アメリカ北西部、人里離れた山奥の道を全力疾走し、ルーティンとなった激しい体力づくりをするキャッシュ一家。
父親のベン以下、長男ボウドヴァン、次男レリアン、双子の姉妹キーラー&ヴェスパー、三女サージと末っ子の三男ナイという18歳から7歳までの6人は、電気もガスも携帯の電波も届かない森林で自給自足をしながらサバイバル生活を送っている。
彼らの元に、数年前から入院していた母親の死の知らせが。
「ママに会いたい」、一家は2400㎞離れたニューメキシコを目指す……。
カンヌ国際映画祭「ある視点」監督賞を受賞した、ものすごく変化球なのに〝人生の真実”というツボを突きまくるイカしたロードムービーだ。
ヴィゴ・モーテンセン演じるベンは『北の国から』の黒板五郎を軽く超越した筋金入りの変人で、現代の文明社会に背を向け、独自の哲学を貫いた6人の子育てに人生のすべてを捧げる厳格な父親。
「助けは来ない。自分でなんとかするしかないんだ」
とナイフ一本で生き抜くサバイバル術をたたき込み、アスリート級の身体能力に鍛え上げ、哲学書や古典文学等の書物を与えて6か国語を習得させる。
一日の終わりには星空の下、焚火を囲んでギターを手にみんなで歌ったりする時間もあって、これはこれで有意義でステキな子育てなのかも……とか思ったころ、この最上級に風変りな一家が現実と向き合うことになる。
「アメリカの本質は消費だ」
――映画の中盤には、おんぼろバスに乗り込んで森を降りた一家がマクドナルドやらKマートやら、アメリカのいまに触れることで巻き起こるカルチャーギャップが描かれる。
「NIKEってギリシア神話の女神のことだよね?」
と真顔で言う7歳に戸惑ういとこ、
「この鶏の絞め方は?」
と聞かれて絶句する親戚のおばさん。
消費社会にどっぷりで情報化社会に踊らされる〝普通の人”とめっちゃ特殊に偏ったキャッシュ一家、いったいどっちがまともなのだろう?
観ている側も頭を抱えることに。
やがて一家は旅を終え、亡き母の葬儀へ。
すべては妻の、母への愛のために――風変りな一家のヘンテコなロードムービーがとてもハイレベルな人間ドラマだったことに気づかされる。
本作でベンを演じたヴィゴ・モーテンセンはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたが、練り上げられていて隅々までセンスのいい脚本に一票!
そして結局、良くも悪くも、子育ては親の思い通りにはいかないことを知る。
長男の旅立ちにあたり、ベンが彼にかける言葉がいい。一字一句噛みしめたくなる。
『はじまりへの旅』
●監督・脚本:マット・ロス
●出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジョージ・マッケイ、フランク・ランジェラほか
●4月1日から新宿ピカデリーほか全国ロードショー
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◎文=浅見祥子