
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第24回をお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その24]
設備もしっかりしているLHHトレイルのキャンプ場
オハイオパイルシェルター・キャンプ場でぼんやり過ごしていると、夕方、レンジャーがやってきて予約の確認をしていました。今夜はシェルターが満室で、キャンプエリアに5~6名いました。
それにしても、予約はウェブでできるのに、いちいち確認に来るなんて。やや気になったし、レンジャーの「SEE YOU TOMORROW」という言葉も引っかかりましたが、このときはやり過ごしました。
ところで、LHHトレイルの第1夜は、今までとは打って変わり、驚くことに寝袋では暑かったのです。なんという寒暖差。とはいえ、オハイオパイルシェルター・キャンプ場のシェルターは快適でした。
vol.14で紹介したように、アメリカの3大ロングトレイルのひとつであるアパラチアン・トレイルでは、ルート上のさまざまなものに白い長方形のマークが付けられています。それに対し、LHHトレイルは黄色の長方形のマークでした。

また、LHHトレイルのシェルターは、かなり個性的です。広さは、定員2〜3名ほどで、入り口には暖炉があります。各キャンプ場に5つのシェルターがあり、それぞれ番号が付けられています。なかなか快適ですが、焚き火の匂いがしみついています。
シェルターにネズミやリスもいることが多いのは、アパラチアン・トレイルと一緒です。ネズミやリスの痕跡を見つけたら、シェルターの中にインナーテントを張って泊ります。テントを立てないと一晩中ネズミやリスが寝袋の上を行ったり来たりして騒がしく、安眠できません。

LHHトレイルのトレイルキャンプ場があるのは、州立公園です。動物がゴミをあさらないように、ロック式の鉄製のゴミ箱が設置されています。
このエリアに生息しているのはブラックベアーです。ツキノワグマと同じ種類の熊で、大きな個体だと体長が2mくらいなので、出くわすとかなり迫力があります。

また、LHHトレイルのルートは尾根沿いで水の確保が難しいので、キャンプ場には必ずポンプが設置されていました。ポンプの水は、ほとんどが赤さびていて、浄水器がないと飲めません。
なので、キャンプ場に到着すると、その日の夜の分、プラス翌日歩くときに必要な分の水を用意しなくてはなりませんでした(LHHトレイルの沿線では気軽にミネラルウォーターを購入できるような店はほぼありません)。

トイレは男女別です。男性用には小の便器まで備えられていました。掘っ立て小屋のようなワイルドなアパラチアントレイルのトイレと比べると、掃除も行き届いていて快適そのものです。

トイレ掃除やゴミの回収、レンジャーの見回りなどのため、キャンプ場まで車が入れるようになっていました。シェルターエリアの間には、キャンプサイトが点在していて、ピクニックテーブルとファイヤーサークル(焚き火エリア)がありました。
僕は今回、運よくシェルターの予約が出来ました。(季節によっては)キャンプも悪くないですが、シェルターなら朝露に濡れたり結露を心配したりする必要もありません。些細なことのようですが、精神的な負担は大きく変わります。

今回、僕はLHHトレイルの全行程70マイル(約112km)を5日間で歩きます。アップダウンが激しいルートなので1日に歩く距離も短くなる上、指定地でしかキャンプが出来ません。5日間の最終日以外は、毎日14マイル(約22.4km)しか歩かない、ゆったりとした行程です。
ところで、アメリカのトレイルを歩いていると、時々ハンティング・シーズンに出くわすことがあります。このLHHトレイルでも、ハンティング・エリアを示す看板が木にくくられていました。ハンティング・シーズン中は、動物と間違えて撃たれないようにオレンジ色などの明るい服を着ることが推奨されています。
アメリカでもハンティングには許可書が必要で、対象となる動物によって狩猟期間もライセンスも異なります。今回もトレイルを歩いていて銃声を聞くことが何度かありました。銃声を耳にすると、「間違って撃つなよ、撃つなよ」と呟きながら、ゆっくり歩くようになります。ハンティング・シーズンに歩くと、かなり気疲れするのです。

事前に、LHHトレイルは「ペンシルバニアでもっとも美しい紅葉が見られるトレイル」と聞いていました。なので、たくさんハイカーがいるかと思ったのですが、全然いませんでした。そりゃ田舎だし、平日の日中だし、そうそう歩いている人いないか…。
ここまで歩いたC&O運河トレイル、GAPトレイルでも、バイカーには出会いましたが、ほぼハイカーの姿は見ませんでした。そして、ハイカーのみが通行できるLHHトレイルに入ると、当然バイカーすら見かけず、ほとんど人と会いません。
LHHトレイルを歩いて2日目。キャンプ場に着くと、やはりハイカーの姿はありません。予約していたシェルターでゆっくりしていると、夕方、昨日来たレンジャーが再び現れ、「体調はどう?」と声をかけられます。彼が昨日「SEE YOU TOMORROW」といっていた意味が分かりました。
レンジャーは、単にシェルターの予約状況をチェックしているだけでなく、ハイカーの体調や様子も確認していたのです。僕が「特に問題ない」と答えると、レンジャーの彼はアメリカンジョークを2つほどかましました(僕の英語のリスニング能力の問題もあり、それほど笑えませんでした…)。そして、彼は今度は「GOOD NIGHT」といって帰っていきました。きっと明日からは違う人が来るのだろうな。

3日目に入ると、LHHトレイルでの生活リズムにも慣れ始めてきました。人がいない心地よさ、静かなトレイルが何ともしっくりきます。
時々、一般道との合流地点などを通過するときに、人の気配を感じたり、車を目にすることはあります。でも、そこを離れるとまた静かな時間がやってくるのです。もっとも、事前に地図で見たイメージとは違い、州立公園の周辺には小さな集落もあるようです。
The Potomac Heritage Trail : MILE282
山の中を歩いていると、突然リフトが見え、広大な芝生エリアが広がっていました。地図で確認すると「セブンスプリングスキーリゾート」という場所のようです。ひさびさに見る大きな人造物ですが、肝心のLHHトレイルのマーカーがほぼ見当たりません。軽いロスト(道迷い)を数回繰り返すうち、大きな駐車場に出ました。

ここで、60代と思われる女性数人に声をかけられました。
1人目は、特にポトマックヘリテージトレイルもLHHトレイルも知らない、ただ散歩にきたという女性でした。どこまで行くのかと聞かれたのでジョンズタウンと答えると、2時間くらいで着くから車で送っていこうかと誘われました。
「ありがたいけど、トレイルを歩いているので」と説明するのですが、車で行った方が早いの一点張り。それでも断ると、今度は僕が降りてきたばかりの山の上を指さし、「あっちの方が景色が良いから、あそこで休みなさい」と勧めてきます。僕の英語力の問題もあるのでしょうが、コミュニケーションって難しいですね…。
どうにか彼女の度重なる誘いをはね返しました。彼女が見えなくなるのを待って、バックパックを降ろして休憩していると、1台の車がやってきました。車から犬を降ろし、ダニ除けらしいスプレーを犬の体に吹き付けています。そして、彼女も話しかけてきたのでした。
「水は大丈夫?」から始まり、「ほしいものはある?」「浄水器は持っている?」などなど、矢継ぎ早に僕のことを心配してくれます。ただ、言葉を重ねていく中で分かったのですが、実は彼女もハイカーでした。彼女は、LHHトレイルをセクションで(区間ごとに)歩いているそうです。そして、別れ際に「Happy Hiking!」と声をかけてくれました。
特に疲れているときなどは、他人から声をかけられると億劫に感じることもあります。誰とはいわないけれど、相手の都合などお構いなしなアメリカ人に出くわすと、ゲンナリします…。
ただ、ハイカーはハイカーを知るというか、何を必要としているか、何に困っているかなど、ハイカーだからこそ理解できることがあります。2人目の女性に対し、最初はおせっかいな人かなと警戒しました。でも、話をする中で、ハイカーならではの気遣いを感じ、最後は気持ちのいい言葉をかけてくれました。
こういった出会いがあると、「やっぱりハイカーっていいな」と心から思えるのです。

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