっているのが見えた。吸い寄せられるように近付く。その前にはピンク色の巨大なブタの置物が鎮座し、首からは

「ワンちゃんは人間より歓迎です」と書かれた看板がぶら下がっていた。一体なんの店だろう。中を覗き込む。奥にいた女性が僕らに気付き、「どうぞどうぞ」と中に招き入れられた。
 
そこは素敵なバーだった。控えめな照明。7メートル近くあるカウンターの奥には、若い男性バーテンダーが人懐こい笑顔でたたずんでいる。先ほどの女性オーナーと二人三脚で店を切り盛りしているという。
 
もともと鉄工所だった建物は80平米もあって、アンティーク調の革張りのソファと、ローテーブルがゆったりとした間隔で据えられている。オーナーはアーティストでもあり、壁には彼女が描いた何枚もの絵が飾られていた。
 
パイナップルを頭に乗せたフレンチブルドッグに、シルクハットをかぶったバセットハウンド。内容も色使いもポップなのに、彼らの目はとても静かだ。僕を見つめ、無言で何かを訴えかけてくる。居心地の良さの中に、微量の切なさがちりばめられ、無性に郷愁に駆られる。最初の訪問は5分に満たなかったが、僕はそのバーがいたく気に入ってしまった。しかし財布を持たずに家を出ていたため、後日の来店を約束し、帰路についた。

都会生活における秘密のポケット

「シカが追えなくても、カモを回収できなくても、可愛ければイイんです! ということでマサタカくん、もう一杯ね〜」 byぶぅ太

以来、いい酒が飲みたくなると、その店に行くようになった。カウンターに並べられたハイスツールに、まずはぶぅ太を抱き上げて乗せ、隣に座る。すかさず、愛犬の前には新鮮な水と、バーテンダーお手製の犬用クッキーが置かれる。僕はすっきりしたカクテルか、アイラモルトのウイスキーをオーダーする。
 
目の前に差し出された一杯をひと舐めし、店内に満ちたセピア色の空気を大きく吸い、ゆっくり吐き出す。無意識のうちに作り上げていた、精神の武装が解除される。まるで心の指圧を受けているような気分だ。「現代社会」という名の煩わしいスーツを着せられてしまった人間にとって、このバーのような秘密のポケットを持っておくことは、とても大事なことに思える。

 
ぶぅ太もその店が大好きになり、しばらくすると散歩の度に行きたがるようになった。腰を落として体勢を低くし、シャカシャカと地面を掻く様子はまるで昆虫のようだ。「こっちです!」と全体重をかけて僕を引っ張る。
 
店への道筋は完全に記憶している彼だが、休みがあることまでは理解できない。閉店日には、降ろされたシャッターを前に呆然と立ち尽くす。続いて前足でシャッターをガリガリと引っ掻き、首を傾げてじっと待つ。何度かそれを繰り返すと僕の方を振り向き、「どうして開いてないんですか?」と恨めしそうな涙目で見つめる。僕は肩をすくめて隣にしゃがみ、頭を撫でてあげる。しばらくすると、ぶぅ太もさすがに諦めて歩き出す。何度も何度も、名残惜しそうに振り向きながら。
 
そして数日後、彼は雪辱を果たし、僕らはまた仲良くカウンターに肩を並べるのだった。

 
そうした夜を繰り返しながら、僕は徐々にバーテンダーと仲良くなっていった。名前は原雅貴。まだ27歳だった。
 
長野県出身の雅貴は自然の中で育ち、元々狩猟に興味があったらしい。シカ撃ちやクマ撃ち、カナダでの狩猟体験などについて話すと、いつも食い入るように聞いていた。やがて彼は「僕もハンターになりたいです!」と言い始めた。そして数か月後、驚いたことに、本当に銃の所持許可を取得してしまったのだった。

若きバーテンダーとの狩り

当時、僕は山梨県まで出向いて狩猟をしていた。3月12日、山梨でのシカ猟期の最終日曜。僕は猟に出ることにした。会社を辞めて北海道に移住することを決めていたので、これが東京で狩猟をする最後の機会となる。免許だけで銃はまだ持っていないが、やる気は満々の雅貴を連れてゆくことにした。
 
午前2時。深夜までカウンターに立ち、その後に清掃などの残務がある雅貴を、バーに車で迎えにゆく。当然、彼は一睡もしていないが、そこは27歳の若者。目は爛々と輝き、疲れた様子は微塵もなかった。

 
3時間後、山のふもとに到着した。僕らは暗いうちから歩き始めた。発砲していいのは、日の出から日の入りまでと法律で定められているが、もし日の出前にシカに出会ってしまったとしても、単に見逃せばいいだけだ。
 
ハンターが山を歩く季節、シカたちは撃たれない夜間に活動するようになる。だから、発砲可能な時間帯の中で、最もシカが獲れるのは日の出直後か日没直前だ。徹夜で狩猟に臨んでいる雅貴のことを考えると、できるだけ早い時間に獲ってあげたいし、そうなれば解体も明るい中でゆっくり教えられる。
 
朝一番、森の奥に戻る前に、まだ草を食べているシカを狙いたい。可能性が高いのは草原と森の境目だ。その日歩くルートの中で、開けた草地は、稜線上の1か所だけだった。発砲していい時間帯までに、そこに辿り着きたい。

 
息を殺してゆっくりと急斜面を登る。辺りが徐々に明るさを増し、朝日が差し込むころ。僕らはなだらかなアップダウンを繰り返す草地に到達していた。
 
大地の盛り上がりを慎重に超えてゆく。繰り返すこと数回。草地の端に、白い丸が見えた。シカの尻尾だ。思い描いていたとおりのシチュエーション。
 
そのシカは僕らに背を向け、1頭で草を食べていた。こちらには気付いていない。しかし距離が遠すぎる。このまま撃っても当たらない可能性がある。
 
それならまずは、山の中でシカの後ろ姿がどのように見えるのかを、雅貴に見せてあげよう。ジェスチャーだけで、身を屈めて音を立てずにそばに来るように伝える。シカを指差すと、彼は大きく目を見開いて頷いた。
 
突然、シカが頭を上げてこちらを振り向いた。短い角があるが、まだ枝分かれはしていない。1歳のオスだ。わずかな足音を気取られたか、人間のにおいを感じ取ったのか。ここまでは作戦どおりだったのに、残念だ。

命がけの「だるまさんが転んだ」


ところが意外なことが起きた。シカが再び頭を下げ、草を食べ始めたではないか。これはラッキー。姿勢を低くして、身じろぎひとつしない僕らを、岩か何かだと思ったのかもしれない。
 
シカは緩やかなV字を描く窪みの反対側の斜面に居て、僕らが身を隠すことができるものは何もない。雅貴に絶対に動かないよう合図し、僕は這うように前進を始めた。食事中のシカは、音に疎い。草を噛みちぎる音が耳のすぐそばで鳴っているからだろう。僕は、シカが地面に口をつけている間に進み、頭を上げた瞬間に止まり、ジリジリと匍匐前進を続けた。
 
圧倒的に人間に不利ではあるものの、シカにとっては命が懸かった「だるまさんが転んだ」が、張り詰めた静寂の中で展開される。

50メートルほど進み、ようやくシカが射程圏内に入った。それまでに数回しか経験したことのない、伏射の姿勢をとる。腹ばいのまま、銃を地面に置いて安定させる。普段なら藪が邪魔でシカが見えなくなってしまう。開けた草地ならではの射撃姿勢だ。
 
ついに、シカを完全に照準の中に捉えた。地面に寝転んでいるため、ブレはない。絶対に当たる。確信を立証するように、引き金を引く。銅弾が冷気を切り裂き、シカはその場で前のめりに倒れ

 
ここからは、授かった命を美味しい肉にするための作業が始まる。まずは血抜きだ。近づくとシカはピクリとも動かず、完全に事切れていた。雅貴には、僕が解体に使っているナイフを貸してあり、胸のどこを刺すかも説明してあった。ナイフを握る雅貴の右手に僕の手を添えてポジションを確認する。一気に突くと、熱い血が噴き出して彼の手を濡らす。狩猟が命をいただく行為であることを最も実感する瞬間だ。
 
やがてシカの瞳孔は満月のように開いた。その顔をよく見て驚いた。上顎が右にねじれているのだ。下顎と噛み合っていない。怪我でここまでの変形が起きるとは考えられず、きっと生まれつきのものだろう。
 
この顎では、満足に草を食べることはできなかったはずだ。普段は群れていることが多いのに、なぜかこの子は1頭だけで草を食べていた。仲間外れにされたのか、あるいは空腹を満たすのに時間がかかるため、自分だけ残って食べ続けていたのか。いずれにせよ、その短い一生が辛い時間の連続であったことは想像に難くない。
 
それでもここまで生き延びたことに深い敬意を表しながら、肉の一片たりとも残さぬように解体した。雅貴の表情は真剣そのものだ。皮も鞣したいとのことで、毛皮にもナイフで穴を開けないよう、細心の注意を払った。

カナダの師匠キースから教わった一番大事なこと

撃つのは一瞬。解体と運搬から本当の労働が始まる。

 
解体の最後。首から気管を取り出して木の枝にかけた。これは、僕が初めてカナダで狩猟を体験したとき、師匠のキースから教わった儀式だ。シカが生きている間、息を吸っては吐き、気管には常に空気が流れている。しかし、狩猟が成功したことにより、呼吸は止まってしまう。解体後にその気管を枝にかけると不思議と風が吹き始め、気管には空気の流れが蘇る。そのように、シカの魂が大いなるもののもとに還ったのち、また息を取り戻して新しい命を授かるように祈るのだ。キースの

「狩猟で一番大事なことだから絶対に忘れるな」という言葉を雅貴に伝え、僕らはしばらく口をつぐんで祈りを捧げた。

 
解体の作業が終わるころには、腹が減ってきた。火をおこし、捌きたてのヒレ肉を焼くことにする。木の枝の先端を尖らせて串を打ち、ゆっくりと炙る。脂がジュウジュウと音を立てると、僕らの腹も鳴りだす。いい香りが漂い、思わずよだれが出る。ついさっき、神妙な顔をしてシカの冥福を祈っていたはずなのに、もう頭の中は彼の肉を食べることでいっぱいになっている。それは不謹慎なことなのだろうか。
 
シカの目から光が失われ、魂が旅立ってゆく様を見届けるのは、何頭獲っても慣れることはない。いつも胸が締め付けられる思いだ。それでも、その肉を見ると猛然と食欲が湧いてくる。旨いものが食える喜びが頭をもたげる。それでいい、と僕は考えている。全ての動物は、他者を食らうことでしか、生命を維持することができない。善悪の問題ではない。それは動物としてこの世に生を受けた者の宿命だ。いくら辛かろうが、否応なしに辛さは喜びに変換されてしまう。それは僕らが動物であるからこそ。そして僕らが生きているからこそなのだ。
 
倒木の上にシラカバの真っ白な樹皮を敷き、その上で肉を切り分ける。味付けは塩コショウを軽く振るだけで十分だ。「こんなに旨い肉、食べたことないです!」と夢中でかぶりつく雅貴を見て、思わず顔がほころぶ。

獲るまでは 何も始まっていない

 帰り道、肉は全て雅貴が背負った。小柄なシカとはいえ、丸一頭分の肉の重量はなかなかのものだ。更に凍っていた土が春の日差しに解け、足元は悪い。登りで僕が使っていたストックを貸してあげたが、たまにズルズルと足を滑らせ、へっぴり腰で斜面を下っている。それでも、弱音は決して吐かない。重労働の中に、喜びを見出しているのが見てとれる。きっと彼は、いいハンターになる。僕より随分遅れて山から降りてきた雅貴の、汗だくの笑顔を見て、そう思った。
 
シカの肉は彼の一部となり、その革は初めての狩猟体験の記憶を鮮やかに蘇らせる。僕はまた、愛犬と共にバーカウンターに座り、彼の作った酒を飲む。そして僕らはいつまでも飽きることなく、苦境にめげず力強く生きたシカを讃え、特別な一日を分かち合った喜びを言祝ぐのだ。

気管を枝にかける儀式だけでなく、獲物を解体してゆくすべての過程が彼らとの対話であり、"祈り"という行為に思えてならない。

※撮影/大川原敬明(P52) イラスト/ブッシュ早坂(編集部)

(BE-PAL 2026年2月号より)

黒田未来雄さん

狩猟家

1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟体験を積み、10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを早期退職して北海道に移住。狩猟採集生活を行ないつつ、執筆や講演を通じてその魅力を発信中。

あわせて読みたい

元NHKディレクターのハンター黒田未来雄氏を追った“命”の写真展

元NHKディレクターのハンター黒田未来雄氏を追った“命”の写真展

脱サラ猟師・黒田未来雄を導いたカナダ先住民族の教えとは?

脱サラ猟師・黒田未来雄を導いたカナダ先住民族の教えとは?

元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターが猟師に!人生最大にして最高の頂きものとは?

元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターが猟師に!人生最大にして最高の頂きものとは?

NEW ARTICLES

『 狩猟 』新着編集部記事

脱サラ猟師・黒田未来雄を導いたカナダ先住民族の教えとは?

2026.01.18

元NHK「ダーウィンが来た!」ディレクターが猟師に!人生最大にして最高の頂きものとは?

2025.12.09

脱サラ猟師が叶えた「限りなく自由な単独忍び猟。喜びも悔しさも、全部ひとりじめ」人生とは

2025.11.14

元NHKディレクターのハンター黒田未来雄氏を追った“命”の写真展

2025.05.11

台湾の原住民族は、タイワンイノシシをレアに焼き、刻んで巧みに料理した!

2025.01.07

沖縄やんばるにイノシシの狩猟文化を訪ねると、ハブの煮物が待っていた!

2024.12.25

西表島にリュウキュウイノシシの狩猟文化を訪ね、獲物を刺身で食らった!

2024.12.08

罠猟とは?免許申請の流れから試験内容、注意点まで解説

2021.12.29