インドの中でも辺境に位置するラダックでは、かつて、子供や若者への教育制度に多くの問題を抱えていました。たとえば、教科書はラダック語ではなくウルドゥー語や英語で、内容もラダック本来の文化や価値観とはかけ離れたものだったそうです。そのため、日本の高校生くらいの時期にあたる10年生から11年生になる際に受けなければならない進学テストの合格率も非常に低く、わずか5パーセントにすぎませんでした。
そうした状況を改善するため、1988年に5人の大学生たちによってラダックで始められた教育改革運動がSECMOL(The Students’ Educational and Cultural Movement of Ladakh)です。教師となれる人材を育成する効率的なシステムの考案をはじめ、ラダック語の教科書の導入やカリキュラムの改善、ラダック各地での教育に対する意識改革などを実施したSECMOLの成果はめざましく、進学テストの合格率は50パーセントにまで向上しました。
SECMOLはラダックのフェイという場所に独自のキャンパスを持っていて、進学テストに落第した生徒が1年間学んで再チャレンジするためのカリキュラムを提供するとともに、ラダックならではのさまざまな経験ができるエコツアーやユースキャンプを実施しています。このキャンパスでは現在、60名ほどの生徒たちが共同生活を送りながら日々学んでいます。
このキャンパスでは、写真のようなソーラークッカーをはじめ、太陽光を利用した発電システムや温水器などによってエネルギーを賄っています。標高が高く晴天の日が多いラダックの特徴を最大限に活かしているのです。
SECMOLは太陽光の活用だけでなく、環境問題に対する取り組みにも積極的です。ゴミはもちろん分別して処理。ラダックを含め、インドではこうしたゴミの分別について、まだまだ意識が低いのが現状なのです。
SECMOLには勉強のほかに「レスポンシビリティ」というカリキュラムがあり、食事の調理補助や牛の乳搾り、掃除、水やりなど、キャンパスでの共同生活に必要なさまざまな役割を、各生徒が2カ月ごとの持ち回りで担当しています。担当が変わる前には、その役割を2カ月間受け持って習得した成果を、全員の前でプレゼンするのだそうです。そうした取り組みによって、生徒たちは責任を持つことの大切さと喜びを学んでいきます。
SECMOLには毎日のように、大勢のインド人や外国人が見学に訪れたり、ボランティアで教師の役割を務めたりしています。辺境の地ラダックで、偏りのない知識と経験が得られる外部の人々との交流は、生徒たちにとって貴重な機会となります。
この日の授業は、アンズジャムの作り方について。SECMOLで教えているのは進学テストに合格するための授業ではなく、生徒たちがラダック人として学ぶことの大切さと喜びを知るための授業なのだと感じました。生徒たちがのびのびと自由に、でもしっかりと目的とやる気を持って学んでいるのを見ていると、彼らのような人材がこれからのラダックやインドを支えていくのだな、と頼もしく感じました。
▼著者プロフィール
山本高樹 Takaki Yamamoto
著述家・編集者・写真家。インド北部のラダック地方の取材がライフワーク。2016年春に著書『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々』の増補新装版を雷鳥社より刊行予定。
http://ymtk.jp/ladakh/